死神と面接
「着いたよー、か・い・しゃ♡」
その声に目を開けると、
「え?」
先ほどまで私がいたところとは別の、ロビーらしきところに立っていた。シンプルでいてスタイリッシュ、な感じで新しい企業みたいな印象を受ける。
「どうやって移動したんですか」
「まあまあ、なんだってイイでしょー」
そう社長(自称)は私を奥に引っ張っていく。受付を通り過ぎる際に、可愛い笑顔の素敵な受付嬢さんがぺこりと丁寧に頭を下げた。思わず会釈し返しているうちに疑問を流しそうになった。……いや良くないし。何これ?超常現象?……マサカネー。
「社長、どこに言ってたんですか。探したんですよ」
その声に振り返ると、見知らぬスーツの男性が立っていた。人受けしそうな笑顔の、誠実そうな人だった。
「ごめんごめん、イイ感じの子見つけたからさー」
男性は私達の側まで来ると、
「……ああ……また、ですか。……普通に目付きの悪い方にしか見えませんが……」
私の方をちらっと見て、そう呟いた。
「あはは……」
目つきが悪いだなんて失礼な。事実だけど。ていうか『また』?
「まあ引き抜いたからには、何かはあるんでしょうね」
と、男性は社長を見遣った。
「……何方ですか?」
私は社長に聞いた。初対面だし。
「秘書くん」
社長は私の方を見ると目の前の男性を指してそう言い、
「秘書くん、こちら面接落ちて50社突破した子」
次は『秘書くん』の方を見て私を指し示した。
その説明酷くない?目の前の人の役職と私の痴態しかわかんないじゃん。
「50社……それは凄い」
嘆息してるような声を出しているけれど、本当にそう思っているのか怪しい顔してますが。あんまり表情変わってないし。
「ねー。絶対運命だよね!」
社長は『秘書くん』の手を両手で握るとぶんぶん振っていた。社長が小さいから(100cmくらい?)子供と親戚のお兄さんみたいな雰囲気になってる。
「……私なら、こんな運命願い下げですけどね」
『秘書くん』は溜息混じりに社長の手を振り払った。結構容赦なく振り払った。ブンッて感じで。
私だって、50社落ちてなければ願い下げでしたとも!
「この方の秘書を務めさせていただいてます。以後、よろしくお願いしますね」
「……よろしくお願いします……」
『秘書くん』は清潔そうな真っ白のハンカチで手をふきふきしつつ、にこやかに挨拶をした。そんなに社長に手を握られたくなかったのだろうか。
丁寧な挨拶に思わず頭をヘコっと下げたが、なんだか『コイツのお陰で面倒ごとが絶えないんでアンタはあまり面倒ごとを起こさないようによろしく』的なニュアンスを感じてしまった。……深読みのしすぎだろうか。
「……本当に社長だったんですね」
『信頼できそう』と感じ取った際に、そんな言葉が自然と口から溢れてしまった。とりあえず、詐欺じゃない事がわかってほっとした。職獲得のチャンス……!
「ホントに信じてなかったの?!」
社長は驚いた顔をしているけど、そんな見た目だし、普通信じないよ(多分)?
可愛い(?)見た目のやつの勧誘に一切疑いもせず「わかった!」って感じで女の子が納得するのって魔法少女くらいだからね。
「!」
私が社長の容姿について言及した瞬間、何故だか秘書くんは目を見開いた。何か変なこと言った?……まさか、異常に見えているのって私だけだったりするの?
「何言ってんの?ボクは普通に人間の見た目をしているよう?」
社長はつぶら(過ぎる)瞳をぱちぱちとさせて何故だかぶりっこポーズを取っていた。
「ま、ボクがぷりちーなのは仕方ない事実だけどさっ☆」
嘘だろ……。ふと気になって『秘書くん』を見ると
「……」
無言で目を閉じ首を振っていたので、多分、私と同じように見えている、はず。たぶん(言い聞かせるように)。
「秘っ書くん!」
社長は秘書くんに声を掛ける。
「面接しようかなーって思ってるから、会議室と班長よろしくね!」
「はいはい」
社長の軽い態度に秘書くんは適当に返事をしつつ、誰かに連絡を入れていた。
「…………面接……」
……そりゃあ、するよね……。今までの戦歴(50社落ちた事)を思い出して気が滅入ってきた。
「うふふー面接するよー。一応、入社するんだしさー」
「……ですよね…………」
「大丈夫だそうですので、では先に失礼します」
そういや、『恐らく、きっと、多分、めいびー採用する』って言ってたもんなぁ……。うーん、……心配になってきたぞ…………。
「だいじょーぶだいじょーぶ。どんな結果であれ、採用するつもりではあるからさ!」
社長はバシバシと私の背中を叩いた。痛い。でもそれって色々大丈夫なんかな。政府かどこかからか探り入れられた時とか。
「さー、会議室へレッツゴー」
「えぇ…」
またさっきみたいに飛ぶのかと思ったら。
「何してんの?行くよ?」
普通に歩きだった。
「そういえばだけど、ボクの会社って、何してるかわかる?」
「……すみません、社名、何ですか?」
そういや一切聞いてなかったなぁと思い出した。社名を知らない会社に入社するって如何なものか。
「あっ、ごっめーん☆名刺渡すの忘れてた☆てへぺろ」
言葉通り、テヘペロな顔をしながら、社長は懐(一体何処に有ったのか)を探って名刺を取り出した。
差し出された白い紙には黒いインクで
『株式会社 しらたま 代表取締役兼社長』
そう明記されてあった。序でにシンプルな笑顔のマークも描かれていた。
他には何も書かれていない。なんもねーな。めっちゃシンプル。
「えっ、『しらたま』……?」
たまに、コマーシャルで見かけるような……?
