あがったりさがったり
高い。高い。とにかく高い。
季節の女王さま方が順繰りに暮らすあの塔ときたら、遠くにそびえる山々よりも、国王さまのお城よりも、まったくもってよっぽど高い。
いったい、あんな高いものを、どこの誰がいつ建てたのやら。
けれどもこれが、ずいぶんとまた昔から、そこにそうしてあるものだから、誰に聞いてもわからない。
それはまあそれとして、この国はいま困ったことになっていた。
その塔のてっぺんには、季節の女王さまが住む部屋がある。
春。夏。秋。冬。
それぞれの女王さまは、ぶらりと塔にやってきて、部屋に籠もること、およそ三ヶ月。
すると、それぞれの季節がめぐってくるという次第。
次の女王さまが訪ねてくると、前の女王さまが降りてくる。
魔法で堅く閉じられていた扉が開いて、はい、交替。
そうして、この国の季節は、滞りなくゆるやかに移り変わっていく。
はずだったのだが、どうもおかしい。
長く厳しい冬がすこし緩みかけた頃。
スカートをひらひらさせて、春の女王さまがやってきた。
ところが、どうしたことだろう。
何度も扉をノックしたのに、冬の女王さまが出てこない。
「もしかして、寝ているのかしら?」
いつでも眠い春の女王さま、冬の女王さまもそうかと思って、その日は町の宿屋に泊まることにした。
まだかまだか、と春を待つ人たちも、まさか安い宿屋の一室で、春の女王さまがぐうぐう寝ていたとは気付かない。
いつもどおりに寝坊したので、翌日の昼、またまた塔を訪ねてみた春の女王さま。
だが、やはり冬の女王さまは出てこない。
のんきな春の女王さまも、今度ばかりはちょっと考えた。
でも、頭を使ったら、うとうと眠くなってきたので、国王さまに相談することにした。
「なんと! 冬の女王が塔から出てこないだと?」
「ええ、まあ。だいたい、そんな感じで」
驚きに目を見開く国王さまに、春の女王さまは眠そうにこたえた。
塔に出入りするための魔法の扉は、内側からしか開けられない。
その魔法の源は、塔のなかにいる季節の女王さま自身のもの。
だから、ケガや病気など外の助けが必要なときは、女王さまの意思で扉は開く。
もしも、気を失うようなことにでもなれば、それはそれで魔法が途切れて、やっぱり扉は開くはず。
「このままでは、冬が終わらんではないか。冬の女王、いったいどういうつもりなのか……」
「それはまあ、本人に会って聞いてみないことには」
「いや、だから、どうすれば会えるのかと」
「それをわたくしに聞かれましても」
春の女王さま、なにからなにまで他人事でまるでやる気がない。
「春の女王よ。そなた、なにかこう便利な魔法はないのか。塔のなかの冬の女王と話が出来るような魔法は」
そう国王さまにいわれると、春の女王さま、目をキラリと輝かせた。
「わかりました。やってみましょう」
「おお! やはりあるのか! そんな魔法が!」
「いえ、ありませんけど」
…………。
国王さま、言葉に詰まる。
「ならば、なにをやる気だったのだ、そなたは!」
「ためしに、やるだけやってみようかなと」
がっくりきた国王さまをほっぽって、目を閉じてなにやらムニャムニャと唱え出した春の女王さま。
やがて、ぴたりと呪文が止んだ。
春の女王さまは、ゆっくりと目を開くとおもむろに告げる。
「やっぱり駄目でしたわ」
国王さま、溜息まじりにつぶやくばかり。
「そうだろうともさ……」
けれど、そこはそれ、国王さま。
がっくりばかりはしていられない。
まずは、季節の塔のすぐ横に、小屋と呼ぶにはちょっと豪華な小屋を作った。
これは春の女王さまのアイディアで、ここに仮住まいして、いつでもすぐに交替できるよう、こまめに冬の女王を訪ねようというもの。
でも本当は、お城から塔まで行くのがただ面倒なだけというのが、もっぱらの評判だ。
そしてさらに、国王さまは国中に布告を出した。
冬の女王を塔から出した者には、誰であろうと望みの褒美をあたえる。
