皇覧大会〜夏至祭
俗に皇覧大会と呼ばれる、皇覧飛武術闘技大会は、皇帝の御前で年に一度開催される、翼族の国で最も権威ある飛武術の大会だ。出場資格の規定が無い唯一の公式大会で、あらゆる背景を持つ剣士たちが参加出来る、国で最大の剣術大会でもある。
予選、本選合わせて二週間に及ぶこの大会の期間は、毎年夏至の日に決勝が行われることもあり、夏祭りのような扱いで、冬祭りと並ぶ、翼族気に入りの行事になっている。
* * *
皇家鷲族の城の裏手に、細く高い岩塔があり、その上に古い木造の見張台がある。見張台はもう使われておらず全く人気がないから、その岩塔は、一人になりたい者にはうってつけの場所だった。
その日、カイは朝早くに見張台に来て、ぼんやりと眼下の景色を眺めていた。
城の中庭では、白鳥翼の侍女たちが、五歳になるカイの妹を遊ばせている。遠くに目をやると、塔型台地や卓状台地の合間にある農地で、昆虫翅の農夫達が、田植えや種蒔きをしている。長閑な景色だ。
カイは空を見上げた。雲一つない。
もう一度、眼下の景色に視線を落とした。カイのいる場所から、右手に白鳥族大闘技場、左手に隼族大闘技場が見える。どちらも試合場の整備の真っ只中だ。木材や布などを運ぶ貨物鳥を連れ、大工や職人が飛び交っている。朱の装束を纏った剣士達が、闘技場のあちらこちらに立ち、大工たちに指図を出している。朱の装束は、高位剣士の象徴だ。
そのうちの一人、隼族大闘技場にいる大烏翼の人物はゴオ卿のようだった。大工に何かを叫んでいたが、その声は、カイのところまでは届かない。
こうしていると、自分とは関係のない、遠い世界を眺めているような気になってくる。それが奇妙に心地よい。
カイは、ごろりと寝転がった。
静かだ。空が青い。初夏の太陽がじりじりと照りつける。これほど寛いだ気分になるのも、随分久しぶりのことだ。まっすぐな強い日の光を肌に感じるのは嫌いではないし、何しろ、一人きりの時間が、近頃カイは好きだった。今日も護衛を撒いてきている。
と、遠くにかすかな羽音が聞え、それが段々近づいてきた。
すぐに羽音は風に変わり、それが静まると、聞き慣れた、澄んだ声がした。
「ここにいると思いましたよ」
カイは首を捻って、声の方を見た。皇覧大会の間、公式にハルと共に過ごす予定になっていることは、既に梟卿から聞かされている。
「……へえ、やっぱり俺を見張ってるって訳か」
「なんです、見張ってるって」と、ハルは怪訝な顔をして、乗り鳥から飛び下りた。ハルの乗り鳥は、ファラドという。真っ白な美しい鳥だ。「皇子見張るなんて、そんな無駄なことはしません。鉄砲玉見張るようなもんでしょ。それより、ほったらかしておいて、消えたら飛んでった先を推測する方が効率がいいです」
そう言うハルの態度には屈託がない。神官服の懐から紙を取り出し、しれっとした顔で歩いてくる。
「まあ、皇子の隠れていそうな場所を当てるのは、僕にはそう難しいことじゃないですし。……お使いですよ。ほら、梟卿に頼まれて、明日から二週間の予定表を届けに来たんです。」
「……そうか」
カイは起き上がって胡座をかいた。
ハルは、「それにしても、此処は暑いですねえ! どうして皇子がそんなふうに寛いでいられるのか不思議ですよ!」と、文句を言いながら、隣に跪いた。
カイの鼻に、独特の香の匂いが漂ってきた。近頃のハルの匂いだった。
「ほら、時間割。そんなに悪くないですよ、昼までです。これ以外は今日も含めて自由時間。皇覧大会の試合も見に行けます」
カイは差し出された予定表を受け取って、じっくりと眺めた。
一日目~七日目
講義一「国外の地理」
講義二「賢者族の防御術」
八日目~十三日目
講義一「翼族の歴史」
講義二「賢者族の防御術」
十四日目 自由
「……想像していたよりずっとマシだな」
「でしょ?」
「ハルの通常の講義に交じるんじゃなかったのか?」
