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ノンアルバー

作者: セレソン28
掲載日:2018/04/26

 最近の三十代女性には珍しく、桐山朝香きりやまあさかは全く酒が飲めなかった。なので、会社の同僚たちから飲みにさそわれても極力断っていた。

 同じ課の今村美穂いまむらみほからは、せっかくの婚活こんかつのチャンスを逃すなんてもったいないじゃないと言われるが、そんなチャンスなどいらないと思っている。

 さすがに歓送迎会かんそうげいかいなどには参加するが、いつも少しそんをしたような気持ちになった。飲み放題と言われたところで、ウーロン茶ばかりでは、おなかがタプタプになるだけだ。

 その日は、十年ぶりに高校の学年同窓会に参加したのだが、最初から、なるべく早く帰ろうと思っていた。

「どうした、桐山。がってるじゃないか。会社でなんかヤなことでもあったのか?」

そう言って、朝香の横に座ったのは猪原いのはらという大きな男だ。同じクラスだったが、ほとんど話したことはない。つぶれた耳を見て、柔道部だったことを思い出した。

「そんなことないけど」

「そうか。じゃ、良かったら、二次会に参加してくれ」

「ああ、ゴメン。それは遠慮えんりょするわ。わたし飲めないから」

すると、猪原はニヤリと笑った。

「わかってる。だから、声をかけたんだ」

「え?」

「こんな鬼瓦おにがわらみたいな顔してるが、実は、おれも全然飲めない。飲める連中は向こうに集まってて、もうすぐ二次会に行くらしい。だから、おれたち飲まない人間は、連中とは別の店で二次会をやろうということになった。ところが、ちょっとこまったことになってて、おまえに助けて欲しいんだ」

 意味がわからず、朝香がポカンとしていると、猪原のまわりにゴツい体格の男たちが集まってきた。顔だけはなんとなく知っている。柔道部だけではなく、ラグビー部や体操部の面々めんめんじっているようだ。

「見てのとおり、こんなメンバーばかりで、女性じんが参加をしぶってる。そこで、元生徒会長の桐山が仲間に入ってくれたら、女の子たちも安心して一緒に行くと思うんだ。何だったら、おまえの料金はおれたちで持ってもいいぞ。なあ、頼むよ」

 朝香の方こそ困ってしまった。

 料金云々うんぬんより、あまり知らないメンバーとでは、盛り上がりそうな気がしない。

 朝香の気持ちをさっしたのか、猪原が自分の胸をたたいた。

「大丈夫。めちゃめちゃ盛り上がる。というか、絶対、おまえも喜ぶと思う。飲まない人間のパラダイスみたいなバーなんだ」

 結局、朝香が行くことにしたのは、『飲まない人間のためのバー』というものに好奇心をいだいたからである。ただし、行く以上は自分の勘定かんじょうは自分で払うからと、猪原に念を押した。

 朝香が声をかけたので、男女合わせて二十名ほどが集まった。

 タクシーに分乗し、『マイスイーツホーム』というその店に行った。見た目は普通のバーと変わらない。ただし、入口の横には『当店ではアルコールの入った飲料は一切提供いたしません』という注意書きが、目立つように出してある。

 店内に入っても、照明・インテリア・従業員の制服、どれをとってもバーそのものである。

 カウンターもあるが、朝香たちはテーブル席の方に案内された。

 猪原たちはれているらしく、ノンアルコールのビールやカクテルを次々に注文している。

「お飲み物はいかがしましょう?」

 わりとイケメンの店員に聞かれ、逆に、朝香は聞き返した。

「何があるの?」

「普通のバーでお出しするような飲み物のノンアルコール版もありますし、紅茶・コーヒー・日本茶などもございます」

「うーん、どうしよう。あ、もしかして、お抹茶まっちゃとかもある?」

「ございますよ。わたくしがおてします」

 同じとしぐらいの店員はニコリと笑い、カウンターに入るとシャカシャカと茶筅ちゃせんらし、ガラスの器に入った抹茶を運んできた。

「どうぞ。普通の抹茶わんだと店の雰囲気ふんいきに合わないので、耐熱ガラスで特別に造らせました」

「へえ、そうなんだ。ん? 造らせた、ってことは、もしかして、あなたがこの店のオーナーなの?」

「はい。神子沢かみこざわと申します」

 その時、猪原が「マスター、おつまみお願いします!」と声をかけた。

 神子沢は「かしこまりました」とこたえ、朝香に軽く会釈えしゃくをすると、カウンターの奥に戻った。

(おつまみって何だろう。まさかピーナッツとかスルメとかってことは、ないわよね)

 やがて、神子沢は他の店員たちと共に銀色のプレートを何枚か運んできた。もちろん、朝香が心配したようなものではない。

 プレートに乗っているのはスイーツで、それを見た同級生たちが歓声を上げた。ガトーショコラ・モンブラン・シフォンケーキなどのケーキ類、アップルやチェリーなどのパイ、フランボアーズや白桃などのムース、マドレーヌやフィナンシェなどの焼き菓子といったものだが、驚くべきことに、それらがすべて普通の十分の一ぐらいのミニチュアサイズで作ってあるのだ。

「お客さまには、こちらを」

 神子沢が朝香に差し出したプレートには、色鮮いろあざやかな和菓子が乗っていた。もちろん、こちらもミニチュアサイズである。

「ありがとう」

 えられた黒文字くろもじ(=和菓子用の楊枝ようじ)で、プルンとした葛餅くずもちをひとつ食べてみた。上品な甘さが口に広がる。

「おいしいわ」

「ありがとうございます。お抹茶のおかわりは、いかがですか?」

「お願いします」

 カウンターに戻る神子沢と入れわりに、猪原が来た。

「どう、気に入った?」

「ええ」

「だったらさ」

 猪原は、少し恥ずかしそうに視線をらした。

「次は、二人で来ないか?」

 すると、朝香はカウンターの方を、ちらりと見た。

「そうね、また来たいわ。今度は一人きりで」

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― 新着の感想 ―
[一言] シャーリー・テンプルとか注文したら美味しそうですね。
2018/04/26 21:01 退会済み
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