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詩になりたかった何か。

たからさがし

作者: amago.T/

 辺りは静かだ。

 平日の昼間はそう交通量の多くない、住宅街のメイン通り。

 子どもたちはそれぞれの学校で、大人たちは仕事先や付き合いなどでそれぞれの場所で、この時間を過ごしている。けれど、家にいるひとも勿論いるようで、お昼ご飯の匂いも微かに届く。


 祝日でもなく、土日でもない、わたし(少数派)にとっての休みの日。お昼ご飯を調達しようと外に出たはいいものの、暖かな日差しのもと、すぐに屋内に入るのはもったいないような気がして。

 何とはなしに風を受け、流されるままに歩いていると、上から鳩の声が降ってきた。


 足を止めて、見上げると、今まさに烏が飛び立ったところ。

 ついでに首を回して振り返れば、そこには軌跡(思い出)があった。

 たくさんの車が行きかって擦れたアスファルト。ところどころに、補修された跡。水道管の交換工事や、電線の埋設や、部分的にはがされてから塗り重ねられた瘡蓋が、いくつもあった。

 昔は読み取れた、橋の名前が記された石。近付いてみれば、墓標のような直方体のそれの半ばが埋まっている。もうなんと刻まれていたのか、思い出せない。

 幾度塗り重ねられたのか、道路が高く盛り上がって、家の玄関口が相対的に低くなってしまった家もある。そんな家の庭には、決まって古い木が植えられている。小学生の頃、艶やかな枇杷の葉を眺めていたら、持っていきなさいといくつか実をもいでもらった記憶もある。

 この場所で、人が生活を続けてきた軌跡。

 幼いころの記憶にはない新しい家はカラフルで、四角い。どれも同じように見えても、中身はそれぞれの家庭に染まっているはず。そこにも、短くても思い出は、たくさん詰まっているはず。


 何度も塗り重ねられた郵便ポスト。

 幼いころには手が届かなくて、背伸びをして、飛び跳ねて、あの差込口に手を伸ばした。それが今では、目線より低い。


 その前を抜けていけばさくら公園がある。正式な名称は、まだ知らない。

 車用の入口の坂は両側に枝垂れ桜が壁を作って、小さい頃はするする駆けていったのに、今では注意して避けないと絡めとられてしまいそう。剪定が行き届いていないのか、こういう仕様なのか、とりあえず花期にはみごとであることだけは確かなので、まあいいか。

 あがりきったら駐車場。まっすぐ行けば運動場と、桜や他の木々が植えられている散策路。脇に伸びた細い道へ行けば両側には花が植えられていて、わたしが小学生の頃には何を植えるか小学生たちで決めて苗を植えていた。今もそれは続いている様子。そこを抜ければ遊具の設置された広いスペースがあって、この時間には誰もいない。遠足ではここでお弁当を食べるのが定番だったような気がする。

 空豆の蔓が屋根になっている木製のベンチに腰を下ろす。いつだったか朽ちていたのを新しい木材に換えられて、もうまた果てそうになっているけれど、誰かしら利用者はいるのだろう。ひとのすわる形に擦れてへこんでいて、妙に馴染んだ。

 支柱の低い位置に刻まれたラクガキは、昔もあっただろうか。指先で擦ると消える。こどもたちの秘密の暗号とかだったら、悪いことをしたかもしれない。

 花の間を来た道を戻って、わたしの頃にはなかった色画用紙に手描きで花の名前を書いてラミネートした看板に気付いた。

 今は桜の季節ではない。

 然れども。運動場の方に足が向かった。

 椿の葉はいつでも陽光を照り返しているし、死にかけた桧だって存在を主張してくる。

 高くない展望台に上ると、町が一望できるわけでもないけれど。木がいっぱいなこの公園の全貌は見渡せる。そして近くの海も、かすかに見える。

 ここを駆けまわっていたのは、つい数年前のような気がするけれど。あの頃は、今を想像なんてできなかった。実際にはもう10年以上、それだけと言ってしまえばそれだけの時間が過ぎた。


 開けた場所があった。

 一人ぼっちで生えている木がいた。


 さくら公園の隣にある、小さな公園、そこの欅。

 昔はとても大きく見えたのに、今は見下ろしている。

 きっと、わたしの生まれる前から生きているあの子は、見守ってきたのだろう。手元に夢中で遊具に見向きもしない子どもたちや、塾へ行きなさいと叱る大人たちを。

 この町にいるときは、わたしのことも、見ていてくれただろうか。


 カシャン


 後ろから音がした。

 褐色の瓶が落ちて、割れていた。


 展望台の階段を下りて、それの首を持って上げると、ついてくるのは半ばほど。

 残っている欠片を、拾い集める。


 申し訳なさそうに箒と塵取りを持ってきた彼女が、きっと瓶をここに持ってきたひと。


「これ、もらっても、いいですか?」


 ひとかけらのガラスを陽にかざすと、割れ目に乱反射した光が目に刺さる。

 どうするのかと不思議そうに、でも拒否はされなかった。


 ゴミ箱に行く本体を見送ってから、欠片はわたしのポケットに。


 近付いてみれば頭が切られて本当に小さくなっていた欅に挨拶をして、落ちていた葉っぱを拝借してから家に帰り着くと、今更ながらに胃が労働を求めた。昼食のことをすっかり忘れていたけれど、もう夕食の時間も近いし。どこかに食べに行こうか。


 ポケットの中身を玄関の靴箱の上に出す。

 そこにはすでに写真や小石やサクラの枝とか胡桃の葉っぱにヤシャブシや桧の球果がいるけれど、褐色瓶の欠片と欅の葉っぱも仲間入り。

 行く先々で何か(思い出)を拾ってくるのは小学生とか幼稚園児の特性かもしれないけれど、私の特性でもある。


 眼に入るたびに、それを拾った背景が思い出される。

 振り返れば、そこには確かに、わたしの軌跡(たからもの)があるのだ。

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