「そんなことあるわけないでしょう。皇子と僕は普段全然違うことを学んでいるんですから。大体、これはあくまで休暇です」
「そうなのか?」
「皇覧大会期間ですよ。夏至祭りじゃないですか」
何を当たり前のことを言っているのか、という口調でハルが答えた。
「……あのクソ爺」
ハルが目をパチクリとさせる。
「……もしかして、梟卿のことですか」
「他に誰がいる」
ハルは吹き出した。
「皇子にしか言えないですね!」
「俺を担ぎやがった」
「なるほどね」とハルはクスクスと笑った。それから少し悪戯っぽい目をして「でもね、梟卿ほど皇子の味方をしてくれている人はいないんですよ」と続けた。
「どういう意味だ」
「皇覧大会の間、皇子に休暇を与えるよう教育院を説得したのは、梟卿なんです」
「そうなのか?」
「ええ。そうでなきゃ、皇子、この二週間、皇帝陛下のお側に仕えて、政務の手伝いをやらされるところだったんですから」
カイが渋面をして「冗談じゃない!」と叫ぶと、「そうでしょ」とハルは笑った。
「だから、梟卿には、むしろ感謝しなくちゃ。皇子が色々問題を起こしたときも、とにかく皇子を庇い続けるのは侯爵なんですから」
「……そうなのか?」
カイは納得がいかない様子で首を捻った。それから、ふと思いついたようにハルを見た。
「爺とは近頃よく会うのか」
ハルは、「まあ、たまにですね」と、さらりと答えた。
カイは肩をすくめ、話題を変えた。
「それで、俺はどうすればいい。今日からお前の言うことを聞けと言われているんだ」
ハルは「……そうですね、」と少し考え込んでから、「僕、今から神殿の書庫に行きますけど、一緒に来ますか」と言った。
* * *
近頃、継承君が皇太子の「お守り」をするようになったのが、梟卿の差し金だということは、宮中では周知の事実になっている。おかげで、再び一緒に時を過ごすようになったものの、二人の関係はどことなくぎこちないままだ。
神殿の大広間を抜け廊下を抜けて、二人は内庭に入った。中庭には、遅咲きの白桜の古木があり、今まさに純白の花が満開だ。
カイは、隣を歩くハルを訝しそうに眺めた。
(爺の奴、何の為にハルに俺を見張らせてやがるんだ?)
カイの脳裏には、クランとスタンのことがある。カイは、二人のことを誰にも言っていないが、ハルは、二人と入れ替わるようにカイの日常の中に戻ってきた。もしかすると、見張りではなく警護かもしれない。多分、俺の知らないところで、俺の知らないことが起きている。そんなことを、カイは思った。
ハルは直ぐに視線に気付き、「なんです?」と微笑んだ。気遣うような大人びた笑みだった。
カイは、驚いてその顔を見返した。今まで、ハルの、この類の表情は見たことがない。近頃のハルはよく分からんと思いながら、カイは「なんでもない」とぶっきらぼうに答えた。
ハルは「そうですか」と困ったように笑った。
神殿の書庫は西神殿の奥、竹庭の横にあった。木の引き戸を開き、ハルが「どうぞ」とカイを導き入れた。
書庫に入った瞬間に、独特の香りが鼻をつく。カイには既に馴染みのある匂いで、なるほどな、とカイは思った。
室内は薄暗く、等間隔に置かれた書棚に古めかしい巻物や様々な形態の書物が収められている。
「……神殿にこんな大きな書庫があるのか。本持ちは、梟族だけかと思った」
「梟族とは違う種類の文献や史料ですね。でも、大きいだけに読むものも多いから、今年に入ってから僕は殆どここに缶詰ですよ!」
「……だろうな」
「あれ、知ってました?」
「近頃、お前、ここと同じ匂いがするからな」
「そうか、」とハルは苦笑した。「鼻がいいなあ、皇子。虫除けの香です。来るたびに炊かなきゃならないから、持ち歩いているんですよ」それから、神官服の袖のあたりを嗅いで、笑いながら付け加えた。「……まあ、ひどい匂いじゃないのが救いですね!」
