andante 卒業式
「ふんふふんふっふっふっふふふふふふー」
「小学生かお前は」
「るーるーるるるるるー」
「ごきげんだな、おい」
「らららーらららー」
「…」
「らららー」
「…」
「らららー」
「…」
「ちょっとちゃんとエコーやってよっ」
「分かるかっ。しかもその歌知らねえし、途中で変えただろっ」
「もっと勉強してよっ」
「卒業式の歌をか!?」
「卒業シーズンの雰囲気に決まっているでしょう!?」
「そんな決まり知るかっ」
小学校中学校、高校に大学。式形式、文言、動作、歌まで決まったものがある。
「こんなに決まりきって守られている卒業式の何を知らないっていうのっ」
「論点ずれているからっ」
決まりきった事を繰り返しているだけなのに、人が入れ替わるだけなのに。
「しんみり、しない?」
「とんだな…しんみり?」
「そう、しんみり」
しみじみでもなく、じわ~っとでもなく、しんみり。
「もしくは、しっぽり」
「決まりきった卒業式にか?…それにしても言葉が一つ一つが迎えが来た婆さんみたいだぞ、お前」
「失礼な。そうじゃなくて、こう、場の雰囲気ってのがさ…もう、分かってよ」
こういうとき難しい。言葉にできない感覚、でも自分が知っていて、他の人にも伝えたい感覚。
「さっぱり」
さらっと言う、ひどいなぁっ。
「でも来年はしんみりするんじゃないか?」
「何で?」
「俺達の卒業式だからさ」
そうだね、来年はあたし達が主役の年で、これからどうするのか、また考え決める季節が来るんだね。
「でも来年はしんみりじゃないの」
「何だよ」
「新世界」
「…そこまで『し』に拘らなくて良いんじゃないか」
時も場所も関係ない、大切なのはこうして会話できる、このつながり。
「「卒業、おめでとう」」
だからこの言葉はその時に、決まりに縛られなくても考えた決断に自信を持てた、その時に。




