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ずーっと以前に書いた創作怪談シリーズとショートショートシリーズ

みんなが眠ってしまった後で

 みんなが眠ってしまったあとで、お部屋のテーブルさんが言いました。

「今日の拓也くんはいじわるだったよね」

「そんなことはないよ、あれはパパが悪いんだ」

 答えたのは食器棚さんでした。ガラスの向こうのお茶碗さんがクスクスと笑います。今夜は月が明るくて、お部屋の中は明かりがなくても見ることができます。テーブルの上には白いお花が花びんさんと静かに小鳥のように歌っていました。お花は拓也くんのママがスーパーの出口のところでみつけました。

「どっちでもいいよ、お陰で僕はこのありさまだ」

 流し台の片隅で、コップさんが沈んだ声で言いました。かわいいライオンの絵のついた小さな子用のコップでした。でもコップさんの手で持つところは無くなっていました。拓也くんが晩ごはんの後に食器棚さんの足元に投げつけて壊れてしまったからです。

「ちっちゃい子っていうのは、そういうもんなんだよ」

 テーブルさんが落ち着いた声で言いました。テーブルさんは拓也くんのパパとママが一緒に暮らし始めた頃からいて、お部屋の中では一番の年寄りでした。テーブルさんは、このお部屋に来る前は別のおうちにいて、そこには小さな子が3人もいたのです。だから、テーブルさんはいろんなお話を知っていました。

「テーブルさん、でもパパの言い方も悪かったって思わないの」

食器棚さんは、コップさんとごっつんこした時に出来た小さな傷を見て、ため息をつきながら言いました。

「そうだね。パパがあんなに大きな声を出さなかったら、拓也くんもコップさんを投げたりしなかったと思うよ」

 拓也くんは晩ごはんのあとで温かい牛乳をこぼしてしまったのです。パパは絵本を広げて牛乳なんか飲んでいるからだ、と拓也くんに怒りました。拓也くんは大きな声にびっくりして泣き出してしまったので、ママが拓也くんとパパの間に入ってきて「あなたも大きな声で叱らないで」と言ったのですが、パパは怒っていたので、そのままお風呂に行ってしまったのでした。その後で拓也くんは持っていたコップを食器棚さんに向かって投げつけたのです。

「まあ、ガラスのとびらのところじゃなかったからいいけどさ」

 食器棚さんは、ほっとしたように言いました。

「そりゃあ食器棚さんは、それでいいんだろうけど」

 コップさんはつらそうな声で独り言のようにつぶやきました。

「僕は明日、ゴミばこ行きさ。拓也くんは、まだ5歳だからね。せっかく仲良くなれたけど、拓也くんじゃあ僕を直すことは出来ないよ」

「ママだって無理さ」

 流し台さんが始めて声を出しました。低いおじいさんのような声です。流し台さんは自分の声が嫌いなので、あんまりおしゃべりをしません。

「前にお茶を入れる急須さんが欠けてしまった時なんか、お隣の部屋にいるボンドさんでくっつけたんだ。でも拓也くん家のボンドさんは木工用ボンドさんだから、水がついちゃうと溶けちゃうんだ。だから今もわたしには溶けたボンドがくっついたままなんだ」

「急須さんはどうなったの」

 コップさんが心配そうに聞きました。

「そういえば、コップさんが来る前のことだったねえ」

 流し台さんがそう言って、テーブルさんが代わりに答えます。

「いなくなっちゃったね。たぶんゴミばこさんが知ってるよ」

 コップさんは、それを聞いて震えだしました。

「やっぱり僕もゴミばこ行きだ」

 やっとそれだけ言うと、コップさんは泣き出しました。テーブルさんも食器棚さんもコップさんにかける言葉がみつからなくて黙ってしまいました。テーブルの上のお花さんは歌い続けていましたが、それはいつの間にか悲しい歌になっていました。月の明かりの中でコップさんの小さな泣き声と、悲しい音楽だけがお部屋に響いていました。


 拓也くんは、その夜に夢をみました。

 そこは花も草も木もない薄暗くてさびしいところでした。遠くには、やっぱり花も草も木もない赤茶色の山が見えました。お空は灰色の雲がいっぱいで雨が降ってきそうな嫌な天気です。そこには、たくさんの壊れた冷蔵庫やラジオ、足のなくなった机やタイヤの取れたミニカー、割れてしまったお茶碗がありました。ひゅーっと風が吹いて、汚れたハンカチみたいなものが飛んでいきました。

 拓也くんは、さびしくて怖くて泣き出しそうになりました。ママもいないし、パパもいません。ずっと前に、パパがゴミ捨て場という名前を教えてくれました。捨てられた物を集める場所があって、それは最後には土の中に埋めてしまうのです。拓也くんは、きっと、ここはゴミ捨て場なんだろうと思いました。とてもさびしい場所でした。