カイが肩をすくめると、ハルはまた苦笑いをしてから、「さて、僕はちょっと本を探さなきゃならないんですが、皇子、どうします? 書庫を見て回るか、そうじゃなきゃ、飛武術の歴史は五番棚、剣術に関する本は八番棚です」と言った。
「見て回る」
「そうだと思った! じゃあ、僕は十七番棚辺りにいますから、何かあったら呼んでください」
ハルは笑いながらそう言い残すと、棚の間に消えていった。
書庫の、奥まった部分は博物館のようだった。古い巻物と並ぶように木箱が重ねてある。古い錦、鏡や刀剣、勾玉や宝石の付いた冠などが陳列してある。
突き当たりに白い引き戸があった。カイは近寄って行って戸を開けた。
そこは小さな部屋で、中央に白木の、大きな祠のようなものが置いてあった。祠の両脇の棚には、古めかしい巻物や印が置かれていた。祠の扉を開けて中をみると、同じ形の小さな黒い箱がいくつも納められていた。
一つの箱の上に薄い紅色の石盤が置いてあり、カイはそれを手に取った。片面に砂漠の廃墟が描かれ、裏面には文字が彫られていた。
失われた翼は今も
翼の墓場に眠る……
その時だ。
「皇子? どこですか?」というハルの声がした。
「ここだ!」
走りだす音がして、すぐに両手に本を抱えたハルが現れた。どこか、少し張り詰めたような顔をしている。が、カイは気に留めず、無造作に石盤をしまうと祠の扉を閉めた。
「この部屋は?」
「貴重品置き場のようなものですね」
「この祠みたいのは?」
「僕たちは神庫と呼んでいます。中を見ました?」
「ああ」
「箱がたくさん入っていたでしょう? 賢者族の人数分あるんです。儀式で一生に一度、使うか使わないかなんですが、まあ、大切なものです」
「宝石か?」
「そんなようなものです。形代というか、身体の代わりにここに葬ってあるんです」
「本人が生きているのにか?」
「ええ、まあ、僕たちにはいろいろ、儀礼的な役割がありますから。国全体の祓いとか、供犠とか。儀式じゃ、何度も死ぬんですよ。擬死ですけどね」
「……へえ、知らなかった」
「皇子は知らなくていいんです。こういうことは、賢者族の仕事ですから」とさらりと言ってから、「それよりも、本を探すのに思ったより時間がかからなかったんですよ。僕の部屋に行きましょう」と、ハルは朗らかに続けた。
* * *
続き間の入口の、襖を開けたままになっている框の辺りに腰を下ろして、カイはハルが用意させた餅菓子を齧っていた。
「……翼の墓場? なんです、それ?」
浅葱色の茶碗を口元から離して、ハルが答えた。
餅菓子を齧り齧り、カイが先ほど見た石盤のことを説明すると、ハルは不思議そうに首を捻った。
「本当にそんな石盤がありました?」
「ああ」
「僕は見たことないですよ。翼の墓場ねえ……」
考え込むハルを尻目に、餅菓子の最後の一口を茶で流し込んだカイは、「まあ、どうでもいい」と付け足した。
すると、「あ! ちょっと待って下さい!」と、ハルが突然立ち上がり、勉強机の上にある本の山から、一冊の革張りの本を引っ張り出した。パラパラと頁を捲り、すぐに「ありましたよ、皇子!」と叫んだ。
「なにが?」
「翼の墓場でしょ?」
「なに?」
「伝説というか、ロブ・ロイ卿っていう古代の冒険家の探索記なんですけどね、卿が冒険中に出くわした七不思議の話の中に、そんなような記述が出てきます。
「ロイ卿が砂漠に迷い込んだとき、あるオアシス都市に出くわしたんですが、それがどうやら翼族の一部族の都だったらしいんです。ロイ卿が一度も見たこともない部族で、灰銀色の蝙蝠のような翼をしていたそうです。人々は聞き慣れない言語を話す上、警戒心が強く、ロイ卿は結局何の交流もはかれないまま、都を去るしかなかった。しかも、数年後に卿がもう一度訪ねると、その都市は既に滅んでいたんだそうです。随分立派な都市だったようですが、短期間に完全な廃墟と化してしまっていた。
