死神と上司
多分これの前に体力テストの描写入れると思います
(結局全部やった)
「ぜぇ、ぜぇ……」
……凄い、疲れた……。
「ふんふん、いーねぇ、若いって!」
結果の紙をパラパラとめくりながら、社長は上機嫌に言った。
「本当なんなんですか」
思わず本音が漏れてしまった。……不敬罪(?)でクビになったらどうしようとか思ったけど、本当になんなんだ。
「おっけー、君の所属も決まったよ!」
「えっ」
体力テスト(これ)なんか関係あったの?
「『掃除課』だね!ガスマスク君呼ばなきゃ」
…ガスマスク?
私の疑問を察したのか、
「君の上司になる人だよ」
社長は和かに告げた。
×
呼ばれたその人は、全身が黒尽くめだった。
艶やかな黒髪に、黒いタートルネックのインナー、黒い作業着、そして、黒い手袋。唯一黒くないところといえば、肌が露出している顔だけだった。目も黒かったけど。
「チッ」
舌打ちする不機嫌そうなその顔も、黒いハーフサイズのガスマスクで目元以外は隠されていた。
「彼は潔癖症なんだよ」
「へ、へぇ……」
流石『掃除課』の長。……それにしても、目元しか見えないけれど、綺麗な顔してるなぁ。睫毛長いし、色白だし。
「……」
ひぃ、早速睨まれた。……もしかしてなんかじろじろ見られるのとかそういうの地雷なのかな……。
「……」
じろ、と再び睨まれた。挨拶しなきゃ、忘れてた。
「本日から所属する事になりました。どうぞよろしくおねがいします」
頭をしっかり下げた。こういうのは第一印象が大事だ!……って本に書いてあった。まあ、手遅れかも知んないけど。
「…よろしく」
そう言ってその人は手を差し出す。
「(……握手でいいんかな……?)」
手をつかもうとした瞬間、
「へーっ!ガスマスクくん、握手するんだ?」
突然、社長がひょこっと出てきた。
その瞬間、上司は発砲をした。
タタタタン、と短い発砲と共に社長の眉間、口の中、喉、心臓に空洞が穿たれていく。銃弾の衝撃の所為か、社長は後方へ吹き飛ばされ、ぽすん、と人体にしてはやけに軽い音を立て床に倒れた。
「……えっ?」
握手しようとした姿勢のまま社長を見ていたから、側から見れば変なポーズで固まってしまった。
数バウンドして止まった身体はピクリとも動かなくなった。液体とかは何も出ていなかったけど。
「ったく、なんだよ社長か」
無駄撃ちしちまったな、と少し間を開けた後にそう上司は呟き、銃を腰元のホルスターに仕舞った。
「社長?!」
いきなり殺人(?)現場に遭遇とかどういうことなの。さっき無駄撃ちしたとか聞こえた気がするけど怖っ!仰向けに吹っ飛ばされた社長に駆け寄ると、
「だいじょーぶだいじょーぶ!びっくりしたなぁー、もー」
社長は実にあっさりと、ぴょっこりと飛び起きた。
「えっ、……生きて……?」
戸惑う私に
「B.B弾だよ、ねー?」
と、社長は発砲した張本人に同意を求める。
……いや、額に穴が空いてません?心臓(?)の所とか。
社長の問いかけに
「……そうだな」
そう上司(予定)は言っていたけれど、『なんで死なねーんだコイツ』って顔をしていた。
……絶対本物だった。花火の後みたいな火薬の臭いがするもん。
「ガスマスク君、この子今日から君んとこの子だよ!」
軽い調子で社長は言う。なんか養子を送り出す人と迎える人みたいな会話。なった覚えないけど。
「……知ってる。聞こえてた」
溜息混じりに上司は返す。そりゃ社長のよく響く声だと遠くでも割と聞こえそうだもんなぁ。
「教育係とか決めといた方がいーんじゃないのぉ?」
ほれほれ、と肘で小突こうとした社長をひょいと難なく避けた上司は
「今考えてんだよ」
「ぷぎゅっ!」
社長を踏み付け、避ける際にさりげなく取り上げた書類に目を通していた。ブーツがすっごい社長にめり込んでる。
グリグリグリグリグリグリグリグリ。
めっちゃ踏んでる。ゴムを噛んだ時みたいな音がする。
「……ゴーグル」
書類を読み終えたらしい上司は、不意に呟いた。
「え?」
聞き返そうとした瞬間
「なにー?」
「っ?!」
突然、私の背後に真っ白のふわふわした髪の青年が現れる。上司の人と同じように黒っぽい作業着を着ていて、頭にはバンダナ、目にはパイロットゴーグルが掛けられていた。
いつの間に?!びっくりした……。心臓のバクバクが止まらない。
「こいつを任せる。……今日からお前はこの新入りの教育係だ」
上司は私を指差す。人を指差しちゃいけないんだって育ててくれた人が言ってたのを思い出した。ってか教育係ってさっき社長が言ったやつ?こんな直ぐ決めていいの?
