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出会い  作者: 山中 洸
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其の弐

 その夜、新井は天国の客になった。

「新井さん、今朝ほどは、とんでもない恥ずかしいところをお見せしました。いるんですよ、あんな変なのが。ところで、誰か指名しますか」

 昼に派手な柄のアロハシャツを着ていた男は、白いワイシャツに着替え、細い蝶ネクタイをして新井を迎えた。棒タイと呼ばれていたが、チョーカーともループタイとも違う、水商売独特のネクタイだ。

「そうだな、杏子きょうこは空いてるかい?」

「杏子さん、ですか……」

 杏子は、この天国の経営者がまだ別の人間だったときから働いている、年齢も確実に新井より上の女だ。

 昼間パチンコ屋で隣り合わせになったのをきっかけに、話をするようになったが、この店でただひとり自由に振舞っていられる姐御肌のソープ嬢だった。

 なにをもの好きな……、と口には出さないまでも呆れた顔になった男が、杏子を連れて待合室に戻ってきた。

「新井ちゃん、遊びに来てくれたの。嬉しいわ」

 普通は三つ指を付いて迎えるのがこの商売の常道で、メイド喫茶の出迎えにも似た挨拶をさせる店もあるのだが、杏子は立ったままで無愛想に出迎え、新井を自分の個室に案内した。

 基本的にビルのフロアはコンクリートだけの四角い作りになっている。

 そこを借りた人間が自分の商売に合わせて内装を施すのだか、初めにこのビルに入ったのは中華料理店だった。そこが潰れ、すぐに日本料理屋になったがそこも長くは続かなかった。

 三番目に入居したソープランドは空間をパネルで仕切り、十ほどの個室を作ってそれぞれにシャワーを引いた。もともと無理な工事だったから水道の出は悪く、個室ごとに予備の水を貯めたポリタンクが置いてあった。そこを組が引き継いだが、金をかけたくなかったため居抜きで、相変わらず出の悪いシャワーと小さな洗い場の横に鍼灸の治療院のような細長いベッドが置いてある。

 体を横たえて上を見ると、最初の中華料理屋の時からある『福』の文字が書かれた中国提灯がぶら下がっているのだから、よほど酒に酔っていない限り、入った客は、いま自分のしていることを人間として後悔するのだった。

 新井はベッドに腰を掛けると、煙草に火をつけた。

「なに新井ちゃん、なにか用事?」

 杏子の耳にも昼の騒ぎが入っていた。新井がその現場にいたことも知っている。自分の所に遊びに来たのではないことは、わかっていた。

「倫子って娘はいるかい?倫子じゃないかもしれないけど、田舎から出てきた十八、九の娘で、色白だって言っていたな」

「いるわよ、芝居をしてたって娘でしょ。ここではミキと呼ばれてるわよ」

「そう、その娘だ。いたら呼んで来てくれないか?」

 この種の店では女が勝手に店内を行き来することは許してない。

 一度自分と遊んだ男が他の女を指名して、つかみ合いの喧嘩になることもあったし、見張りをする従業員にとっても、勝手に動き回られて目が届かないのは困るからだ。

 そのあたりの事情をクリア出来るのは杏子しかいない、と新井は考えていた。

「奥にいたわね。ちょっと待ってて」

 部屋のドアを開け、一応左右を見てから出て行った杏子が、すぐに若い女を伴って戻ってきた。

 ドアを閉めてから、

「この娘がミキ、じゃなくて、倫子ちゃんよ」

 と、新井に紹介した。

「君が倫子さんか、雪之丞さんに頼まれて来ました」

 血管が浮き出そうなほどの色白は、不幸の色にも見えていじましかった。

 アイシャドーで大きく見せてはいるが、目元にはまだ幼ささえ感じられる。

 小柄な体には確実に『少女』が棲んでいた。

「えっ、座長に」

 倫子の顔がたちまち輝いた。

「心配していたぞ、本当に助けを頼んだのかい?」

「ええ、私、もう我慢できなくて」

 その事情は杏子が説明した。

 この店では田舎からの家出娘を捕まえて、知らないうちに借金をさせ、それを口実に働かせているのだという。

 アパートの一室に四、五人を寝泊まりさせて、送り迎えといえば聞こえはいいが、四六時中監視しているというのだ。

「なるほどね。このご時世に、まだそんなことをやっている奴らがいたんだ」

 俗にピンクという世界が確実に変わってきていることは、新井も感じていた。

 人が財産だという言葉は、一般企業より説得力があって、働く女たちの質が店の盛衰を決めるから、女性の立場は確実に向上してきているはずだった。

「倫子さん、もう一晩だけ我慢してくれないか。明日、雪之丞さんと一緒に必ず迎えに来るから」

 倫子が大きくうなずいたとき、ドアがノックされた。

「杏子さん、ミキちゃんに指名ですって」

 杏子が頼んでおいたのだろう、ロングヘアーの小太りの女が小声で知らせた。

「ありがとう、トイレにでも行ってたことにするのよ」

 杏子が倫子の背中を押した。

「さて、新井ちゃん、遊んで行く?」

「そりゃあもう、ぜひ」

「なに言ってんのよ、その気もないくせに。本当はもう帰りたいんでしょ」

「とんでもない」

 言いながら、新井は、ポケットからむき出しの札束を取り出し、必要な額だけ抜きとって杏子に渡した。

「どうだい、最近は」

「最近ってパチンコ?それとも恋愛?」

 遊んだように思わせるには、あと三十分ほどは、杏子相手に世間話をしなければならなかった。

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