「それだけでも不思議なんですが、ロイ卿は、近くの山の頂にその一族のものと思しき灰色の翼が切り取られて積み上げられているのを見たんだそうです。それが、何事かを祀った巨大な祭壇か、もしくは墓場のようで、ひどく気味が悪かった。……どうです? まあ、翼の墓場といえないこともないでしょ?」
「へえ……。砂漠ってどの辺りだ?」
「さあ。そこまで詳しくは書かれていませんから」
「蝙蝠羽の翼族がいたとは知らなかったな」
「……まあ、ロイ卿の作り話ということもありえますけどね」
ハルは笑いながら本を閉じ、その話題はそこで終わりになった。
* * *
その晩、カイとハルは、久しぶりに下町に出かけることにした。
「ギギの家にでも行きます?」とハルが言い出したのだ。カイに異論はなかった。
ギギの家へと向かう途中、二人は決闘市場の顔見知りを見かけた。懸巣翼だ。里山の方へと飛んでいく。
「……おい、ビイだ」
「本当だ。どこに行くんでしょうね。あっちは、確か昆虫翅の村だけど……」
二人はそう言いながら、懸巣の翼が飛び去っていくのを見送った。
懸巣翼は、伝統的に警察や警備兵のような職務を担う者が多く、中には、より重要な役割を担う一派もある。同時にはぐれ者も多く、ビイのように決闘市場に入浸る者のほか、何らかの裏の世界に通じている者も少なくないと言われている。
「懸巣翼だと、何をやっても、何となく裏がありそうに見えるから気の毒ですね」と、ハルが同情的に呟いた。
ギギの家は、下町の古い造り酒屋の隣にある。その酒屋から、使わなくなった酒蔵を譲り受けて、改築して一人で暮らしている。中は一間の土間で、中央に大きな円卓が置いてある。一角に寝床代わりの簡素な板間がある。別の一角は調理場になっているが、一般の家屋よりも随分整った調理場だ。ギギが料理好きだからだが、肴の質がそのあたりの居酒屋よりずっと良いと仲間内では評判で、何かというと人が集まる。
二人が着いたとき、大工や剣士仲間が円卓に腰を下ろして、賑やかに酒を飲み、大声で話しあっていた。なんとも皇覧大会前夜らしい光景だ。
「……ありゃあ、きっとどこかのお偉いさんだな」
「そうかね?」
「だってよ、城から警備隊が押しかけて、市場にあった似顔絵を全部焼き捨てていったんだぜ」
「隣の国の罪人だと言っていたがね」
「つまんねえ罪人だったら、そこまではしねえ」
ギギが二人に気づいて、手をあげた。
「よう、若さんたち! よく来たね」
ギギは、自分の両隣の大工を追いやると、二人にその椅子を勧めた。追いやられた大工は、土間の隅から丸椅子を引っ張ってきて、無理やり円卓に割り込んだ。
カイは、ギギから麦酒を受け取りながら腰を下ろした。
ちなみに、麦酒には色々種類があるが、カイが好んで飲むのは麦芽糖の炭酸水のようなものだ。甘みと旨味の強い飲み物で、下町では年代性別を問わずよく飲まれている。
「何の話をしてたんだ?」
「賞金首の、例のコンドル翼の剣士のことさ」と、ハルに甘酒を渡しながら、ギギが答えた。「若さんたち、あれが誰か、知らねえかい?」
二人は首を横に振った。本当は知っていたが、真実は硬く口外を禁止されていた。
カイが城に持ち帰った似顔絵のおかげで、謎のコンドル翼の剣士が、隣国の禿鷲族の王だということが判明している。
余談だが、コンドル族は、元々が禿鷲族の分家で、両族の翼は酷似している。戦乱時代の末期、ちょうど翼族の国が建てられた頃に、本家の腹黒さに嫌気のさしたコンドル一族が、袂を分かって翼族の国にやってきたという歴史がある。
梟卿は、迅速に手配をし、問題を揉み消したらしかった。何故禿鷲王が決闘市場などにいたのか真実は謎だが、気まぐれと噂される王だから、儀式に招待されたついでに、ふらりと翼族の国を見物していたのだろうと推測された。
何しろ暴君として悪名高く、口論の末、怒りに任せて父王を殴り殺したという噂もある人物だ。
