深夜の背徳感
と言ってもエロいことではない。エロはエロで捗るのだが、性欲よりも食欲のことだ。
カップラーメンとおにぎり。今は見かけなくなったが、酔っ払った親父が買ってきた寿司折り。老い若きにかかわらず、深夜に食べるのは体に悪いとわかっているのだが、ダメだダメだと思いながら食べるのは三割増しで旨さが増す。
一度目の衝動は歯磨きで誤魔化せるが、次に「なにか食べたいな」と考えてしまうと冷蔵庫をあさりだしてしまう。
こういう時こそ深夜徘徊だ。歩いて体を疲れさせて、さっさと寝てしまおうというわけだ。
お腹が減っているとついつい看板を目で追ってしまうが、ほとんど店がしまっているので問題はない。そのうち春なら春。夏なら夏の匂い。その季節の匂いに包まれて、食べ物のことも忘れてくる。
今の時期(6月)ならクチナシの花の匂いだろうか。梅雨の恵みで良く育ち、極暑に備えて一際強い匂いを放っているような気がする。暖色の街灯に照らされ、濃緑の葉に真っ白い花が映えている。
そんなクチナシに囲まれた公園を見ると、人っ子一人いなかった。昔は広葉樹が植えられていて公園の中が見えなかったせいか、大人のカップルのたまり場になっていた。それが何年か前の台風で木が折れ、低木に替えられたせいで、他の公園にバラけたのだろう。まぁ、この公園はまだ良い方だった。川沿いにある方の公園は昼になると、夜の間に使ったであろうゴムや、下着や、大人のオモチャが転がっている。中学の頃は友達と一緒に「宝探し」と称して、手頃な枝を片手に川沿いの草むらを探したものだ。Tフロントの下着を見たのは、この時が初めてだった。やたらと前面が伸びていたので使い古されたパンツだと思っていたが、今思うとあれは男用のTフロントだろう。直に手で触らなくて本当に良かった。
そんなことを思い出しながら歩いていると、明るさにつられて誤って道を右に曲がってしまった。こっちへ曲がると駅前へと出て、居酒屋も多いので人通りも多くなる。ただの居酒屋自体は気にならないのだが、問題は焼き鳥屋だ。
「美味い焼き鳥屋がある」なんて紹介されて行くのならば問題はない。問題なのは、ふと鼻に匂いが届いてしまった時の焼き鳥屋だ。香ばしい焦げの匂い。塩、タレ、鶏そのもの。どれも違う匂いだが、等しく空腹を刺激する。まずは鼻から刺激され、鶏の脂が溶けて炭火にたれ出して水蒸気が上がる音に耳を傾け、店の外観を見る。それが老舗風の佇まいだと、ついつい足を止めてしまう。
店の入口の横に持ち帰り専用カウンターがあった。ご丁寧に大きな看板で持ち帰り用のメニューも載せてある。財布は持ってこなかったが、ポケットを探るとレシートに包まれたいつかのお釣りが入っていた。レシートの内容を見てみると、ペットボトルのお茶を買った残りだった。手元にあるのは353円。一番安いメニューはとり串二本で270円。こういう時の嬉しい誤算はテンションが上がる。焼き鳥を二本だけ買うのは少々恥ずかしいが、テンションに任せて買うことにした。
焼きたての匂いをまき散らしながら家路につき、ロックグラスに芋焼酎を注いだところで、なんの為に外に出かけたのかを思い出した。