ただし、挑戦する者は、春の女王の小屋に薪を一本持ってくること。
これで春の女王さまの暖炉の足しになるし、それよりなにより……。
ひっきりなしに人が来るだろうから、春の女王さまの居眠り防止にも役に立つ。
国王さま、一石二鳥の名案にこっそりニヤリとしたものだ。
「春の女王さま、薪を持ってきました。挑戦させてください」
「はーい、いま出まーす」
なんやかや、なんやかやして。
ああだ、こうだして。
最後に、春の女王さま、扉をノック。
こんこん。
…………。
「はい、出てきませんね。またどうぞー」
そんな調子で二ヶ月も経つと、挑戦者もいなくなった。
冬は緩みかけているけれど、春というほど暖かくもなく。
雪はずっと残っていて、新たな緑は芽吹かないまま。
ちょっとだけ温度があがったりさがったりするばかり。
まさか、ここまで長引くとは夢にも思っていなかった国王さま。
いまさらながら焦りだして、塔の近くの小屋へ、春の女王さまを訪ねた。
「国王さま、ちょうどいいところに」
「おお! もしや、塔のほうでなにか進展があったのか!」
「いえ、そろそろ薪がなくなりそうで」
ちょっと豪華な小屋暮らしを、きままに満喫していた春の女王さま。
「だから、そなたが冬の女王のかわりに塔に行けば、春が来て、暖を取らなくてもいいだろう!」
…………。
「ええ、そう。もちろん、忘れていませんわ」
そのわりには答えるまでに妙な間があった。
「ですが、扉が開かないことには、わたくしにもどうにも」
ぐぐぐ、と国王さまがうなったところで、結局はそこだ。
ふりだしに戻るしかない。というか、ふりだしからまったく進んでいない。
バタン!
突然、勢いよく開かれた小屋の扉。
「おうおうおう! どうなってんだ! まだ、冬じゃねーか!」
そこにはスカートをなびかせた夏の女王さまが立っていた。
「あら。今年はまた早いですわね」
「ああ、夏は待っちゃくれねーからな」
なるほど上手いことを言う、などと感心している場合ではない。
「ああ、なんたることだ! まだ、春も来ないうちに夏が来てしまうとは……!」
悩み多き国王さま、もう頭を抱えるばかり。
「冬の女王が塔から出て来ないかぎり、冬のままですけれど」
いっぽうこちらは、たいした気にする風でもなく、涼しい顔の春の女王さま。
「ちょっと待てよ、お前ら。なにが起きてんのか、わかるように説明してくれ。できるだけ手短かにな!」
気の短さに定評のある夏の女王さま、早口で二人にまくしたてた。
「なるほど、そういうことだったのか……!」
納得した夏の女王さま、ぼんやりした春の女王さま、そしてがっくりきた国王さま。
三人はいま、天高くそびえたつ季節の塔、魔法の扉の前に立っていた。
手の平にグーを打ちつけながら夏の女王さまが言った。
「こうなりゃあ、扉を壊すしかねーな」
意外な言葉に、驚く国王さま。
「しかし、それはもう、多くの者が試してみたはずじゃが……」
「普通の方法じゃ無理かもしれねー。でも、幸か不幸か、こっちにゃ季節の女王が二人もそろってんだ。二人分の魔法ぶつけりゃあ、一人分の力でふさいだ扉くらい破れるだろ!」
なるほどそれは理にかなっていると、国王さまも膝を打つ。
「ところで、春の! こんなに長いこと扉の前に居たんだ。試しに一回くらいは魔法ぶつけてみたんだろ? どうだった、手応えは?」
…………。
「ええ、そう。もちろん、やってみましたわ」
そのわりには答えるまでに妙な間があった。
「ですが、魔法の扉が頑丈で、わたくしにもどうにも」
あやしいものだが、いまここで機嫌を損ねられるとめんどうなので、国王さまはなにも言わなかった。
「やっぱりな! よーし、それじゃあ今度は二人で派手にブッぱなそうぜ!」
夏の女王さま、のばした右手を扉のほうへ向ける。
「そうですわね。あまり疲れないていどに」
春の女王さまも同じように左手をのばした。
チーン!
