企み
誰かが、遠くで呼んでいる。
「……殿下、ねえ、殿下ったら!」
ピコだ、と思った瞬間、カイは飛び起きた。
「あら、起きた。よかったわ。二人ともだったらどうしようかと思ったじゃないの!」
「ハルは! 無事か!」
「まあ、よく分かったわねえ、以心伝心! でも、残念ながら、良くないのよ」
聞くや否や、カイは寝台から飛び下り、隣の天幕へと駆け込んだ。目に飛び込んできたのは、苦しみ悶えるハルの姿だ。カイの身体は凍りついた。
「……どうした? まさか、首筋を切られでもしたんじゃないだろうな?」
「いやあね、そこまで物騒じゃないわ、毒よ」と、ピコはあっさりと答えて、カイの横を通りぬけた。「これはね、ある毒草の抽出液を飲まされた時の症状よ。いずれにしても、獣人に毒を盛られたことは、間違いないわ。まったく、何なのかしら、この国は」
ブツブツ言いながら、ピコは意外なほど慣れた手つきで、病人の脈を測っている。
「……大丈夫なのか?」
「そんなわけないでしょ。お若くて健康でいらっしゃるから死にゃしないにしても、すごく苦しいのよ。高熱が、まあ、四、五日は続くわね。酷い関節痛もあるはずよ」
「……医者を、」
「馬鹿ねえ、殿下。その医者が毒を盛ったかもしれないんじゃないの。継承君の薬以外、アタシたちみんな、同じ物を食べたのよ」
「そうか、そうだ。……どうすればいい?」
カイがうろたえると、ピコは「あら、アタシがいるから、ご安心くださっていいのよ」と誇らかに笑った。
ピコは、寝台脇に置いてあったハルの旅行具の中から、紙と筆箱を取り出すと、さらさらと絵を描き始めた。数種類の植物の絵だった。
「……それは?」
「解毒薬に必要な薬草よ。全部森に生えているのを見たわ。一安心ね」
「解毒薬? 作れるのか?」
「ええ」と、ピコは事も無げに答えて、器用に絵を仕上げ、カイに手渡した。「ハイ、殿下、いってらっしゃい。アタシは、ここで継承君を見ていますからね。判断がつかなければ、似たようなのを全部引っこ抜いてくればいいわ」
カイは、ホッと胸を撫で下ろした。「……わかった。絵が上手いな。これも、役者の仕事の一つか?」
「違うわ、個人的な趣味よ。さ、急いで、急いで! 早いに越したことはないのよ」
「わかった。すぐ行く」
が、その時、十数人の獣人の武官が、次々と天幕に侵入してきた。
「なんだ、何事だ?」
驚くカイに向かって、灰色の髪の武官長が言った。
「ご無礼ながら、御身柄、拘束仕ります」
* * *
三人が連れて行かれたのは、塔の上の牢獄だった。
獄内には、大きな古い暖炉があり、その反対の壁際に、木製の寝台が二つある。鉄格子の入った出窓が二つ。天窓が一つ。
カイは出窓に胡座をかいている。その視線の先には寝台があり、ハルが横たわっていた。ピコがその脇に座って様子を見守っている。
ハルの顔は時折苦痛に歪む。ピコによれば、毒は神経に作用して、特に背骨の辺りに激痛を走らせるのだという。そんな状態で、抱きかかえられ運ばれてきたのだから、症状がよくなるはずはなかった。勿論、薬草など、取りに行くどころの話ではなかった。
武官たちは、理由を説明しろと詰め寄るカイに、「命令にございます」とだけ答え、鉄扉に鍵をかけて去ってしまった。
どうせまた、獣人王を煩わせている曲者の仕業だとカイは思ったが、いったいその者たちが何を企んでいるのかは、いくら考えても分からなかった。
数十回目になる舌打ちをしてから、カイは、ともかくどこか抜け出せそうなところはないかと、もう一度牢内を見回した。目に入ったのは、暖炉だ。
