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出会い  作者: 山中 洸
4/5

其の肆

 男五人と女がひとり、暗くなりかけた新宿を歩いている。

 チョーさんとチーフだけでも十分に目立ったが、一見サラリーマン風ながら目つきの鋭い男ふたりと、一般人にしては悠然とサムライのように歩く男、そこに目の覚めるような女が混じっているのだから嫌が上にも目立った。

 摺れ違う誰もが振り返っていた。

 確かに店には話が通っていた。

 倫子は雪之丞の妻の胸に飛び込んで大泣きをした。無言だが倫子を優しく抱きしめる様子を見て、雪之丞が妻を連れてきた目的を新井は理解した。

 倫子を連れた一行が隣接する公園の前にさしかかっときだった。男がひとり、一行の前にゆっくりと進み出た。もう夏も近いというのに厚手のジャケットを着込んでいる。そっと開いて見せた内ポケットからロシア製のマカロフだろうか、拳銃の握りの部分が覗いていた。

「まさか、このまま済むとは思っちゃいないよな」

 このところ銃を使った犯罪が急増していた。

 外国製の短銃が密輸され、以前に比べると安く手に入るようになったのが原因だったが、素人でも簡単に入手できるようになったことから、警察はその取り締まりを強化していた。

 取り締まりと同時に、見せしめのため、同じような犯罪でも拳銃を使った場合とナイフを使った場合では、取り調べの段階から扱いが違っていたし、裁判所の量刑にも差があった。

 暴力団も拳銃を使うことをためらっていたが、一度抜けば打つのが彼らの世界の常識だ。

 銃を見せたのは脅しとも取れたが、組の決心のほどは見てとれた。素人になめられたままで済ますことは、この世界では生きていけないことだと言えるのだ。

 新井たちが公園の中に入ると、暗がりからかなりの人数の男たちが姿を現した。

 組の人間だけの人数とは思えなかったから、兄弟分の組に応援を頼んだことは明らかだ。

 言葉は無かった。

 組長の合図で、男たちが一斉に新井たちに襲いかかった。木刀や匕首などそれぞれに得物を手にしている。

 新井は古武術を良く使った。接近戦で、ごく近い距離で底掌を打ち込む、合戦の場で育った武術だ。

 金子は短めの樫の木刀を背中に仕込んでいた。

 新井と行動をともにする以上ただでは済まないことは、火を見るより明らかだったからだが、構えることもなく、ごく自然な動きで相手の急所を打ち込んでいく。

 チョーさんは何かの武道の技を使ったものではなかった。

 匕首を持った男の手を僅かな動きでかわすと、その腕を持ち、もう一方の手を手刀にして打った。ボキリと鈍い音がした。匕首で襲った男の腕が折れていた。

 チーフは履いていた高下駄を脱ぐと鼻緒のところに指を突っ込んで構えた。

 沖縄の武術は農作業の延長で生まれたものだが、そのうちの一つに石臼の挽き棒から生まれたとも言われるトンファーがある。

 その動きと体さばきが似ていて、下駄の歯で相手のこめかみあたりを狙いすましたように打った。

 雪之丞は長い鉄製の扇を手にしている。鉄扇と呼ばれ戦国武将などが戦場に持参したものだが、それを持って舞うような体さばきを見せた。

 突き、払い、打ち込む。

 一撃ごとに相手がひとりずつ倒れた。芝居を見ているような気分になった。

 誰か勝てる相手はいないかと探してしまうのは、人間の本能だ。

 ひとりの男が、一歩下がって闘いを見ていた雪之丞の妻に襲いかかった。女を押さえて、他の連中の動きを封じ込めようという計算もあったのだろうが、襲いかかって来た男をくるりと一回転してかわすと、女はその首筋に小さく手を振り下ろした。

 どさりと地面に落ちた男を無視して、ふたたび雪之丞たちの戦いを軽く微笑みながら眺めている

 この女もまた尋常ではなかった。

 女が使った技は、小刀を持つと小太刀の技に通じるように見えた。

「まったく、懲りない連中ですね」

 雪之丞の芝居がかった台詞は少し間違っていた。

 組の連中はまさかこれほどまで相手が手強いとは思ってもみなかったのだ。後悔などはとうの昔に消し飛んで、いまは打ち込まれた箇所の痛みが飛んで行ってくれることを願うのが精一杯だった。

「行きましょう」

 雪之丞がゆっくりと声をかけた。

 誰ひとり捨て台詞を残すでもなく、当たり前のことをしただけ、というような所作しょさが、かえって男たちの凄まじさを物語っていた。

 妻と倫子を乗せて雪之丞が運転する車が、今度芝居を見に来てくれという雪之丞の言葉を残し、興行中だという北の国へと向かって行った。

 新井は飲みたい心境だった。

 普段から滅多なことでは驚かない生活をしていたが、今夜はこの男たちと飲みたかったのだ。旧友に再会したような、嬉しい興奮に自分でも驚いていた。

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