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翼族  作者: Gustatolasse
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立太子の儀

 現皇帝の叔父に当たるクロイ卿は、上皇の年の離れた末弟で、叔父とはいえ皇帝よりも数歳若い。生まれた直後に父帝が崩御したこともあり、二十五も年上の兄が皇位についた後は、母皇太后の寵愛を一身に受け後宮で育てられた。

 そんな事情もあってか、まつりごとに疎く、気儘に趣味に明け暮れていて、成年後も直系の皇家狗鷲族としては、宮廷であまり目立つ存在ではなかった。


 それが、数年前、現皇帝の即位と同時に、武術大臣の職についた頃から、人目に触れることが多くなった。


 武術大臣は、武術に関係する、大会や資格、教育などを統括する職務だが、趣味人のクロイ卿はもともと武術や芸事が好きで事情に詳しい。それに加えて、後宮育ちの男子特有の、饒舌で朗らかな人物だから、人前に出ることを疎まず、あっという間に民衆の間で人気が高まった。


 さらに、妻を娶った前後からは「翼族の古い風習を廃止し、もっと民に自由を与えよ」と積極的に訴え始め、さらに人々の関心を引いている。

 その話し言葉は軽妙で、耳に心地よいと評判だ。


 現皇帝というのが、体の弱い、物静かな人物だから、対照的な年下の「叔父」は、より目立つ。近頃、徐々に宮廷での存在感を増している。


                * * *


 立太子の儀式の当日。


 早朝、複数の神官たちに従われ神殿の大滝で禊を済ませたカイは、多数の武官に付き添われて城に戻った。梟卿に促され、すぐに皇帝の間に向かう。そこには、皇帝、皇妃、上皇以下、皇家鷲族の面々が厳かに「皇太子」を待っていた。


 一族を前にして、カイは一本調子で決まりの口上を述べた。その投げやりな態度を取り繕うように、梟卿が重々しく「若君は少々緊張しておいでのようでございます」と告げた。


 それがカイの気に障った。白々しい、と梟卿を睨みつける。


 皇帝も皇后も、静かに微笑んだだけだったが、上皇が、「どうも、まだまだ幼い」と顔をしかめた。


 知ったことかと、カイは鼻を鳴らす。


 が、すかさずクロイ卿が場を取り繕うように「それでも、十分、堂々としておいでだ」と朗らかに言った。他の面々も、「そうですとも、十分ご立派です」と声を合わせた。


 間を置かず、梟卿が退室を促す。

 カイは、どいつもこいつも白々しい、と舌打ちをしながら皇帝の間を出た。


                * * *

 

 次に連れて行かれたのは控えの間だ。カイは、そこに、文字通り「閉じ込められた」。

 控えの間の扉の前には見張りが立ち、外に面した大窓には、きっちりと鍵が掛けられている。


(俺は、囚われ者か?)と、カイはまた舌打ちをした。


 少しして、梟卿が控えの間に入ってきた。

「主要な賓客の確認を。こちらへ」

 梟卿は、カイを大広間を見下ろす小窓の前に連れて行った。

「鷹族の公爵はどちらにおいでかお分かりか?」

 カイは小窓から、大広間を見下ろした。広間には、大勢の人々が集まっている。直ぐに、灰黒色の大鷹の翼をした初老の男に目をとめた。

「正面入り口の右横にいる」

「鷹卿、公爵の後継者は?」

「公爵の左隣に立っている」

「コンドル族の公爵はどちらか?」

 カイが指さしたのは、白羽の混じる黒いコンドル形の翼の、がっしりとした初老の男だ。

「中央の柱の横」

「公爵のご長男、コンドル卿は?」

「公爵の後ろ」

「隼族の公爵は?」

「左の壁際。白鳥の公爵と話をしている」


 青みがかった灰褐色の隼形の翼の男と、美しい大白鳥の形の翼をした男を指してカイが言う。双方共、六十と言ったところだ。ちなみに、白鳥族の公爵は、カイの母方の祖父にあたる。