カイは早速出窓から飛び下り、中を覗きこんだ。煙道は案外太い。上って上れないことはない。
と、その時、硬い靴音がした。カイは急ぎ暖炉から這い出して煤を掃い、鉄の扉が開くのを待った。
少しして入ってきたのは、背の高い灰髪の男、人狼族領公爵だった。
公爵は、後ろ手に扉を閉めてカイの前に跪き、「少々の間のご無礼をご容赦頂きたく、参上仕りました」と言った。
「少々の間とは、どのくらいだ」
「明朝までには、必ずや」と、公爵は続けた。
しかし、現状の詳細については、カイがいくら尋ねても「内分の儀にございますれば、なにとぞご容赦を」と言って答えなかった。
「……陛下にはお会いできるか?」
「残念ながら」
「何故だ?」
「今朝は誰にもお会いにならぬとの御達しにございます」
「天幕にはおいでなのか?」
「は」
「……分かった。明朝まで大人しくする」
「恐れ入ります」
獣人たちに、翼族の捕虜を傷つけるつもりはないようだった。むしろ、監禁中もできるだけ賓客として扱おうとしているのが、公爵の態度から窺い知れた。
ハルのために解熱剤を用意してきていたが、毒物を盛られたようだと知ると、公爵の顔色は心なしか青ざめた。医者を呼ぶと言ったが、ピコが断り、「この薬草を取ってきてくれればいいわ」と紙を渡した。
すると、すぐに人狼族の公爵は牢から去って行った。
暫くして、ハルの様子を見ていたピコが「……ねえ、殿下」と口を開いた。
「何だ」
「アタシ、考えていたんですけどね」
「何を」
「曲者のことよ」
「曲者?」
「ええ、そいつらはねえ、多分、殿下をどうこうしたいわけじゃなくて、殿下を利用しようとしているのよ」
「どういう意味だ?」
「だって、殿下って、腐っても皇太子殿下なわけじゃないの」
「それがどうした」
「とっても利用価値のある存在だってことよ」
「分からん。もっと分かりやすく言え」
「もう、だめねえ、殿下は。血気ばかりお盛んで、お頭はお鈍くていらっしゃるのよ」
ピコは、気の毒そうに首を振り、「何だと?」と殺気立つカイを制しながら続けた。
「いいこと、その曲者っていうのは、獣人王を陥れようとしているわけでしょ? 王の名を語って粗末な命令を出してみたり、前王の狂気を思い出させるような、不可解な殺しをやってみたり、それに合わせて悪い噂を流してみたり。つまりは、宮廷や森の獣人たちの、王ヘの反感を煽っているのよ。大体、王が、自分は命令を下していない、犯人は別にいると言い張ったとしても、そのことを証明できるものは何もないわ。ましてや、曲者に命令を与えられた当人たちは、催眠術で、王から直接命令を受けたと思い込んでいるんだから、もしかしたら、宮廷人たちの中には、王が出任せを言っていると考えている人もいるかもしれないじゃない。前王が本当に狂っていたのなら、余計にそう思う人は多いんじゃないかしら。噂でも、やけに血の繋がりっていうのが強調されていたじゃないの」
「……そうか……そうだな」
「そうよ。そんな状況の中で、他国の皇太子を傷つけるような国王命令が出され続けてごらんなさい。人々が一気に王の正気を疑い始めるのは当然よ。ヘタすりゃ、翼族を相手取っての戦争にだってなりかねないんですもの。間違いないわよ、その曲者は、殿下を利用して現王を王の座から引きずり下ろそうとしてるんだわ!」
ピコは、そう力強く言い切った。
「どう、なかなか鋭い読みだとお思いにならない?」
カイは半信半疑で、曖昧に頷いただけだったが、その「鋭い読み」は、すぐに半鹿族領公爵によって正しい読みと裏付けられた。