「知ってる?」
「えっと……名前、だけなら……」
ってかこの人本当に代表なの?なにかのギャグ?マスコットにしか見えない。
「いーよいーよ!……うーん、まだまだボクの会社は有名じゃないって痛感しちゃうなー」
社長は『たはー』と言いたげな顔で頭を掻く。
「……すみません」
「良いって言ってるのに!謝ってばっかの子はストレス溜めて死んじゃうよー?図太く生きなきゃ。図太く!」
……この人、神経図太過ぎて周囲の人困らせてそうだな……。
「うーん?なあに?」
「……いえ……何も」
言わぬが花。
「ふーん。ま、いーや。移動ついでに、この会社のこと、教えてあ・げ・る♡」
そう言ってchu♡と投げキッスを飛ばして来た。めっちゃゾワってきた。
「この会社はねー、『つるっと世界を綺麗に』って社訓の基に、色々綺麗にするお仕事をしてるんだよー」
すごい社訓だなぁ…掃除会社かなぁ……?
「さしずめ、掃除会社、ってとこかな?まあ序でにコネ生かして警備会社もしてるけど!」
へ、へー……二重営業?
「気にしない気にしない!」
いや気にするよ?
そうこうしているうちに、会議室前の廊下に到着していた。
「着いたよー」
会議室の扉の前には、先ほどの男性ともう一人、見たことのないスーツの男性がいた。
「…………ふん、」
スーツの男性は私の方を見ると、
「今回、面接官を務めます。よろしくお願いします」
そう頭を下げた。なんだか普通な感じの人だった。
「……よろしく、お願いします」
「じゃあ、入るところからよろしくねー」
社長はそう言って、残り2人を引き連れて会議室に入っていった)
×
ノックを三回、ゆっくりと。
『どうぞ』
ドア越しにくぐもった声が聞こえる。
「失礼します」
敷居は踏まず、ドアは後手で閉めないように。
パイプ椅子が置かれてあり、椅子の側に立ち名前を告げる。
「どうぞお座りください」
そう言われたので、頭を下げ
「失礼します」
返事をしてから座った。面接の本じゃあないけど、返事を終えてから行動するんだぜ!……なんか座り心地いいなこの椅子……じゃなくて、面接に集中しなきゃな。
「これから面接を始めます」
「はい」
やばい、緊張し過ぎて声が裏返った気がする……。
「では質問を始めます、が。」
面接官の男性は目線だけちらっとこちらを見、直ぐに視線を履歴書に戻した。
「社長による紹介との事なので自己紹介は結構です」
その後からはずっと、面接官の男性は一切私の方を見ずに履歴書や資料だけを見ていた。社長はずっとにこにこと笑顔のままで、秘書くんはただこちらを見ているだけ。
今までも何度もした面接の空間と同じ筈なのに、凄まじい緊張感に襲われていた。何故だか、自分自身の価値をどうにか絞り出して三人共に自己アピールをしなければ、そういう焦燥感に見舞われる。……これってまさか圧迫面接的なやつかな?(現実逃避)
「まず、熱中している趣味はありますか」
面接官さんは静かな声で問う。ペラ、と乾いた紙の音が部屋に響いた。
「はい。……」
「あなた自身が思う己の長所と短所を教えて下さい」
「あなたのポリシーを教えて下さい」
「仕事をする上で大切な事は何だと思いますか」
「最近の関心事や感銘を受けたことを教えてください なければ結構です」
「残業や休日出勤は大丈夫ですか」
緊張感は凄まじかったけれど、噛む事なく返答できている。大丈夫。
一回ブラックで有名なあの企業の面接で露骨過ぎる圧迫面接食らったから大丈夫。……多分!(御察しの通り、落ちましたからね!)でもこちらも圧がやばい……!しどろもどろになり過ぎて、なんか変な事言ってしまいそうだ。
……。
…………でも、圧迫感満載な面接の中でもどうしても真っ白なジンジャーブレッドマンのような姿の社長のことが気になる。
面接が始まってから秘書くんと共に一切口を開いていないけれど、めっちゃにこにこした顔でこっち見てる。
何であんな姿してるんだろう。きになり過ぎて実がなりそう。某会社のCMみたいに。
「最後に、何か質問はありますか」
「はい」社長のことがめっちゃ気になります。
面接の最後に大抵聞かれるこの質問は、取り敢えず聞きたいことを聞いて相手方の印象に残らせる、どういう会社なのか見極める、とかの手段に使える。一応。
まあ内容にも寄るけど、質問で不躾過ぎること聞いたら普通に落とされると思うので常識の範囲内でね。
「『社長のことがめっちゃ気になる』、とは?」
面接官さんは怪訝そうな表情でこちらを見た。
……あれぇ、もしかして口に出てた?