 拓也くんは、どうしたらいいかわからなくて、ずっと立っていると、向こうの方から何かが、トントンと飛び跳ねながら近付いてきました。壊れた冷蔵庫の上に飛び乗ると、続けてテレビの上に飛び移りました。テレビは半分、土に埋まっています。最初、拓也くんはネコか何かだと思いましたが、良く見ると、それはロボットのおもちゃでした。

 拓也くんは思い出しました。

 そのロボットのおもちゃは前に拓也くんのものでした。でも片足が取れてしまったので、ずっとおもちゃ箱の下の方に入れてあったはずでした。拓也くんは、そのロボットのおもちゃに「ガーくん」という名前をつけていました。拓也くんはガーくんを捨ててはいないのに、どうしてガーくんはゴミ捨て場にいるんだろうと思いました。ガーくんは近くまでやってくると、片足で立ったまま拓也くんを見上げました。

「おひさしぶり、拓也くん」

 拓也くんはしゃがみこむとガーくんを持ち上げました。

「どうしてこんなところにいるの」

ガーくんが答えます。

「拓也くんがぼくで遊んでくれないから、ママが他の壊れたものと一緒にゴミの日に出しちゃったんだよ」

 拓也くんは、イヤイヤをしてガーくんを握りしめました。それから一緒に帰ろうよ、と言いました。

「それはちょっと無理だなあ」

とガー君が答えます。

「一度捨てられたゴミは、元のお部屋には帰れないんだ。それが決まりだからね」

 拓也くんは、でも僕は捨ててないのに、と言うと、いつの間にか涙が溢れてきました。

「でも泣かないで拓也くん。僕はさびしくないんだ」

 拓也くんは周りを見渡しました。あたりは壊れたものばかりで動いているものはありませんでした。さびしくないなんて嘘に決まっていると拓也くんは思いました。

「違うんだよ、拓也くん。大切にしてもらった物たちには心があるんだよ。僕たちは捨てられてしまったけれど、ここではそんな友達がたくさんいるんだよ。僕たちはもうすぐ一緒に旅に出るんだよ」

 そうガーくんが言うと、ゴミ捨て場のあちらこちらから、壊れた人形や、割れたお茶碗や車輪の無くなった三輪車や汚れたラジオやテレビが動き出しました。それは次第に拓也くんの周りに集まってくると、みんないっせいに、拓也くん、こんにちは、それからさようなら、と言いました。

「どこへ行くの」

拓也くんが言うと、片腕の無い女の子の人形が微笑みました。けれどもお人形は答えません。ガーくんが代わりに言いました。

「僕たちにもわからないんだ。でもきっとまた会えるよ。僕たちには心があるからね。拓也くんが好きになるおもちゃや、お気に入りになるお洋服になって、もう一度会いに行けるんだ」

 ガーくんは、そういう言うと背中のロケットから本物の煙を噴き出して空へと舞い上がりました。

「さようなら、拓也くん。またどこかで」


 翌朝、拓也くんが目を醒ますと、ママがびっくりした顔で見つめていました。

「どうして泣いているの」

と尋ねるママに、拓也くんは昨日の夢を一生懸命に説明しようとしましたが、うまく言えません。拓也くんは頑張って夢のお話をしましたが、途中で急に思い出してベッドから飛び出しました。

 ママは慌てて拓也くんの後を追います。拓也くんは昨日壊してしまったコップを探しますが、それはどこにも見当たりません。

 拓也くんは悲しくなって、また涙が溢れてきました。ママは拓也くんの前に座ると、

「壊してしまったコップはね、もう使えなくなっちゃったの。だからありがとうって言ってから、お外に出したのよ」

 ママは優しく言いました。

「これからは、もっと物を大切にしましょうね。次に出会うコップは投げてしまってはいけませんよ。そうすれば、もっと長く一緒にいられるから」

「でも、あのコップにはもう二度と会えないんだよ」

 拓也くんが言うと、ママは答えました。

「そんなことはないのよ。あのコップのことを忘れない限り、きっとまたどこかで同じ心を持ったコップに出会えるわ。ひょっとすると、次のコップがそうかもしれないの。物は壊れてしまうけれど、その心は繰り返し拓也くんのところに戻ってくるからね」

 そう言うとママはテーブルの上にあった箱から新しいコップを取り出しました。拓也くんは涙の溜まった目で新しいコップを見ました。でもそれはあのライオンのコップではありませんでした。ライオンのコップの気持ちとは違う気持ちしか感じませんでした。でも、その時、拓也くんは気が付きました。そのコップには、ロボットの絵が描いてあって、それはガーくんにそっくりだったのです。

「ガーくん」

 拓也くんがそういうとママは、にっこりと微笑みました。コップの中でガーくんは、また会えたね、と言ったような気がしました。


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