六 ラヴラを救え④
場所は同じく、元勇者リリィ。
(これは……)
目の前に、女の死体が転がっている。
頭は潰されていて耳は分からなかったが、尻尾は付いている。獣人の死体だ。
(この感じ、誰かに殺された感じか)
もしかしたら禍脈の影響かとも思ったが、ここら辺にそれらしき流れはない。
そして、まず自殺はありえない。この頭の断面は武器で殺された感じだ。何より、この女は両手を縛られている。
辺りに武器らしき物は無い。この女を殺った犯人はまだどこかにいる。
さらに女の頭からはまだかすかに血が流れている。最近殺された感じだ。だとしたら、犯人はまだこの森の中にいるのだろう。
さらには、地面に車輪の跡と大勢の人の足跡が見える。獣人目当てにこの森にやってきた集団……。
獣人の男は力が強い。並の人間の集まりじゃあ歯が立たないだろう。
獣人を拐うとしたら、女が容易い。
つまり、ここにいたのは獣人を拐いに来た奴隷商人で間違いはない。
奴隷商人がその商品を壊すなどと、馬鹿な真似をしたと思うが。
俺は女の死体に腰を下ろす。
「獣人の弔いなんて分からんからな、これで勘弁してくれ」
俺は彼女の体に手を乗せた。
「《切取》」
途端に、そこには元から何もなかったかのように、女の惨死体は消えた。
こいつの身内がなんて思うかは知らないが、このまま腐りゆくよりはマシだろう。
俺はすっと立ち上がった。
「……」
ふと、脳裏にラヴラの存在が浮かび上がった。
何故だろうか、何か嫌な予感がした。
森の向こうにまで続く、奴隷商人の足跡を見る。
ついでだ。どうせ元から当てはない。禍脈を探るついでに、この足跡を辿ってみよう。
そう思い立ち、俺はこの足跡のレールに、自分の足跡を踏みつけて行った。
そうしていくらか歩いた頃。
地面に何かが転がっているのが見えた。
「これは……」
俺がラヴラに渡したナイフだった。
それが、この奴隷商人達の足跡の上にある。
もしや、いや、もしやではないだろう。
ーーラヴラは奴隷商人に拐われた。
ドクンと心臓が鳴り響いた。
助けに行かなければ、そう思った。
だが、しかし、体の内から、何かの声が俺を呼び止めた。
(おい待て俺よ。わざわざあんな少女を助ける必要があるのか?)
ハッと息を大きく飲んだ。
なんなんだこの声は。この感情は。
今までにない焦りが、俺の脳を震わせる。
(気まぐれの施しだと言うのならなるほど、お前はあの酒場の少年にもやったな。だが、今のお前は違う。今のお前は彼女の為だけに、彼女の事を救いたくて行動しようとしているのではないか?)
「黙れ……」
(今までお前は何人の人を見捨ててきた? 結果と命を天秤に合わせ、いくつもの合理的な決断を下してきただろう。今さら善人ぶるなよ。これはお前がやるべき事ではないだろう)
「黙れ……!」
(あの少女は救うに値するか? あれにわざわざ護身用の武器まで渡してやった、のに負けた。そんな雑魚は放っておいても問題はなかろう。今までの冷酷なお前なら、何とも思わないはずだろう!)
「黙れぇえええ!!」
体の底から叫び、ぜぇぜぇと息を切らす。
「俺が何を救おうが勝手だ! その結果何が死のうと、どうなろうと! 本懐さえ遂げれば後はどうだっていい! そうだとも、俺は貫き通してきたはずだろう……!」
体が震える。なんなんだ、なんなんだこれは。
そうさ、いつものように、助けたければ助けにいけばいい。何故、ここまで苦しみ考える必要がある。
俺は座り込み、手で頭を抱えた。
「クソッ……なんなんだ。なんでこんな感情が……!」
決定的な俺の何かが崩れていく感覚がする。
これはなんだ、罪悪感なのか。だとしたら何に対する?
(俺は、俺は……!)
そして、散々悩んだ末。
俺はフードを深く被り直した。




