曼珠沙華
以前掲載した『平面交差』その後です。
さて、このお話の中に出てきた観光列車はなんでしょう。
ヒントが無さ過ぎて分からないですよねw
彼から近頃頻繁にメッセージがあるのは、何か理由があるのだろうとは思っていた。
私の恋しい相手と彼はとても深い縁があり、私の知らない恋しい人の昔話を聞けるのは嬉しかったし
純粋に彼に惹かれてもいた。いくつかある趣味がお互い同じで、その趣味のニッチさから共通の話題で盛り上がれる希少な仲間でもあり、その事も友人として交流が深まる一つの要因にもなった。
もう少し一緒に話して居たい、そう思うことぐらい許されると思っていた。
度々共通の友人に誘われ参加する飲み会で、彼に彼女がいるのを知った。薄々恋人がいるのだろうとは思っていたが、はっきりと存在していると知ってしまうとこれ以上彼に惹かれてはいけないと思った。
だけど、話をしたい、声を聞きたい、それができないならせめてメッセージアプリで繋がっていたい。そんな風に自分の気持ちに負けてしまう自分が情けなかった。
彼の恋人である女性も、私は知っている。とても素直で優しくて純粋な女性だ。彼女を苦しめるのは翻意ではない。聞けば三年程前から付き合っていて、遠距離恋愛を続けていて、結婚にあたってその距離がネックになっているという事も知った。私が彼と話をするようになって二年程、そう
私の恋は始まることすら無く、知らず終っていたのだ。
彼はいつも、居なくなった相手を想うのはもうやめろという。
それは彼なりの励ましだと思っていた。私が思ってる程恋しい相手はいいもんじゃないとも。
私の恋しい相手の事を想う気持ちは、多分男性が初恋の人を想う気持ちに似てるんじゃないかな。
大切な恋の思い出、時折そっと出してきて慈しむ。そして大事に保管している。
だからと言ってもう二度と誰かを好きにならないわけでもなく、今現在好きな人をないがしろにしているわけでもない。自分にとって綺麗な思い出を大切にしているだけ。
だから私が彼に惹かれていたのも、私の中では矛盾なく成立していた。
会いたい、会いたい、嵐のような感情を押し殺し、お互いの予定が合わずに流れていく約束。
何度か駄目になった約束に、私はやっとその嵐の感情が落ち着いたことを理解した。
そう、約束が流れてよかったのだ、この想いは実ることがないのだから。
そんなある日、次の週末は空いているかと連絡があった。待ち合わせの時間だけ指定して予定を空けておいて、と言われたが、行き先も待ち合わせの場所も教えてくれない。
会って思いが募るのも辛かったので、そんな情報だけでは困ると断ろうとすると彼は写真をシェアした。
それは以前彼との会話の中で、オススメされていた予約が中々取れない観光列車の切符だった。
一緒に行けたら行きたいね、なんて叶うことのない軽い約束を覚えていてくれていたのだ。
「せっかく当日びっくりさせてやろうと思ったのに」
拗ねたようなメッセージに、駄目だと思いながら嬉しくなる気持ち。
でも今まで何度も当日までに都合が悪くなって、会えなくなった事があったので過度な期待はしない。
がっかりして辛くなるのはもう嫌だからだ。
きっと彼は私の気持ちに気づいてる、でもはっきりさせたくないのは、友人としても会うのを避けられたくないからだ。
彼との関わりを無くしたくない、ずっと心に秘めていて叶わなくても彼が笑っているところを見れるだけでもいい。だってもう会えなくなる辛さを私は知っている。
大切なものを失くすくらいなら、この恋は深く沈めてもいい。
当日会うまでは、そう思っていた。
彼は何度か乗車した事のある観光列車はとても素敵なものだった。
サロンがあり、そのテーブルに着くと、小さいと思っていた車窓が丁度目線の位置に来て、田んぼの緑が広がる景色を彩っていた。段々深くなる緑に旅行気分が盛り上がり、彼との会話も楽しかった。
行き先は有名な桜の名所でもある、時期が外れているけれど山の緑が美しいと聞く。
観光列車に乗車することが目的だと思っていたので、現地についたらすぐに観光列車ではない特急で引き返すのだろうと思っていた。何気なく聞くと、たまたま現地のロープウェーが故障で運休となっていて、あまり観光できないという。仕方がないので、往復でもその観光列車の切符を予約していてくれたのだ。私は往路の切符を手に入れたとは聞いていたので、驚いてしまった。入手困難といわれる切符をどうやって?と素朴な疑問をぶつけてみると、照れたように復路は毎日予約状況をチェックしてやっと手に入れたと照れながら話す彼が可愛かった。それだけ喜ばそうとしてくれる彼が愛おしい。
復路の出発まで30分程、普段私があまり食べない甘味を勧めてくる。何か意図があるのかなと思い、彼のオススメするものを見る。二人で違う味を選んで近くを散策しながら食べる。
色々と調べて計画してくれていたのだろうな、と感じる事が随所にあり、時々恋人同士みたいだと錯覚してしまう。
復路の観光列車に乗り込み、往路と同じようにサロンで彼がオススメだというハイボールを飲む。ハイボールが何か良く分かっていなかった私は苦手な味だったが、とりあえず飲みきった。
車窓を風景が流れるように変わって行く、田んぼの土手に赤い彼岸花が沢山咲いていて、彼が「血みたい」と言っていたけど、私にはそんな禍々しさは感じられなかった。
昨夜あまり眠れなかった私はサロンから広くてふかふかの指定席に移動して暫くすると、列車の揺れも相まって少し眠気を感じていた。
ポツリポツリと続く会話、彼が肩に触れる「眠い?少し寝る?」と自分の肩に私の頭を引き寄せた。
寝入りばなに体温が下がり、先ほどまで丁度良かった室温が寒く感じていた私は彼の体温が心地よくて擦り寄って少し眠ってしまった。
彼は私の事をどう思っているんだろう?
彼女と別れるつもりはないだろう、でも私とも今より先に進もうとしている。誰も幸せにならない未来。
ずるい人だなと、平坦な感情でそう思った。私がこの恋に決着をつけなきゃ二人は幸せにならない。
恐らく10分ほどの眠りだったけど、終着駅に着いて起こされた時は結構すっきりしていた。
「寝てたね」
「あったかくて気持ちよかったから」
彼は私をエスコートするように抱き寄せる。
私の始まらなかった恋を毒にしてしまう前に、枯れさせてしまおうと考えながら彼に笑いかけた。