「ふーん」
ゴーグルを掛けた青年は、ゴーグル越しに私を値踏みするようにじろじろと見た後、
「わかった」
そう、明るく返答をした。予定とか大丈夫なのか。
「会社内の全体的な案内はどうせ新人研修(爆)でやるから、それ以外頼む」
上司は名前と少しの情報しか載っていない簡単なプロフィールの紙をゴーグルの青年に手渡す。今なんか変な文字見えた気がしたんだけど?(爆)って何?
「はーい」
スルーされた。
「普通の道通れよ」
「わかってるよ」
上司の言葉にゴーグル君は少し不貞腐れた風に返事をした。普通じゃない道ってあるのか?
「オレはやることがあるから任せた」
やるって殺るじゃないよね?
「…………健闘を祈る」
えっ、健闘?何故?
上司は詳しくは言わずに
「あと面倒だから、オレの事は『リーダー』って呼んどけ。敬称はいらねえから。ゴーグルや他の奴も自分の所属の上司を大体はそう呼んでる」
「あ、……はい!」
そう言い残すと、私の上司……じゃなくて、リーダーは去って行ってしまった。
社長はそのまま床に這いつくばったままだった。めり込んだ靴跡がくっきりと残ってる。
「えーっと、何かするんですか?」
恐る恐る、社長から目を逸らしゴーグルの青年に声をかける。白いふわふわの頭は、なんだか綿あめと羽毛の間みたいな印象を受けた。
「うーん……じゃあ、僕たちのぶしょのお部屋に案内するねー」
そう言ってゴーグル君は私の腕をぐいっと引っ張る。ぶしょって部署の事だよね、多分。
部署に向かう途中で
「あれは階段ねー。えれべーたーも近くにあるよ」
とか
「あっちはトイレ!」
って案内してもらったけれど、見てわかるよ、流石に。
あと、換気扇やダクトの位置を教えてもらったのだけれど、意味不明だった。
ゴーグル君に連れられた場所はまさにオフィス、って感じの場所だった。机とパソコンがあって、何人かがパソコンに向かってキーボードを叩いていた。いくつか空席があるから、外に仕事に出てる人とか、休んでる人とかいるんだろうな。
でもなんかやけに部屋が綺麗。掃除課だからかな?
「リーダーが君の場所を後で作ってくれると思うから、席はにゅうしゃしたあとだね」
ゴーグル君難しい言葉がひらがなになるんだね?
「そーでもないよ」
ゴーグル君も地の文が聞こえてるタイプか。っと、そんな事よりも部署への案内の次は何するんだろうか。その事を聞いてみると
「…うーん」
ゴーグル君はふわふわの頭を捻り、用事が何かないか考えていたようだったが、
「今のとこ何もする事ないから、解散!」
「え?」
ぱっと顔を上げるとそう言った。任命されて早々に解散?早くない?案内されたの一箇所だけだよ?あとトイレとか階段。
「あ、いちおー連絡先ね!」
わかんないことあったらきいてねー、と、そう言ったゴーグル君は数桁の番号が書いてある紙を私に差し出した。ちょっと待って、全体的に色々わかんないんですけど。
「じゃーね!ばいばい!会社始まったらまたあおーね!しゃっちょさんにもよろしくねー!」
手をぶんぶんと振って廊下を走り去るゴーグル君。
え、……行っちゃった……。足速いな。もう見えなくなった。……『しゃっちょさん』?
「ゴーグル君、何故かぼくの事をそう呼ぶんだよねー」
「うっひゃあ!?」
唐突に現れた社長は不思議そうに(あるか分からないけど)首を捻っていた。急に背後に現れるのやめてよ。心臓すっごいバクバクしちゃうじゃん。
「あの子はね、堅苦しいの大嫌いだから、気軽に『ゴーグル君』って呼んであげて」
「はい」
あの子、絶対私より若い。というか上司…じゃなくてリーダーとか、ゴーグル君とかすっごい自由だなぁって思ったよ。
「色々あって疲れたでしょー?今日することはもう全部終わったから、帰ってもいーよ」
社長はそう言うと、地図と鍵を渡した。そういやあんたが私の出会った自由人の筆頭だね。
「これ。社員寮の場所の地図と君の部屋の鍵ね。寮に荷物持って行ったら、ついでに周辺の街とか見ておいで」
両肩をふっと軽く押されたと思った途端、ぐらっと目眩がした。
《ーー……番乗り場より、列車が発車いたしますーー》
《ーー黄色い線の内側にーー》
倒れないよう足を地面に着いた時、ざわざわと、誰かと誰かの会話する声や咳の音、靴音、服の擦れる音が溢れかえってきた。
「ーーえ?」
気が付くと、喧騒の中にいた。




