一 王都にて③
「何故王は何も分かってくださらん!?」
長い廊下にセンオウの怒声が響いた。
どしどしと床を乱雑に踏みつけながら、センオウは眉根にシワをよせた。
「結局同盟を結ばなかったのも、魔王を倒した栄誉を独り占めしたいだけ! 魔王を倒す気など無に等しいくせに、世界の英雄にはなりたがる!」
次々と貯まった怒りが連鎖的に言葉へと変わっていく。
「民の為、人の為とおっしゃってはおるものの、結局は自分の為ではないか!」
センオウの後ろに続く従者達はその失言に、慌てて注意した。
「兵長、陛下にもお考えがあっての事。あまりそう憎んでくださるな」
「……分かっておる。こんなに分かりやすい敵を目の前にしても、様々な問題が絡み付いて迂闊に手を出せない事など」
センオウは瞳を濁らせてくやしそうに言った。
この身分になって、国の外まで目を向ける機会が増えると、人の根底の汚さや渇欲さが嫌でも目に入ってくる。
王の考えを真っ向から否定できない。それが、どうしようもなく悲憤に思えた。
「しかし、人はどこまで馬鹿なんだ。こんな事態に、人々が苦しんでいるというのに、そんな細々とした事を考えている場合か。何故、手を取り合うだけの事が、悪に立ち向かうだけの事がこんなにも難しいんだ」
従者達はセンオウの言葉を聞く内に物憂げな気分に陥る。
全て円満に解決する策など、この世のどこにもないのだろうか。
センオウは一つため息を吐き、声を低くして言った。
「私はな、嫌な予感がしてならんのだ。こんな戦乱の世の中、王はどこか平和ボケしている。結局血を流すのは王ではなく民自身だからな、民は痛もうが、王は痛まない。そうなるのは仕方がないのだろう。我が国の王は民を導く事を知らず、保身に走るばかり」
王が聞けばただでは済まないだろう言葉に、従者達は慌てた。
「兵長! 言葉を慎んだ方が……」
しかし、従者達はセンオウの瞳を見てうろたえた。
彼ははここではない、どこか遠くを見つめているようだった。
「……最近、この城の近くでドラゴンの死体が発見された。そのドラゴンは衰弱死などではなく、誰かに殺されたようだったが、私はその時、ある出来事を思い出した」
センオウは瞳を従者達に向ける。
その瞳にもう怒りは無く、過去を思い出し、哀れんでいるような色を浮かべていた。
「その昔、数百体ものドラゴンが勇者パーティ率いるダッカール兵団を壊滅させる事件が起きてな。私はその場にいなかったが、あれは世界の終焉のようだったと聞く」
今から何年前の出来事だったか。まだ勇者パーティが結成されて間もない頃。
『城の近くにドラゴンが一匹出た』という報告を受け、勇者パーティと小兵団をドラゴン退治へと向かわせた。
ドラゴン一匹程度、本来ならば勇者パーティだけでも余裕で倒せただろう。
しかし、実際に彼らの目に写ったのは空をも覆い尽くすドラゴンの群れだった。
ドラゴンを全て葬り去る頃には小兵団は全滅。唯一生き残ったのは勇者パーティのみという悲惨な結末だった。
センオウは真剣な顔でこう言った。
「感じないか? 何か、嫌な予感を」
「はぁ……」
従者達には彼の言う予感がなんとも分からなかった。
センオウは従者から同盟書類を受け取り、一通り内容を眺めた。
「近い内に、何か大きな争いが起こる気がするのだ。陛下はいずれ、このエルフの手をはね除けた事を後悔しよう」
そう言って、センオウは書類を持つ手にくしゃりと力を入れた。
ーーそして、舞台は王都から遠く離れたとある森、モフィラへと移る。




