七 すべて孤独の一人旅
このお茶を楽しむ間もない間に、奴隷商人達は全員死んだ。
辺りに木漏れ日が舞い込む中、部相応な死体の群れが出来上がる。
その事実を成した男は、辺りを見回して、思わず尻をつき頭を抱えた。
「クソッ……俺のやり方か、これが」
こんな感情に任せた虐殺は俺の趣では無かっただろう。
たかが矮小な少女を助ける為だけに、この死体の犠牲は釣り合うだろうか。
……力ある者というのは嫌な物だ。一歩間違えれば悪魔になり下がる。
俺は馬車に目を向けた。
ナイフを取りだし、その馬車の荷台を破くように切る。
暗かった荷台の中に、外の光が舞い込んだ。
その光に照らされて、少女ラヴラは虚ろな目を上げた。
「リリィ……?」
ラヴラの瞳に俺が写ると、彼女は虚ろげな声を出した。
彼女の前ではずっとフード姿で顔を隠しながら過ごしていた。素顔を見るのは初めてだろう。
この際は俺の正体なんてどうだっていい。
ーー五体満足で生きていてくれた。
いや、そうじゃないな。
その姿はすっかり怯えていて、なるほど余程酷い目に遭ったのだろう。
今、彼女はその怯えた表情の奥底で何を思っているのだろうか。安堵か、怒りか、悲しみか。
俺はその少女に向かって手を伸ばした。
それに答えるように、少女は俺に向かって手を伸ばす。
その手が俺に触れた途端、俺はがしっと掴むや、勢いよく外へと投げ出した。
ラヴラは地面に転がり、ぷるぷると顔を上げた。
ラヴラの目の前に広がったのは、先程まで命だった奴隷商人達だった。
「ひっ!」
息が詰まり、彼女は尻餅をついた。
「見ろ」
それに向かって、俺はただ淡々と話しかける。
「これはお前が捕まってしまったせいで、生み出された死人だ」
ラヴラが目を逸らそうとするので、頭をがしりと掴んで無理やりにでも見させる。
「お前が家にこもり、身勝手に行動など起こさなければこのような事にはならなかっただろう。非力なのに、自分を守る術が無いのに、私は大丈夫と謎の慢心を持った結果がこれだ」
ラヴラは目を瞑った。
「目を瞑るんじゃない。これが結果だ。現実を直視せねばそこまでだぞ」
喝を飛ばすと、彼女は恐る恐る瞼を開けた。
「リリィ……なんで……?」
「……そんなお前に俺はわざわざナイフを、言わば力を授けた。力を授けてなお、お前は負けたんだ」
彼女はちらりと俺の方を見た。その瞳を俺は見つめ返す。
「俺はお前と友達にならないと言ったよな? 何故だか分かるか」
答えを待たずに俺は言った。
「弱いからだ、お前が」
彼女の涙に濡れた瞳が点になる。
「弱い者を仲間に持つと、犠牲にならずともいい犠牲が出てしまうんだ。今の例ならまだいいが、下手すれば味方のヘマで味方を失う。弱者には弱者なりの行動があるだろう。自分の行動に、未熟を、傲慢さを知れ」
俺はぱっと手を離すと、彼女はへたりこんだ。
そして、死体の元に向かうと、ごめんなさいごめんなさいと呟いて、その死体に涙を濡らしていた。
(そんな少女を……大勢の血を流してまで、どうして俺は助けたんだ)
あの奴隷商人は悪者だ。平気で必要なき人の命さえも奪う、殺されても文句は言えまい。
だが、俺の目的には何の差し支えもない。敵なら殺すが、敵でもない。
あの時の俺は、そんなごちゃごちゃとした倫理観よりも、ラヴラの命ただひとつを思って行動した。
そんな事、今までの俺に無かったんだ。
俺という形が、ラヴラに出会ってから崩れ始めていくようだった。
ラヴラは未だに死体に向かって謝罪を続けている。
「既に死んだ者に向かって何を言おうが届くはずが無い。……お前はどこまでも真っ直ぐで、あどけなく、か弱い少女だ。だからこそ、俺に関わってはいけない。弱者には弱者なりの生き方がある。この一件でお前の生き方を変えられたら、こいつらの魂も報われはするだろう」
そう吐き捨てる。
その言葉のどこかに、彼女には生きていてほしいという思いが込められていた。
俺はラヴラが落としたナイフをその場に置くと、彼女に背中を向けた。
そして、俺は歩き出した。これで、この一件は終わりだ。もう関わる事はあるまい。
……少し物語は脱線した。俺の目的は魔王討伐ただそれのみ。
その為に、ただ、今はこの地の禍脈を辿らねば。
俺がやるべき事は、それだけだ。
少女のすすり泣く声を背に、俺は森の奥へと足を進めた。




