表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
芽吹き出づるは七色の花  作者: 浜能来
7/11

二章 赤の国 その一

 緑の髪の魔女は旅立った。ものぐさな彼女の旅路は、きっとひどく適当なものになるのだろう。だが、ここで一度物語は彼女から離れる。

 さぁ、時の砂時計を、ひっくり返そうではないか。


 ◇◆◇


 彼女は怒っていた。


 なぜ自分はこんなところにいるのか。自分はどこから来たのだろうか。そもそも自分は誰なのか。

 彼女は理不尽が大の嫌いであった。だから、答える者のいない疑問がこれほどに存在することに、これ以上なく怒っていた。

 きっと眉を吊り上げて眺める周囲には、ゆったりとした上下一繋ぎの服を着た人々がいる。その向こうにはレンガ造りの建築物が立ち並び、やはり彼女にとっては見覚えのない街並みであった。

 募るばかりの苛立ちを足先を上下させて誤魔化そうとすれば、足裏には砂のざらざらした感触。照り付ける日差しは容赦なく、黒一色の衣服に身を包んだ彼女を蒸し焼きにする。

 紅い長髪に覆われた首筋を、一滴の汗が伝い落ちる。それは音もなく、彼女の中の何かをぷつんと切った。


 ――半瞬の後、彼女は隣を通り過ぎようとする男に襲い掛かっていた。


 彼女は豹を思わせるしなやかさで男にとびかかる。

 突然の攻撃。男は上半身に組み付いてきた少女を引きはがそうとするが、もう遅い。


「ぎゃああ!」


 少女の親指と人差し指が、彼の目に突き立っていた。

 男がいくら爪を立てようと、ローブが邪魔して意味をなさない。男がいくらあがこうと、がっちりと組みついた少女は離れない。

 血涙を流す彼の周りには、足を止めた通行人の人だかりができている。

 しかし、彼を助けようとするものはない。

 やがて、彼の血の涙は止まる。血が流れ尽きたのでも、ましてや回復したわけでもない。

 傷口が塞がれたのだ。彼女の指先に猛る炎が、彼の眼窩を嘗め尽くしているのだ。

 彼はついに、あまりの激痛で立っていることすらおぼつかなくなる。自分とは比べもつかないほどに小柄な少女とともに倒れ、地面を転げまわるその姿は、まさに無様なものと言えよう。

 やがて炎は侵食する。鼻を焼き、口を焼き、髪を焼く。最初は肉の焼けるいい香りであったのだが、髪の焦げるにおいなどが混ざったそれは、もはや悪臭だ。

 その悪臭を最も近くで嗅ぎながらも、少女の口元は醜く釣り上げられていた。瞳はぎらぎらとして、燃えゆく顔面を映している。

 少しずつ、少しずつ、彼の動きは小さくなり、そして、止まった。

 顔は真っ黒に焼け焦げていて、もはや誰であったか判別することはできないほどだ。

 少女はすっくと立ちあがり、未だその手に燻る火を払う。おもむろに土まみれのローブを脱ぎ捨て、一糸まとわぬ姿になった彼女は、男の衣服を剥いだ。

 もはや説明するまでもなく、彼女の目的は衣服であった。ついでに内に溜まった憤りを発散したに過ぎず、男には何の恨みもない。

 むしろ、彼女は感謝してさえいた。彼との戦いの中で、彼女は自分の内にある力を知ることができた。加えて、その力への疑問には、なんと答えが返ってきたのである。

 そんな内心を感じさせることなく、彼女は淡々と戦利品を身に着けていく。長すぎた裾は、彼が腰にさしていた短刀で切り捨てた。そして同様に、うっとうしい長髪を乱雑に後ろで束ね、切り落とす。

 風に舞った頭髪は光を反射し、飛び散る鮮血を連想させた。

 短刀を男同様に腰にさし、やっと顔をあげた少女に対して、あっけにとられていた民衆が反応を見せる。


 それは、非難でもなく、罵声でもなく、歓声。


 人々は称えたのだ。女でありながら、幼くありながら、大人の男を倒した赤い瞳の少女を。

 そこには、突如現れた少女への不信感も、人を殺したことへの咎めもない。強さこそすべて、彼らの心根にある心情が、透けて見えるようだった。

 少女は無数の声に打たれながら、笑みを零す。

 ここでは、自分の怒りを発露させてもかまわないのだ。否、求められるのだ。

 そう感じた彼女に、笑う以外の選択肢などなかった。笑顔が似合うはずの幼い顔に、似合わぬ笑みを浮かべる以外の選択肢など。

 ここは、トレスタ。力なきものを淘汰する、戦争の国。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