儀式の時も、直前にふらりといなくなり、決闘市場にでも行ったのだろうとカイは思っていたのだが、儀式中には、参列者の中に姿があった。どこか得体の知れない行動をする人物だ。
「ついさっき、下町で見かけたんだよ」と、一人の大工が言った。「すぐに人ごみに消えちまったから、本人がどうかは、まあ、なんとも言えねえが。でも姿絵に似ていたんだよ」
ハルが苦笑しながら、「さすがに見間違いじゃないですか」と言った。「きっとコンドル族の誰かです。大体、隣国の罪人なら、いつまでも野放しにしていては、我が国の警備隊の名折れですよ」
「違えねえや」と、一同は笑った。
実際、禿鷲王は、とっくに翼族の国を去っている。
「見かけたといえば、さっきビイを見かけた。農村の方へ行ったぞ」とカイが言った。
「ああ、あいつはね、ちょっと変わってんのさ」
「昆虫翅に知り合いがいるらしいぜ。たぶん女だ」と皆が口々に言った。
「ここには来ないのか?」
「まあ、たまあにね」とギギが答えた。
「怪しいところはないのか?」
「いや、悪い奴じゃあねえ。が、とっつきにくい。昆虫翅の女がいるのは本当らしいや。まあ、問題を起こすわけじゃねえから俺たちも放ってあるのさ」
ギギがそう言って肩をすくめた。
それから、思い出したようにカイに尋ねた。
「若さん、それより、いずれ決闘市場が無くなるらしいって話を聞いたんだが、なんか知っているかい」
「決闘市場が? 誰がそんなことを言っているんだ?」と、カイは眉を顰めた。
ギギが「それをこっちが聞いているのさ」と愉快そうに笑って、ハルを見た。「こういうことァ、神官の坊ちゃんに聞いたほうがよさそうだ」
ハルはにこりと笑って、「クロイ卿ですね」と答えた。「市場が無くなるというよりも、飛武術に関する決まりごとを廃止していこうと意見しているらしいです。免状もなくして皇覧大会のように自由参加にして、賭け試合も許可したいようですね。そうすると、全ての大会がほぼ決闘市場の試合と変わらなくなりますから、決闘市場の存在意義と言うか、そういうものは無くなります。そうなると、この決闘市場を続ける意味が無いし……」
「よくわからんが、俺たちが稼げる場所も増えるってことかね」と、剣士の一人が言った。
「まあ、理屈上はそうですね。飛武術に限らず、伝統や規制をもっと廃止して、民に自由を与えよ、というのが最近のクロイ卿の主張ですから」
「やっぱり、さすがの大臣さんだ。いいこと言うじゃねえか」
「若さんには悪いが、今の皇帝さんは、ちょっと大人しすぎるや」
「うるさいお偉いさんたちのいいなりなんじゃねえかな」
「いっそ、大臣さんが皇帝になって色々変えてやってもらうのも、いいんじゃないかね」
ギギの仲間たちが口々に言った。
巷での、クロイ卿の人気は異様に高い。
ハルは苦笑して、カイは意外そうに、へえ、と唸った。
「……でも、決まりごとが無くなり過ぎたら、どうも締りがなくなりゃしねえか。金や権力が、今よりずっとものを言うようになっちまう」
ギギだけが、吐き捨てるようにそう言った。
* * *
その晩、城に向かって飛びながら、カイが言った。
「これほど、父上の人気が落ちているとは知らなかったぞ」
「というよりも、クロイ卿の人気があるんですよ」
「クロイ大叔父か……嫌いじゃないが、父上より出来がいいとも思わん」
「クロイ卿の実際の能力は、あまり関係ないんです。印象ですよ。クロイ卿は四天王と仲が良かったり、他の有名な剣士を支援したりしているから、華やかでしょ。話も上手いですしね。
「これは、良い悪いの問題じゃないんですが、人々は、基本的に自分ではあまり考えたりしないものなんですよ。通常、身の回りのことにしか興味が無いんです。だから、権力者が、わかりやすく自分の利になりそうなことを言えば、その権力者の評価は上がります。自分の生活に弊害が出るまでは、ね」
「……そんなものなのか?」
「そんなものですよ」
ハルは、やけにあっさりとそう答えた。