薬草と、鍋や擦り棒、鉢、火鉢などを携えた従者を従えて、塔の牢部屋に現れた鹿身の公爵が、従者を下がらせ語ったところによると、今朝方、五公爵の元に王の命令書が届けられたのだという。
その内容に異常を感じた五公爵は、命の真意を問うべく王ヘの謁見を願い出たが、王からは、誰も天幕に近寄ってはならないという返答があったのみ。王は天幕に篭もったままの状態であるという。
天幕付きの小姓によれば、王は寝所にいるようだが、誰をも天幕に近寄らせてはならぬと命を出したきり、姿を見せないらしい。天幕からは、時折奇妙な唸り声が聞こえてくるのみで、小姓も恐ろしがってそれ以上近づくに近づけない。
止むを得ず、五公爵は、その午後に機密評議を開くことにした。機密評議というのは、五公爵のみで内密に開かれる評議で、そこで全員の合意があれば、森の大神官の承認を受け、王の即時退位を求めることができるという。
そして、終身職である獣人王の即時退位とは、処刑を意味する。
カイは驚いて叫んだ。「待て! 陛下は何もご存知ないはずだ。それよりも、陛下を陥れようとしている輩がいる。俺は、数日此処にいても構わんから、そいつらを探し出せ!」
「……時間が限られておりますれば、それは叶いませぬ。王の命令書は紛うことなき本物、して、陛下が王位に就かれておられる限り、御命は実行されねばなりませぬ。陛下ご自身による撤回が望めぬ今、本日中に陛下にご退位いただくより他に……我等が翼族への宣戦布告を回避する術はござりませぬ」
「なに?」
「日没までに、殿下を処刑せよ、というが、王の命でございますれば。……今、森で翼族との戦争を望んでいるものなど、誰一人としておりませぬ」
「ほら! アタシの言った通りじゃないの!」
ピコが、真面目に、不適切に、胸を張った。
* * *
牢内には、薬を煎じる独特の甘苦い匂いが漂っていた。
ピコが、薬草を調合してすり鉢で擦ったり、鍋に入れ火鉢にかけたりして、解毒薬を作っている。カイは窓辺に胡座をかいて、そんなピコの動きを眺めている。
しばらくして、真剣に尋ねるでもなく、カイが口を開いた。
「……おい、手際がいいな。それも役者の仕事の内か? それとも、趣味か?」
「あら、どちらでもないわ。ちょっとした事情で身についた、とっても高度な技よ」
「事情?」
「ええ、でも、お気に止めてくださるほどのことではないのよ。有能なアタシの、数ある才能の一つに過ぎませんもの」
「そうか」と、カイはなおざりな相槌を打った。
「それよりも、これから、どうなさるおつもり?」
「……さあな」
カイはぶっきらぼうに答えた。正直な所、カイに先のことを考えている余裕などなかった。自分が此処にいることで、獣人の王が死に追いやられようとしている。そうと思うと、カイは居ても立っても居られなくなる。
その様子をちらりと眺め、鍋をかき混ぜながらピコが同情的に声をかけた。
「殿下、あんまり深く考えない方がいいわよ。運が悪かったのよ。そう思った方がいいわ。他人様の事情には口を出さないことね。大体、自分の力じゃあ、どうにもならないことって結構あるものよ。そういうものの前では、アタシたちの意志なんて、とっても無力よ。……殿下より、少しだけ長く生きているから分かるわ」と、妙に哲学的なピコだった。
「……ああ、かもな」
曖昧に頷いて、カイは窓の外を見た。巨木が目に入った。獣人の神木だ。あの木の下に獣人王の天幕がある。
(陛下は、何をされているんだ? 何故、天幕に篭っておられるんだ?)