すると、ベルの音とともに、ついに魔法の扉が開いたのだった。
「おお! よくやったぞ、そなたら!」
感激した国王さま、ついつい声が大きくなった。
「……いや、まだ、なにもしてねーぞ」
「でも、開きましたわね」
すると、扉の向こうから、こちらに近付いてくるスカート姿の影。
「ふふふふふ。とうとう、この時がやってきたようじゃな」
それはもちろん、塔のなかにいた冬の女王さまだった。
「おい、冬の! お前、いままでどういうつもりで、なにしてやがったんだ!」
「む。夏の女王か。おぬし、どうしたのじゃ、こんなに早く」
「おめーが遅いんだよ! いつまでも春と交代しねーから、みんな困ってるじゃねーか!」
うんうんと頷いた国王さまの横で、春の女王さまがひらひら手を振っていた。
「なんと。もうそんなに時間が経っていようとは……! わらわがうかつじゃった」
「しかたありませんわ。だって冬は寒くて、なかなか起きられないものですし」
「おぬしじゃあるまいし、別に寝坊しとったわけではないわ。これを見てみよ」
冬の女王さまに案内されて、三人は塔のなかへと入った。
壁の内側に沿って、どこまでも高くのぼり続ける先が見えない螺旋階段。
塔の中央部分は吹き抜けで、もしも上から落ちたらと思っただけで、国王さまは冷や汗が出て、声も無い。
そして、その吹き抜け部分から、なにか大きなものが落ちてきた。
チーン!
さっきも聞いた、ベルの音。
「こ、こいつは!」
「まあ、なんですの?」
二人の季節の女王さまと、驚いて絶句する国王さま。
冬の女王さまの冷たい美貌が不敵に笑った。
「昇降機というのじゃ! さっき完成したばかりじゃぞ!」
それは、大きな細長い鳥籠のようなもので、前に扉が付いていた。
「これに乗れば、長い階段をいちいち昇り降りすることなく、あっという間に移動出来るという優れモノよ! ふふふふふ」
得意満面の冬の女王さまだった。
「冬の。なんだお前、あの階段使ってたのかよ」
そこへ冷や水を浴びせたのは夏の女王さま。
「そりゃそうじゃろう。他にやりようがあるのか」
「魔法で飛べばいいだろ」
「な……! いや、ほれ! でも、わらわたち、スカートじゃし!」
「誰も見てなきゃいいだろ、別に。なあ、春の?」
水を向けられた春の女王さま、話を聞いていたのかいなかったのか、ただニコニコと笑うばかり。
うつむいた冬の女王さま、むっつり黙り込むと、昇降機に乗り込んだ。
そして、国王さまが「あっ!」という間に、上へとあがっていってしまった。
「どどど、どうするのだ! 冬の女王がまた戻ってしまったではないか!」
「まったくめんどくせー女だよなー、あいつ」
「そなたが余計なこと言うからだろう!」
別に悪びれた風もない夏の女王さまと、またまた困りまくる国王さま。
ほどなくして。
チーン!
昇降機が空っぽでおりてきた。
せっかくなのでさっそく乗ってみることにした春の女王さま。
怒りまくる国王さまと、片方の耳に指を突っ込んでる夏の女王さまは、そのままほうっておいて。
あっという間にあがっていった。
しばらくして。
チーン!
今度は二人でおりてきた。
「本当に。すごく楽ですわね、これ」
「じゃろ!? じゃろ!? 便利じゃろ、わらわの作った昇降機は!!」
いろいろ話しながら、みんながぞろぞろ塔から出てくる。
「へえ、そんなに楽なのかよ? あれは」
たずねる夏の女王さまと。
「ふふふふふ。乗ってみて驚くがいい。それと、秋の女王にも伝えておいてくれ」
答える冬の女王さまと。
「なんにせよ、これで一安心だ。よかった。よかった」
ほっとする国王さまと。
「ええ。これで誰にも気兼ねなく昼寝できますわ」
しれっとついてきた春の女王さまと。
「春の女王よ! そなたまで一緒に出てきてどうするのだ!?」
…………。
「ええ、そう。もちろん、わかっていますわ」
そのわりには答えるまでに妙な間があった。
かくして、長めの冬は去り、やたら短い春が来た。
しかも夏がもうそこまで来ていて、足踏みしてるという有様。
その年の農作物は、去年とくらべれば、ちょっと不作だったけれども。
まあ、そんな年もあるだろう。
ものの値段があがったりさがったりするは世の常なのだ。