六 ラヴラを救え③
そうしてどれくらい進んだだろうか。
「親方……」
一人の男が静かに言った。
「あれを」
そう言われて指差す方を、親方はじろりと見つめた。
奥の方に、一人の少女が歩いている。
犬のような耳に、犬のような尻尾を振り、無警戒に歩いていた。
その少女はラヴラだった。
「でかした、こりゃあいい物を見つけた」
そう言って、親方は男達に向けてここで待っていろと手で合図を送り、ゆっくりと、少女の方に歩いていった。
「やあ、お嬢ちゃん。ここで何をしているのかな?」
ラヴラはびくりと肩を震わせた。
なんて珍しい、別の人間がまたここに来るなんて。
でも何故だろう、ラヴラにはこの男の笑顔が好きになれなかった。
「えっと、どなた……ですか?」
恐る恐る尋ねた。
すると、男は少女の肩に手ををバンッと強く乗せ、淡々とこう言った。
「僕が誰か……そんな事どうだっていいよね。何をしているのか、な?」
ラヴラはびくびくと震えた。
怖い、心臓を冷たい手のひらで包まれているように怖い。
あの人間……リリィのような安心感が、この男にはまるっきり無い。
男の片手は包帯に巻かれていた。
この男の風貌は、リリィのように厳つくも恐くも無い。どちらかと言えば優しそうな見た目をしている。だが、何故だろう。本能的な恐怖がこの男の目を見ると体の奥底からふつふつと沸き上がるのだ。
既にラヴラの目には涙が浮かびあがっていた。
「え、えっと……、ぼく……家を探してて……」
「家を探してて……。つまり迷子と言う事かな?」
少女はちょんとだけ頷いた。
「一人?」
男の問いかけに、少女は頷いた。
その途端、男の目がいやらしくにやついた。
「ふぅん。可愛そうに……それじゃあ僕が解決してあげよう」
少女はめをぱくちりと瞬いた。
「向こうに僕達の仲間がいるんだ。みんなで一緒に君が帰る場所を探してあげるよ」
男はそう言い、少女の手を強く掴んで引っ張った。
「えっ、いや……!」
少女は咄嗟に捕まれた腕を振りほどこうと引っ張り返した。
その瞬間、男のぎらりとした目がこちらを振り向き、バチンと少女の頬をひっぱたいた。
何が起きたのか理解できずに、少女は少し呆然とする。
「折角の親切を断るのは失礼だと思わないかい? さあさ、ほら」
男は淡々と、脅すように言葉を重ねる。
少女は尻尾を丸め、すっかり顔を赤らめ怯えていた。
逆らう気力など無くなり、男に言われるがままに、馬車の方へと歩いていった。
「親方ァ、中々むごい事をしますねぇ」
馬車の周りには何人もの男達がいた。
その恐怖にラヴラの呼吸は乱れるも、それを可愛そうと思う者はこの場に誰といなかった。
「ははは、こういう気弱な少女にはこのやり方が手っ取り早いのさ」
親方は縄を持ち出し、少女の手を縛ろうとした。
「ひっ……!」
ふと、少女はリリィからナイフを貰っていた事を思い出した。
それでなんとか反撃しようと、懐からナイフを取り出した。
鞘を捨て、周りに威嚇する。
「さ、触らないでっ!」
ざわざわと、男達はざわめいた。
しかし、そのざわめきは怯えというより嘲笑に近かった。
事実、ナイフの持つ手はぷるぷると震えていた。彼女に人を刺せる勇気など無かった。
「ほら、どうした? やってみるか?」
親方は両手を広げ、煽るように喋る。
しかしラヴラは震えるばかりで、逃げようとも攻撃しようとも思わなかった。
親方はため息混じりに、にやりと笑った。
「いけないなぁ、勝てる時には勝たねば。リチャルド」
親方が呼び掛け、リチャルドは呼応した。
「ていっ!」
リチャルドの手はナイフをあっけなく弾き飛ばした。
地面にナイフが落ちると同時に、ラヴラの希望も無くなった。
「おお、ありがとうな、リチャルド。……悪く思わないでくれよ? 所詮この世は弱肉強食、呪うなら非力な自分を呪うんだな」
親方はラヴラの手首を縛りながら、じっと彼女を睨む。
もはやこの少女に出来る術は何もなかった。
絶望に涙を流す事しか出来ずに、ラヴラは男達によって馬車の中に連れ込まれた。
そうしてこの場に残ったのは、ラヴラが落としたナイフのみだった。




