終 暖かい繋がり
時は朝。場所はテント。
俺は目を覚まし、朝の茶を嗜んでいた。
ラヴラはもういない。そりゃそうだ、昨日限りの付き合いなんだから。
少し寂しく思えたが、まあ、独りなのは慣れている。
寝起きの新鮮な頭で昨日の事を振り替える。
結局昨日は何の成果も無かった。二日程度で何か手かがりを見つけられるとも思っていないが。
今日もまた、禍脈を辿る日々だ。
茶を飲み干し、外に出る。
今日はいい天気だ。葉っぱの影から光が差し込む。
ラヴラは何をしているだろうか。ふと、そんな事を思ってしまった。
さすがに二度は拐われはしないだろう。無事に里に帰っているはずだ。
あの後死体を処理するために再びあの地にやって来たのだが、その時はラヴラは既にいなかった。
……俺はあの時、自分の素顔を晒してしまった。勇者だと気付かれてしまっただろうか。
まあ、あいつがそれを知ろうがどうって事はないと思うが。
それにしても、あの時はさすがにやり過ぎただろうか、と俺らしくもない事を思ってしまう。
いや、あの少女と出会ってから、何かと俺らしくない事が多かった。
言うなれば、あれが人並みの幸せっていうんだろう。
俺がそれを掴むのはおこがましい。
(少し、運動をしてから出掛けよう)
そう思い、俺は懐から剣を取り出す。
と、その時だった。
「リリィ! リリィ!」
森の奥から聞き覚えのある声がした。
まずいな、今は素顔を隠していない。なんて考えも消え失せる程、衝撃的な声だった。
まさかとは思いつつ、俺はその方を向いた。
「嘘だろ」
そこに駆け寄るのはやはりラヴラだった。
辺りに他の人らしき者はいない。ラヴラ一人でここに来たのか。
(この女、正気か)
あれだけの事があってよくもまあやってこれたな。
余程の精神力の持ち主か、ただの馬鹿か。いずれにせよ、ぶっ飛んでやがる。
やがて駆け寄ってきたその表情は、どこか凛々しくも見えた。
「お前、馬鹿か? あれだけの事がありながら、よくもまあ俺の元にやって来ようと思ったな」
呆れ半分に言うと、ラヴラは耳を垂らした。
「うぅ、ごめんなさい。だって……」
「だってではない。俺はお前の為を思ってあそこまでやったんだ。それなのに、お前は、まさか何の反省も無しか?」
「えぇっ……と。そんな事はないよ。ちゃんと反省して、対策を立てて来たんだ」
そう言って、ラヴラは腰元を見せつけるように向けた。
その腰元には、ラヴラの身長には似合わない長剣と、俺が置いていったナイフが携えてあった。
「剣……? お前が使いこなせるような物でもないだろうに。いくら武器を身につけようがそれを使いこなせなきゃただの持ち腐れだぞ」
「言い過ぎだよぅ」
淡々と言葉を重ねる俺に、耳を垂らして落ち込むラヴラ。
「まったく……俺が怖くないのか? 普通はあれだけの事があればしばらくは飯も喉を通らないだろうに。獣人ってのは立ち直りが早いんだな」
「怖かったよ。でも昨日の夜に散々泣いて、考えたんだ」
その垂れ耳はピンと立ち、確固たる決意と、反面、表情は自信なさげに言った。
「僕、思ったんだ。強くならなきゃって」
木漏れ日がラヴラの目元を照らす。
「僕、勇者になる。僕や、あの男の人達のような犠牲を出さない為にも、強くなってみんなを救うんだ」
後半になるにつれ大きくなっていくラヴラな声に、俺は少し固まった。
勇者になる……それは単なる言葉の綾か。俺を勇者と分かって言っているのか。
顔は見られた。ならバレていたっておかしくはない。
「……勇者か。あんな物は憧れない方がいい。力はあるだろうが救世とは程遠い存在だぞ」
「そうじゃないよ。僕は僕なりの勇者になるんだ」
少しカマをかけてみたが、ラヴラはそもそも勇者を知らないようでいた。
僕なりの勇者か、くだらない。それは一歩間違えれば一人よがりの歪んだ正義に酔った断罪者に成り果てる。
