一 王都にて
時は昼頃、場所は王都。
勇者パーティが結成された、由緒正しき人類の砦。
名はダッカールと言った。
城下町は人々で賑わい、石で出来た建物が並び、辺りには露店が連なる。
老若男女や冒険者が行き交い、お喋りに喧嘩に値切り交渉の声が絶えず聞こえる騒がしい町。
治安は良い方だが、この戦乱の時代、時折ならず者が騒ぎを起こす。
「泥棒だーっ! 誰かそいつを引っ捕らえろ!」
店主の怒声が喧騒の中に響き渡る。
その声に人々は振り向くと、手に硬貨袋を持った男が人だかりをかき分け走っているのが見えた。
「どけどけぇっ!」
その男は手にナイフを持ち、周りに威嚇するもんだから、人々が止めに入る事はなかった。
男はしてやったりと言いたげな顔で後ろを振り向き、店主を睨んだ。
と、その時、男はある異変に気づいた。
進むに連れて人混みは道は開く。気付けば人々が何かを待つように道の両側に立っている事に気付いた。
男がナイフを持って走り回るから人々が道を開けたのか? いや違う。
その理由を理解するのは早かった。
開けた道の向こうから、ある集団がこちらに向かって歩いてきていた。
馬に乗り、ご丁寧な装飾を施された甲冑を着こなす大男を筆頭に、いくつもの兵がこちらに向かってくる。
それを見て、男は青ざめた。
「ダッカール憲兵団!?」
王都ダッカールが誇る正規軍憲兵団。
風に揺れ、掲げる旗には王都ダッカールの紋章の真ん中に憲兵団の印が刻まれていた。
(なんでよりにもよってここに!?)
そういえばこの道は城に続く大通りだった。
遠征か何かの帰りだろうか、いずれにせよ、兵団の通り道に自分がいるのはまずい。
なんとか民衆の元に紛れ込もうとしたその時だった。
「そこの者、止まれ」
兵団の先頭の男が、よく通る低い声で男の耳を貫いた。
その男は第三憲兵団の頭、センオウと言った。
センオウは頭がキレる大男で、まさに文武両道。政治面での活躍が有名だが、軍人としての腕も優秀で、《獄鬼の目》の二つ名を持つ程、軍事面でも才能を遺憾なく発揮させた。
男は急いで顔を伏せ、センオウの前にひざまずく。
センオウはざっと、男の前に立ち、じろりと彼を見下ろした。
「まずはその物騒な物を手元から離してはくれないか?」
男ははっと自分の手に握られたナイフに気付くと、言われるがままそれをセンオウの前に差し出した。
「よし、いい子だ……」
センオウは兵にナイフを拾わせた。
その瞬間も、男の額には冷や汗が粒に湧いて出る。
「君は、盗みを働いたようだね。何故、そんな事したんだ?」
センオウの優しく、しかしのしかかるように重たい声が男に問う。
男は気付いてやがったかと、内心舌打った。
「俺んちは昔から貧乏で……母親も家族も腹をすかしてさぁ、これさえあればあいつらの腹の虫を抑えてやれると思ったんだ」
男の言う事は嘘だった。
生活がキツイ訳でもなし、ただ遊ぶ金欲しさにやっただけの事だった。
さらに、こんな兵団様の前で盗みを働いて無様を晒すなど、とうてい許されるような事ではないだろう。
人情味溢れるような事を言って、なんとかキツイ刑罰だけは避けようとの魂胆だ。
男の上っ面だけの言葉を聞き、センオウは少し考えた。
「そういう事情か……すまなかったな。私達の仕事がもっとうまくいけば君のような不幸を生むことも無かっただろうに……」
民衆がざわめく。男の言うことが胡散臭く聞こえたからだ。
「だけれども、盗みは悪い事だ。その金だって、一人の人間が生きるために稼いだ金なのだ。これをあげるから、その金は返してやりなさい」
そう言うと、センオウは懐から金貨を取りだし、男の前に放り投げた。
それを見て、男はにやけ面を必死に我慢して頭を地面に擦り付ける。
「……! ありがとうございます! これからは心を入れ換えます!」
内心、舌を出した。
(バカめ、返すわけ無いだろう。お人好しで助かった、はは、ゴマすって正解だったぜ)
そう思いながら、必死に頭を下げ続けた。
やがて馬の蹄の音が動き出した。
(ありがたくこれは受けとるぜ)
そう勝ち誇り、センオウの背中を拝もうと顔を上げたその時。
「……っ!!?」
センオウは先頭から、ただこっちに真っ黒い眼差しを向けていた。じーっと、真顔で、不気味に。
心臓が冷たい手で鷲掴みにされるような、そんな錯覚さえ覚えた。
そして、センオウは口を開く。
「君を疑うつもりはないが、私は君の事を覚えたからな。私も憲兵の一人として、精一杯仕事を頑張らせていただくよ」
そう言うと、センオウは視線を戻し、王城へと向かっていった。
男の頭に残ったのは、恐怖からの心の虚無だった。
なんとなくだが、あの優しそうな大男の仕事面での顔を悟った気がした。
(獄鬼の目……)
あの目で睨まれたら、心の底まで全て見抜かれたような、とてつもない無力感さえ感じた。
それと同時に、この盗んだ品はちゃんと返そうとも思った。
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