冤罪
俺が混み気味の電車に乗り、座席で本を呼んでいると、女性の悲鳴が聞こえた。
何事か、と思って視線を移すと、特徴的な長い髪の女性が、屈強な男の腕をつかんでいる。
「痴漢です! この人痴漢です! 私のスカートの中、鏡で見てました!」
「ち、違う、俺は……」
車掌が駆けてきて、男女二人に言った。
「あなたたちの名前は?」
「ペ、ペルセウスといいます」「メデューサです」
ペルセウスが着ているのは腰巻きだけ。右手に剣……そして、左手には立派な盾を持っていた。盾の裏側は鏡のように輝いている。
メデューサは髪の一本一本が蛇だ。電車に冷房がかなり利いているせいか、どことなく蛇の元気がない。
ペルセウスが弁明を始めた。
「痴漢なんかしてないですよ。アポロンの神々に誓って」
たくましい大胸筋をヒクヒク動かしながら、
「俺、メデューサさんの顔を直接見ると石になっちゃうから、盾の裏を磨いて鏡のようにし、それに映して首をはねようとしただけです」
(痴漢よりそっちの方が問題じゃないのか?)
そう思う俺をよそに、駅員はため息をついて、
「痴漢で捕まったペルセウスは、皆そういうんですよ」
(ペルセウスって、ほかにもいるのか……?)
首をかしげる俺。
ペルセウスは駅員に手をつかまれ、引っぱられていく。
「す……救いたまえ、我が父ゼウスよ!!」
「お父さんがギリシャの最高神だから何なんですか? 私は権力に屈しませんよ」
「違う違う!『俺のパパ権力者なんだぜ』的な意味で叫んだわけではない!」
ペルセウスが天を仰いだとき……澄んだ声が聞こえた。
「この人、無罪です!」
若いOLが、勇気を振り絞るように叫んだのだ。
ペルセウスを指さし、
「あの、わたし見てました。盾に映ってたのは、このメデューサさんという人の顔だけ。パンツなんて見てません」
え……と空気が変わっていく。
メデューサはペルセウスに謝った。蛇の一匹一匹も、頭を下げている。
「すいません私、自意識過剰でした……」
「いや、いいんですよメデューサさん。わかってくれれば」
さすがギリシャの英雄。器が大きい。乗客から拍手が起こった。
再び電車内は平穏を取り戻す。
ガタンガタン、と電車が駆ける中……ペルセウスはメデューサを盾の裏に映し、後ろ向きに剣をふるい、首を切った。
ブシャアアアアア!! と血が流れる。
メデューサの死体が転がる。
ペルセウスはその首を網棚に載せて、席に座った。網棚の首を見た乗客が、何人か石になった。
次の駅で、ペルセウスはメデューサの首を小脇に抱えて下車していった。
俺は本を読みながら思った。
(痴漢冤罪って怖いよなあ……)
4/30、ファミ通文庫様から
『朝日奈さんクエスト~センパイ、私を一つだけ誉めてみてください~』
という本が出ます
あとノクターンノベルでも連載してます