そんな俺の思いも気にせず、ラヴラは少しもじもじとためらい気味に言った。
「だからね、リリィ……。リリィって強いんでしょ? あのね、僕に……稽古をつけてくれないかな」
「ダメだ」
即否定すると、ラヴラはあからさまに悲しそうな顔をした。
「稽古なら里の連中にでもつけてもらえ。俺の目的にお前は関係ない」
そう言って俺は剣を懐に戻し、森の奥へと目を向けた。
それでも構わず、ラヴラはそのしょんぼりとした大きな瞳でじっとこちらを見続ける。
それがどうしようもなくむず痒くなって、視線を彼女に合わせた。
「何故そこまでして俺にこだわる。俺はお前が思っている以上にろくでもない人間だ。それに教わると言う事は、お前に何かしらの歪みを生ませる可能性があるんだぞ。もっとまともな人間に教えてもらう方が、よっぽどお前の言う勇者に近づけるだろうよ」
「分かんないよ、そんな事は……。僕はリリィが良いって思ったんだもの」
考えなしか。
まったく、俺も暇ではないというのに。
(……弱者は弱者らしく振る舞えと説教したつもりだが、まさか強くなりたいとはな)
何も知らない者ほど、英雄に憧れる。それは英雄の成し遂げた結果だけを見つめて、その裏の犠牲を知らないからだ。
そして、その英雄とやらは称賛に伴って憎しみを背負って死んでいかなければならない。
大層な目標を掲げたのは良いものの、その覚悟が彼女の瞳にあるのか。
俺は今の今まで、自分の信じる道を歩んでここまでやって来た。まだ目的地すら見えないが、俺の背後に出来たのは死体の山だった。
それが正しいか正しくないか、そんなのは誰にだって決められない。ただ、今足を止めれば今までの犠牲はゴミになる。だから、善悪考えずひたすらに目的地に向かい、邪魔があれば壊す。あれこれ後悔するのは目的を達成してからだ。
そして、言うなれば、これはただの寄り道だ。
それまで、この真っ白な少女の行く末を眺めてみてもよかろう。
「……朝頃ならここにいる。朝の運動ついでになら、まあ……教えてやらん事もない」
そう言うと、ラヴラは顔を上げた。
そして、かすかに笑みと共に尻尾を振った。
「ありがとう、リリィ……」
そう言うと、ラヴラは笑顔のまま瞳に涙を浮かべた。
「何故泣く?」
「だって、断られたら、嫌われてたら、どうしようって……」
若干上ずった声で話すラヴラ。
それを見て、俺はひとつため息を吐いた。
(本当、らしくない)
そう思って、俺はラヴラに近付き、頭をぽんっと撫でた。
彼女は一瞬驚いたような顔をするも、しばらくはなされるがままだった。
やがて、俺は撫でる手を止め、立ち上がる。
「という訳だ。今日は帰れ。俺はまた仕事があるんでな」
ラヴラはうんと頷くと、上目遣いでこう言った。
「うん、また明日ね」
「……ああ、また明日だ」
そして、たたたっとラヴラは踵を返して、森の奥へと走っていった。
それを見届けて、俺は息を吸う。
「《空間把握》」
ギュィイイインと体中が大気に押されるような感覚と共に、頭の中にこの辺りの情報が暴力のように流れ込んでくる。
(……誰もいないか)
奴隷商人などはいない。
ラヴラが帰るまでの間、誰かに襲われるなんて事もあるまい。
ふうと息を吐いた。
(今の俺を見たら、パグラ達はなんて思うかな)
そう思い、俺は軽く身支度を整える。
本当、妙な奴に好かれてしまった物だ。
この俺がこんな事になるなんて、誰が予測できただろうか。
だが、こんな事、以前の俺なら言わなかっただろうが。
魔王討伐と言う陰気臭い仕事の傍ら、こんな日常も、悪くはない。
とりあえずはこれで終了です。
ですがやっぱり続きを書きたくなってしまったのちょくちょく書き連ねています。
魔王も倒していないですし、タイトル詐欺になりますもんね。
たまった頃にまた更新していくのでよろしければ今後も見ていってください。




