本能寺
蛮声と剣戟の音が、本能寺を包んでいた。
明智勢に放たれた火で、夜とは思えないほど明るい。
信長様と、その側近である俺たちは、弓や刀で懸命に明智勢を迎撃していたが……いかんせん、多勢に無勢である。
「仕方無し、こうなれば腹を切るまでよッ」
信長様は弓を捨て、本能寺の奥へ向かっていく。
俺はその後ろにつき従い、言った。
「信長様、俺が時間を稼ぎます。その間に……」
「うむっ」
廊下の一番奥の部屋へ信長様を入れ、障子を閉じた。
俺は、廊下で仁王立ちする。
(俺がここで持ちこたえている間に、切腹していただく。信長様を明智の手にはかけさせぬ)
そう決意した時、十人ほどの明智の手勢が駆けてきた。
「あそこに信長がいる! 皆で打ち取れ!」
俺は刀を構え、叫んだ。
「来い、木っ端侍ども! 信長様には指一本ふれさせん!」
●
俺は、荒い息を吐いた。
明智勢十人は殲滅したが……その代償は大きかった。俺の体は傷だらけで、刀を杖にしてなんとか立っている状態だ。
(信長様は、もう腹を切られたであろうな――最後の最後で、良いご奉公ができた)
満足感に浸っていると……障子の向こうから、
「じん~~~~~~せい~~~~~~ごじゅう~~~~~~ねん~~~~~~」
(なぜ歌っているのだ!?)
まだ生きてた……俺が必死に時間を稼いだというのに。
障子ごしに見ると、信長様はどうやら歌いながら舞っているらしい。
「げてんの~~~~~~うちを~~~~~~」
これは『敦盛』だ。
信長様が愛する幸若舞で、かの桶狭間の戦いの前にも舞ったという。
たしか歌詞は……
人生五十年 化天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり ひとたび生を受け滅せぬもののあるべきか
まだ前半も歌い終えてない!
(信長様、なるべく早く自害していただくとありがたいのですが……)
俺は独り言を装い、叫ぶ。
「くっそー、さっきはなんとか撃退したけど、次に明智勢がきたら持たない!」
「……くらぁ~~ぶれば~~」
(あっ、ちょっと伸ばすのが短くなった!)
俺が喜んでいると……
「あそこだ! あそこに信長がいる!」
またしても、十名ほどの明智勢がやってきた。
「畜生! やってやる!」
俺は歯を食いしばり、刀を構えた。
●
俺は更にボロボロになりながらも、なんとか明智の手勢を倒した。
障子の向こうでは、依然として信長様が舞っている――まだ生きてたのかよ。
「いちど~~~~~~しょうをうけ~~~~~」
ノッてきたのか、再び歌い方がゆったりになっている。
だがどうやら、この部屋の中にもかなり火がまわっているようだ。障子ごしに炎が煌々と輝いている。
ドーン! と部屋から轟音がした。
「あっつ!!」
「信長様!!」
燃えた天井でも落ちてきたのだろうか……信長様が、素っ頓狂な声を出すのを初めて聞いた。
「あっつ! ……あっつもり……思えばこの敦盛が、いつも心の支えになってくれたのぅ」
(ごまかした……)
「めっせぬ~~~~~~もの~~~~~~! あっつ!! ……あっつもり!! ……あつい!!」
「あついって言いました! 信長様!! 燃えてますよね、信長様!?」
もはや障子の向こうは、火炎地獄の様相を呈している。こちらにも熱が伝わってくるほどだ。
だが、信長様の舞は、相変わらずゆったりだ。
(頑張って、もう少しです!)
「ある~~~~べき~~~~か~~~~」
(最後の節、『滅せぬもののあるべきか』を歌い終わったぞ。これで信長様も、自害で楽に……)
「めっせ~~~~ぬ~~~~」
「まだやるの!?」
そうだ、この『敦盛』は最後の『滅せぬもののあるべきか』は二回歌うのだ。
(だが、省略しても誰も文句を言わないのに……さすが信長様だ)
「あっつ! あつい!! もののあるべきか!」
どすっ、という音がして、信長様が倒れる。
熱さに耐えかねたのか、最後は早口で歌って自害したようであった。
4/30にファミ通文庫様から
『朝日奈さんクエスト ~センパイ、私を一つだけ誉めてみてください~』
という本が出ます
あとノクターンノベルで違う連載もやってます