「隼公爵のお世継ぎは?」

「柱の横で白鳥の叔父上と話をしている」

「大烏伯の横におられる小柄な御人がさぎ族の伯爵。鷺族は、刀鍛冶の一族で、伯爵は代々その棟梁を勤めておられる。その左側は、」

 言いながら、梟卿が指し示したのは、淡い褐色に白羽の混じる菱喰ひしくいの翼の人物だ。

「雁族の伯爵。雁の一族は医術を生業としているが、こと現伯爵は、歴代の雁族の医師の中でも指折りの名医との呼び声が高い」


 ここで一旦言葉を区切って、梟卿はカイを見た。

「さて、もう一人、大広間の入口、左端の柱に寄り掛かっている人物にも見覚えがありましょうな?」


 カイは、おざなりにその人物を眺めたが、顔を見た瞬間に、あっ、と関心を引かれた。


 人々の輪から離れて立つその、黒いコンドル翼の人物は、数名の付き人を従えているほかは、全く人々を寄せ付けず、何やら巻物のようなものを読んでいる。


 梟卿は淡々と続けた。

「北方の禿鷲族はげわしぞくの王。これ以上、何も言わずともお分かりでしょうな。コンドル族の翼に似ているが、あれは黒禿鷲の翼」


 カイが黙って頷くと、梟卿は部屋を出て行った。


                * * *


 しばらくの間、カイは禿鷲の王を眺めていた。


 王は、巻物を読み続けている。すらりと背の高い姿も、黒と茶の見事な翼も、身動き一つしない。ただ、骨ばった親指が、巻物を読み進むと共に定期的に動くだけだ。

 と、その時、二人のコンドル翼の剣士が、王に慇懃な挨拶をした。が、王は巻物から目を上げようとさえしなかった。二人は、居心地悪げに顔を見合わせて、それでも、もう一度軽く会釈するとその場を去った。


 カイは思わずニヤリとした。気のせいか、王も薄らと笑ったようだった。


 少しして、大広間入り口の向こう、城外の大広場の上空に、大きな乗り鳥の集団が現れた。

 賢者の一族だ。


 乗り鳥が、一羽、また一羽と広場に下り立ち、無翼の神官達が次々と地上に飛び降りた。鳥番たちが、すかさず手綱を受け取って、厩に鳥を引いていく。


 ちなみに、翼の無い賢者の一族は、各自が一羽ずつ専用の乗り鳥を持っている。乗り鳥は、長い嘴を持つ大型の鳥で、その祖は、戦乱の時代、狗鷲族の王が、翼のない友のために北方山脈から生け捕ってきた、サピスという野生の大怪鳥なのだと言われている。


 乗り鳥から降りると、白装束の神官達は五系統の家ごとに分かれ、流れるように五つの列をつくった。

 中央に、筆頭賢者の系統。その直ぐ右手に第二賢者の系統、左手には、第三賢者の系統。右家と左家と呼ばれる二系統の代表は、其々、その正しい位置の外側に陣取った。

 一人の老神官が、五つの列を先導する位置に立った。長い銀髪をぴたりと後ろで束ねている。前皇帝の筆頭賢者で、現在も一族を束ねる長老だ。


 その老神官に率いられ、賢者の一族が入ってくると、大広間は一瞬で静寂に包まれた。一族が目の前を通るのに合わせ、人々は、皆、恭しく頭を下げた。


 禿鷲の王は、最初、ちらりと視線を上げただけだったが、入ってきたのが無翼の神官たちと気付くと、すぐに巻物を下ろして、不躾なほどジロジロと訝しげに列を眺めはじめた。


 やがて賢者族の一行は、広間を抜け城の奥へと消えていった。


 それを見届けた禿鷲の王は、思いついたように巻物を懐にしまうと、付き人を残し、ふらりと広間から出ていってしまった。


 そして、その禿鷲の王の行動の一部始終を食い入るように見つめていたカイも、(……どこに行くつもりだ?)と訝しんだ次の瞬間には、見張りを殴り倒し、控えの間から逃げ出していた。


 王は、もしかすると決闘市場に行くのかもしれない。会って直接話をしてみるのも面白い。カイも、このまま儀式をすっぽかして決闘市場に向かうつもりだった。歩廊を走りながら、『昨日の眠り薬を飲んでいたら、どうせ同じことになっていた』とカイは思った。


 大広間の裏手に、普段は宮廷の楽士たちが使う楽屋がある。その窓から人気のない裏庭に出ることが出来る。楽屋に着くと、案の定、楽士は全員出払っていて誰もいなかった。


 が、カイが窓を開けた時だ。後ろから思いがけない声がした。


「決闘市場ですか? それともどこか違う場所?」


 カイは驚いて振り返った。

 ハルが楽屋の入り口に立っている。真っ白な正神官装束に、肩の辺りで切り揃えられた真っ直ぐな黒髪。不思議な香の匂いがカイの鼻をついた。


「さすがに今は駄目ですよ。お戻りに……」

「儀式の一つくらい、やらなくてもいい。気になることがあるんだ。邪魔するな」


 近づいてきたハルを後ろに突き飛ばし、そう言い捨ててカイは窓枠に足をかけた。

 と、後ろで予想だにしなかった声がした。笑い声だ。カイが驚いてもう一度振り返ると、ハルが嬉しそうに笑っている。


「変わりませんねえ、ほっとしました」


 カイは、呆気に取られてハルを見た。ハルは構わずに続ける。


「……あのね、今晩、決闘市場にいくのなら、僕も交じりますよ。ただし、今日の儀式をきちんと終らせることが条件ですけど」


 ハルは、にこりと屈託なく笑った。

「どうします、皇子?」


 冬祭りからほぼ半年後、こうして何事も無かったかのようにさらりと、ハルは、カイの日常の中に戻ってきた。

 

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