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芽吹き出づるは七色の花  作者: 浜能来
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一章 緑の国 その三

 森の植物を操る能力。

 自分の持つ力に対して、彼女はそれだけの理解しか持ってはいなかった。森の外ではどうなのか。どの程度までのことができるのか。そんなことを考えるほど、彼女は自分というものに興味を持ってはいないのだ。


 森の樹木をたぶらかす魔法。

 彼女の持つ力に対して、街の人々はそれほどに重く受け止めた。ヤープは法治国家であると同時に、国民の宗教への信仰も厚い。魔法を使う女とはすなわち魔女であり、忌むべき存在となる。


 しかしながら、今日もバスケットを下げて歩く彼女に野次が飛ぶことはない。視線の槍を投げつけはしても、それ以外に何をするというわけでもない。彼らは宗教に心を預けて安らぎを得ることを知ってはいても、彼ら自身の掲げた法を守る尊さも知っていた。

 ゆえに少女は自分が周囲の人々から嫌悪されるようになったとも知らず、今日も重い足取りで街を歩く。彼女の不気味な衣服に触れないよう、不自然に身をよじるものなどもいるけれど、彼女がそれに気づけるほどの注意すらも出し惜しむ存在であるのは自明であった。


「……おはよう」

「おう! 今日もご苦労様」


 彼女はいつもの八百屋で足を止め、いつもと変わらぬねぎらいを受ける。店の奥から出てきた男は、以前と変わらぬ笑顔で彼女を迎えていた。彼は生来、宗教には無頓着なのだ。

 そんな彼も、周囲の人々の彼女への心象については知っていたし、無頓着ではない。笑顔の中にきまり悪そうな表情を浮かべて、心配を口にする。


「その、なんだ、大変だったろう」

「いつもと変わらない」

「……ま、そう言うと思ったよ」

「何を言っているの?」


 急かすように上下に揺れる差し出されたバスケットを見て、彼は一つのため息をこぼす。彼もこの答えを予想していなかったわけでないが、心配が杞憂に終わるというのはなんとも拍子抜けするものだ。


「早くして?」

「わかったよ」


 とうとう言葉になった催促に従って、男はその手に硬貨を乗せる。その擦れる音は以前に比べて少なく聞こえる。


「今日は少ないのね」

「悪いな、不景気なんだよ」

「そう」


 謝罪の表情を作る彼に対し、少女は嫌に平坦だった。


「相変わらず、無欲なもんだ」


 呆れたように男は漏らす。

 実は以前、彼女はお代を貰わずに帰ろうとしたことがあったのだ。男が焦って呼び止めて、強引に渡したのだが、彼女にしてみれば分厚い肉の壁を増殖させられたにすぎない。

 彼女は内心、喜んでさえいたのだ。面倒な増殖が止まるのだから、喜ばないはずはない。ただ、表情に出ないだけなのだ。


「それじゃ」

「おう、気をつけてな」


 少女は今日も静かに街並みに消えた。彼の手に残ったのはいつものバスケット。

 このバスケット、植物を編んで作られたなかなか見ない品なのに、彼女は毎度これごと置いていく。とても手作業では組めなさそうな、不規則で複雑な絡み合い。

 その、がさがさとした手触りに、彼は背筋を伝い落ちる何かを感じた。


 ◇◆◇


 彼女が現れて、三か月が過ぎた。

 未だ彼女は自分の何たるかを知らないし、減り始めた壁の干し肉に多少の憂鬱を覚える程度であった。

 だが、周囲はそれを許さない。

 ヤープは戦争下にあった。もともと隣国に好戦的な国家があったのだが、近ごろやたらめったに戦端を広げていた。その勢いは苛烈極まりなく、退路を知らぬようであって。ヤープは押されに押されていた。

 ――その隣国が戦闘に狂いだした時期というのが、彼女が干し肉を買いに出た時期と被っていたのだ。

 故に、彼女が、あの妖しい魔女が原因だと叫ぶ者が出てくる。冷静に考えてもみれば、彼女が現れたのはその少し前。しかし、黒づくめの彼女を覚えていたものなどいない。


「出て来い、魔女!」


 男性の叫び声が聞こえる。ここ最近、彼女の家の前にこだまし続けている雑音、彼女の認識はそんなものでしかない。


「あの人を返しなさいよぉ!」


 女性の金切り声がする。これは日々増えている声だ。それでも、彼女にとっては騒音でしかない。より耳障りな分、騒音であったかもしれない。


 どちらにしろ、彼女にとっては関係のないことだ。

 どうせあの男が、夜になればこっそりと差し入れをしてくれる。その分、彼には勝手に菜園のあれこれを採っていかせているのだが、どうせ生えるのだから彼女には損がない。むしろ、移動の手間がなくなって楽だった。

 実は八百屋の店主は完全なる善意でこれをやっていて、もちろん菜園のものも採っていってはいないのだが、彼女がそれを知る由はない。


 こつんこつんと、時折音がする。壁に石が当たる音だ。子供が石を投げているものだから、その音も弱々しい。

 止める大人は誰もいないから、その音が止むこともない。

 子供に法を守らせるなんて面倒なこと、もはや誰もしないのだ


「うるさいわね」


 彼女が漏らすのは、周囲の声でも、石の当たる音でもなく、彼女を守る木々に対してだ。

 痛い痛いと、彼女に訴えかけている。

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