「社長は、他の方からはどのように見えていらっしゃるんでしょうか」
思わぬ漏洩に真っ白になり過ぎて何言ってるの私!マジでばかー!「何でもありません」とか言って取り繕えばよかったのに。社長は「えっボクの事?」と某胃腸薬の如き眼をぱちくりと瞬かせ、『秘書くん』と面接官さんは互いに目配せをしてるし!
「……因みに、貴女からはどう見えますか?」
面接官さんは元の表情の読めない顔に戻り、淡々と言った。
まーそう聞きますよねー。
「はい」
そう返事したとき、『秘書くん』が、社長の顔の横を塞いだ(多分、耳があるところ)。……強く挟み過ぎて顔、変形してますよ?
「私には、……社長には失礼かもしれませんが、男性トイレのピクトグラムを少しアンバランスにしたもののように見えます。色は白くて、小麦粉と水を合わせた生地のような質感だと思いました」
超正直に答えちゃったじゃん!何『男性トイレのピクトグラムを少しアンバランスにしたもの』って!『色は白くて、小麦粉と水を合わせた生地のような質感だと思いました』って馬鹿みたいな返答!……本当にそう思ったけど!
「……そうですね」
ほら面接官さんちょっと困ってるし!
「えっ?ボクなんか変「私には社長に見えますよ。ものの見え方というものは人それぞれです。ですから、社長が間抜け面をした白い屑餅野郎……失礼。……特異な姿に見えるのは、きっと貴女の物事を見る力が特殊なのでしょう」えっちょっと待ってボクまだ話終わってn「以上で面接を終わります」
面接官の男性は書類を置くと、社長の声を遮りそう告げた。
……凄く強引に終わらせたな…………。まあ多分私のせいだけど。そして、よくよく面接官の男性が話した内容を思い出してみると、色々と明言してなかったことに気が付いた。……なんか途中で白い餅とかなんとか言ってたような気もするけど。
「弊社での活躍を期待しています」
にこ、と面接官さんは微笑んだ。その時の笑顔はなんだか安心する顔だったのだけれど、何処か寒気を感じさせるものだった。
「ありがとうございました」
そう言って頭を下げてから面接会場となっていた会議室から退室した。
×
……これ普通の面接だったら絶対合格しないやつ!今までの面接で一番酷かった……。……なんであんな変な事言ったんだろ私……。
「……すっごい緊張した……」
なんか圧迫され過ぎて中身全部ぶちまけてしまった感ある。勝手に口が動いたような気がするし、やっぱり自分の意思で言ったような気もする。なんか不思議な感じだった。
「おっつかーれさん!」
「うわっ?!」
会議室の外の廊下にある待ち椅子に座って待っていると、急に社長が呼びかけた。あと背中を叩かないでほしい。セクハラで訴えられるかな。
「よかったよ!『The☆模範』って感じで!」
…それって良くないやつじゃん。『印象残んないなぁ』的な事を裏で言われてサッと落とされるんだよ!
「えー?いいと思うけどなー?じゃあ、今から体力テストしよっか!」
「え?」
体力テスト?何故?
「いーからおいで!」
社長はぐいと私の腕を引く。
「大事なことなんだよー」
「うわぁ、力強っ!?」
面接官を終えたばかりの私は、そのまま引き摺られようにして地下にあるらしい場所へ行くこととなった。
「これ、やってもらう項目だからね!」
と、ジャージとともに手渡されたプリントには。
ーーーーー
握力
上体起こし
長座体前屈
反復横跳び
急歩
往復持久走(20mシャトルラン)
立ち幅跳び
50m走
ハンドボール投げ
ソフトボール投げ
開眼片足立ち
10m障害物歩行
6分間歩行
ーーーーー
と、書かれてあった。
「……全年代のやつじゃないですか」
小学生からお年寄りのやつまで。
「うん、それがどうしたのさ」
「えぇ……」
やる意味あるの?