しかし、苛立ちと焦りとで、カイの思考は空回るばかりだった。
そして、いつのまにか眠りに落ちていた……。
「……皇子! 皇子!」
ハルの声だ。
バッと身を起こしたカイの目に、横たわり身を捩らせるハルと、それに覆い被さる男の後姿が飛び込んできた。
カイは、止めろ、と男に飛び掛っていった……。
「あらあ、どうして、殿下?」
緊張感のない甲高い声に、カイは驚いて顔を上げた。ピコが目を瞬かせて不思議そうにカイを見ている。
「解毒薬よ。出来たのよ。飲ませなくちゃ。駄目?」
カイは我に返り、「……ああ、すまん、頼む」と答えた。
「いやあねえ、寝とぼけてるの、殿下。ま、いいわ。ちょっと継承君を落ち着かせてちょうだい。なんだか、飲むのを嫌がるのよ」
ハルは、苦痛にうめきながら、何かから逃れるように両腕で顔を被い、体を捩らせていた。カイはその手を掴んで、「大丈夫だ」と言った。
すると、ハルが突如目を開いた。カイの手を掴み返し必死で何かを言おうとした。
「どうした、ハル?」
耳を近づけると、ハルは「……黒い、緑……」という言葉を絞りだした。
「黒い、緑の?」
ハルはかすかに頷いたが、途端に顔を歪めて、再び意識を失ってしまった。
「あら、やだ。ねえ、継承君、まだ寝ちゃ駄目! ちょっと起きて!」
ピコが軽くハルの頬を叩き、かろうじて意識を取り戻したハルは、数口の解毒薬を飲み下し、また直ぐに眠りにおちた。
「即効性よ。明日の朝には、痛みも熱も引くわよ。一安心!」
ピコは朗らかに言うと、いそいそと抽出液の残りを瓶に詰め、鉢や鍋を片付け始めた。
カイは考え込んでいたが、少ししてから顔を上げ、ピコを呼んだ。
「もう一度そこに立ってくれ。そう、そこだ。背を丸めろ。見下ろすみたいに。手をハルの口の辺りに当ててくれ。ああ、それでいい」
カイは出窓に戻り、一度腰を下ろして目を閉じた。それから、目を開けてバッと飛び下り、横たわるハルと、それに覆い被さるピコの後姿を見た。
突如、ある情景がカイの脳裏に蘇った。
何かが、ハルに伸し掛かっている。走っていって止めようとすると、それがこちらを振り返った。緑の目が光り……
……その顔は、確か獣人王の、いや、違う、自分だ。疑いに満ちた自分の顔だ。そして、見下ろした両手が、赤い……ハルの血だ。
カイは悲鳴を上げた。
「ちょっと、殿下! どうしたの?」
慌てて駆け寄ってきたピコが、カイの身体を揺すぶった。
途端、正気に戻ったカイは、肩で激しく息をしている。額には脂汗も浮かんでいた。
「……昨日の晩だ。ハルが毒を飲まされて……俺は、幻術をかけられた、と思う」
「そいつの顔を見たの?」
「いや、振り返った時には獣形だった……でも、俺は前にも何度かそいつを見ている」
* * *
煙道から抜け出して、カイは空から王の天幕に向かった。天幕の周り、特に入り口である大天幕の周囲は、五公爵の配下とみられる見張りの兵でかためられていたが、獣人族は、空からの侵入者を想定してはいないようだった。一度神木に下り立ったカイは、近くまで張り出している枝から、小天幕の上に飛び下り、屋根に張られた白布を、小刀で裂いて、王の寝室に入った。
それから数時間後、いくらか憔悴した様子の獣人王が、翼族の皇太子に支えられて王の天幕を後にし、黒宮殿の評議室に姿を現した。五公爵の機密評議が始められようとしていたが、評議は、王の知るところとなった時点で、その効力を失う。王は、すぐさま偽の命令を撤回し、塔に監禁されている翼族の解放を命じた。同時にその場で捕らえられ、牢獄送りになったのは、人豹族領公爵だった。
* * *
長い一日を終え、カイが最初の晩に泊まっていた天幕に戻ると、既にピコが、我が物顔で寛いでいた。ハルは、隣接の天幕で眠っており、今ではもう熱も下がって、痛みも落ち着いているという。
ピコが、相変わらず真剣に肌の手入れをしながら、「うまくいったみたいね、殿下」と言った。
「ああ」と頷きながら刀を外し、カイは絨毯敷きの床に腰を下ろした。
「アタシの解毒薬、効いたのね」
「ああ」
「アタシたちが牢から出されるとき、目隠しされた男が入れ違いに連れられてきたけど、あれが、犯人?」
