死神と入社式
「うへぇ、疲れだ……」
入社式の直前だというのに、何故私は走らせれたのだろうか。何を聞こうとしても、
「ほらほらほらほら! 口動かしてないで足動かしな!」
だの、
「ほっほーん、喋る余裕があるみたいだね?」
だの、誰得にもならん鬼教官っぷりを存分発揮し、質問を一切受け付けてくれなかった。
「オッケーオッケー、これくらいなら大丈夫そうだね!」
地面に転がる私を他所に、社長は満足げだった。
「よし! 汗流して着替えたら、入社式だー!」
社長は青春スポ根漫画のようなノリで言った。何故そんなに爽やかでいられるんですかい? 私、今死んでるんだけど。
×
入社式が始まった。
なんか、ニュースで見るような、普通の入社式だった。
こう思うのは失礼なのは分かってる。
でも、
「さぁ、新入社員の諸君! ぼくが社長だよ!」
そう叫び、前に立つ人物を見る。
ーー否。
「……(ヒト、じゃないよね?)」
人間じゃない気がする。雰囲気とか、なんか色々。
やっぱり思った。あの社長なら、何か変なことでも仕出かしそうだと思うの、仕方ないよね? 入社式前に馬鹿みたいに走らされたし。
「(なんだろうあの姿)」
ピクトグラム (の人) のようなシルエット、某胃腸薬のような円らな目。
ペンで描かれたような曲線の口、ミトンのような手。
肌は色を塗っていない紙のように真っ白で、見た感じ身長が1mぐらいしかないように見えた。なんであんな適当な姿なんだろうか。
(1日1小説367を改変)
まあそんな私の思いを無視して、入社式は進行していく。
なんで誰も社長のあの姿に突っ込まないんだろうか。私は、あまり頭を動かさないようにして、周囲の様子を確認した。
「……」
やっぱり、みんな至極真面目な顔をして座っている。そう言えば、社長が登場した時も、周囲はしぃんとしていたのを思い出す。
秘書君と面接官さんの反応を見る限り、私が正しいのかと思っていたけれど、やっぱりそうじゃなかったの?
そう、不安に駆られた時
「それでは皆さん! これからは、私が説明をするのです!」
その、少々舌足らずな声にはっと思考を現実に戻した。唐突な声に新入社員達は騒つく。勿論、私もその内の1人だったりする。
ピクトグラムのような社長が去った後、司会のマイクを取ったのはーー
「帳面の準備は良いですか!」
ココアブラウンのような柔らかな髪色をした、少女…?
「何ですかぁ! 『小さくて見えない』とか言わないでくださいよぅ!」
マイクを持つその小さな女性は、周囲のその反応に憤慨していた。女性はきちんとスーツを身に纏っており、首からは正社員の着けているカード入れのようなものも下げていた。
…そういえばだけれど、『帳面』って言い方、古くない?関係ないか。
(1日1小説368を修正)
×
「……はぁ…」
荷解きする手を止め、溜め息を吐いた。積み重なる段ボールを見つめる。荷解き、全然終わらないなぁ。
入社式とその続きで行われた説明会が終わり、解放されたので社員寮に戻り、やり損ねていた荷解きをしていた。
今日は、色々ありすぎて疲れてしまった。
社員寮は、独身寮、男子寮、女子寮、と複数に分かれていた。その他にも、家族で住める部屋等色々あるらしいけれど、私は安い独身寮に住むことになっていた。
備え付けの必要最低限の家具以外何も無い、真っさらな部屋はやけに広く感じた。
(1日1小説369を改変)