「ああ。目を使って相手を催眠にかけるらしい。処刑されるまで目隠しだ」
緑の瞳を持つ曲者の姿を思い出したとき、カイは同時に、王が天幕から出てこないのは、出てこられないからで、ハルと同様に毒を盛られたからだと考えたのだった。小姓が聞いた王の不気味な唸り声というのも、高熱に浮かされ、痛みに苦しんでいると考えれば辻褄が合った。
カイは、煙突から牢獄を抜け出し、解毒薬を持って王の天幕に忍び込んだのだ。
果たして、誰もいない天幕の中で、王は一人苦しんでいた。カイがすぐさま解毒薬を含ませると、王は最初の一口を苦心の末に飲み下し、それから瓶一本を飲みきった。
もともと身体の丈夫な、虎の王の回復は早かった。王の意識がはっきりとしてきた所でカイは事態を説明し、さらに、思い出したばかりの曲者の姿を語った。
『深い緑の目の、黒豹でした』
それが、人豹族領公爵の獣形と一致したのだ。前日の晩、王に毒を盛る機会があった唯一の人物も公爵であったことから、王は公爵を犯人と断定した。
『余は、父が即位してから、自らが即位するまでを、あれの領地の外れの小屋で過ごした。余が草原を知り尽くしているのもその為だ。そして、この間、ずっと余と共に暮らしていたものが、あれだ。当時より、余が晩に口にする飲み物をあれが拵えるのが習慣であったが、この習慣のみは宮廷に入ってからも変わらなかった。長年、余の側役も勤めておったし、余が宮廷を空けておるのを知っていたのも、あれ一人。その立場を利用したのであろう』
獣人王の口調は淡々として、あたかも犯人を予測していたかのようだった。
捕らえられた公爵は、観念したのか意外にもあっさりと白状に及んだ。一連の企ては、驚くことに、全て公爵一人の犯行であったという。狂人王の噂を流し、殺人を犯し、人々の王ヘの不信感を煽る。目的達成の為に、実の父親さえも手にかけた公爵だったが、幸い噂を煽る目的で「神隠し」にされた人々はまだ殺されてはおらず、直轄領の外れにある館に監禁されていた。ただ、百を越えると噂されていたのは誇張で、実際に監禁されていたのは、三十人前後だったというが。
「公爵は、たまたま俺たちが湖畔にいるのを見たんだ。そこで俺たちを、森から出られないよう催眠にかけた。俺の身分がはっきりするまで、他の獣人公爵たちから隔離しておきたかったらしい。そこに、オラフが現れたから、俺たちは森を抜け出てしまい、慌ててその晩オラフを買収したということらしい。オラフは悪い奴じゃないが、金次第だからな。それで、その晩、俺が本物だと確認した時点で、本格的に俺を利用しようと目論んだ。俺を巻き込めば、事は早く進むと考えたらしいな。ピコが想像した通りだ」
「フウン。で、結局目的はなんだったの?」
「王を退位させることに決まっている」
「だから何の為に? 恨みでもあったの?」
「それがよく分からん。白状しないらしい。でも、公爵が次期王に推される可能性もあったそうだから、そういうことかもしれん」
「へえ、そんなにしてまで、王になりたいものかしらねえ」
「なりたいものなんだろう。……翼族の中にもそういう奴はいる、と思う」
「アラ、そうなの?」
「誰かは知らんが、俺の立太子の儀式を邪魔しようとした奴がいるからな」
「まあ! そう! 殿下も結構大変でいらっしゃるのねえ。アタシには到底分からない世界!」と、ピコは怪訝そうに首を傾げたが、すぐにいつも通りにきゃらきゃらと笑って、「でも、これで一件落着ね!」と言った。
「そうだな」と答えながらも、カイの心がすっきりとしないのは、犯人が、獣人王のかつての幼馴染という人物だったせいだった。
(……いずれ裏切られるのなら、俺が先に殺してしまえ……)
昨晩の夢の囁きが頭の中に蘇り、カイはぞっとした。振り切るように立ち上がり、「おい、俺はもう寝るぞ」と言い残して、カイは自分の天幕に入った。
* * *
獣人の森に来てから、カイは一度も平穏な夜を過ごしていない。
その晩も、天幕に忍び込んできた人影に眠りを妨げられた。事は、全て終わったわけではなかった。
「……皇太子殿下」と、低い女声が泣きながら言った。「兄を、お救いください。お頼み申します。兄は、真実を語ってはおりませぬ」