2.魔法国と見知らぬ街に
聞きなれない言葉に私は思わず聞き返してしまう。
「え、魔法国?何言ってるの?」
頭大丈夫か。心の底から彼の頭が心配だ。
魔法国の王様って、何だそれ。
「あ、言ってなかったっけ。オレが住んでるのは魔法国で…」
こいつの頭は手遅れだ。まさか中二病を患っているとは思わなかった。顔はそこそこいいのに。
残念なイケメンである。
「そっか、魔法の国に住んでるんだね。そっか、そっか」
「そうなんだよ。でも今、魔法国ピンチでさ。王様が死んじゃって」
「おー、ピンチピンチ」
「だろ!?で、その遺言が、夏樹を魔法国の王様にしろって」
だから、なぜ私を巻き込むのだ。勝手に彼の世界に私を登場させないで欲しい。
「正確にはこれなんだけど、」
桜庭ソウマはそう言うとポケットから紙を出し、広げて私に見せた。
そこに書かれていたのは日本語だ。きっとこれは桜庭ソウマが書いたのであろう。
「えーと」
私は一応、その文字を口にする。
「人間界に産まれるはずのない特別な魔法使いが存在する。立派な魔法使いにし、次期王にせよ。以上のことを果たさぬ場合、この国は滅ぶ。」
全文読み終わり、私は身体が熱くなるのが分かった。
恥ずかし過ぎる。中二全開じゃないか。読んだ私もバカだった。
「産まれるはずのない魔法使い。こいつは人間と魔法使いの間に産まれた子供のことを指す」
「へ、へぇ…そうなんだ」
どうしよう。この人、本当に可哀想になってきた。ごめん、君のこと哀れみの目でしか見れないです。
「夏樹、お前がこの『産まれるはずのない魔法使いだよ』」
もう限界だ。
「桜庭ソウマ!目を覚まして!魔法国なんてないんだよ!?現実みなよ!」
「いや、目覚めてるよ。本当にあるんだってば、魔法国!」
「じゃあ、私をそこへ連れて行きなさいよ!できるわけ?」
魔法国なんてないと証明してみせる。そしたらこいつも目を覚ますだろう。私を巻き込むようなこと言わなくなるはずだ。
「え、いいの?本当に連れてくよ?」
「はいはい、どうぞ」
「…分かった」
桜庭ソウマは突然、私の目に手を覆い被せた。
「!」
その瞬間、私の意識は途切れてしまった。
暗闇の中、一つだけ明かりを見つける。そこにいるのは私の顔にそっくりな少年。
『お兄ちゃん!』
声が枯れるほど呼ぶ。しかし、彼はチリとなって消えてしまった。
「…ゃん…」
ゆらり、ゆらり、心地よく身体が揺れている。ゆっくりと目を開けると、誰かの後頭部が視界に入った。茶色の髪で短髪。
どうやら、私はこの人におんぶをされているようだ。
「誰…」
「ん?起きたか、夏樹」
振り返った茶髪。その顔には見覚えがあり、私は全てを思い出した。
「ちょ、あんた!さっき私に何したのよ!」
「何って、魔法国に連れてきたんだよ」
魔法国と彼は言ったが、周りを見渡してもただの街。親子やカップルが歩いていたり、店があったり。
「いい加減にしてよ。中二病も大概にして」
「え、中二病?」
「いいから!降ろして!」
「あ、うん」
私は彼の背中から降りると標識を探す。
あまり時間は経っていないはずだから、家からそう離れてないと思うんだけど…。
ここ何街だ?とりあえず歩くか。
「夏樹」
「じゃあね。私帰るから」
「え」
「ついてこないでね」
少し冷たく言い放つと私は感覚で歩き出す。多分、家はこっちだ、とかいう本当に適当な感覚だ。
しばらく歩き、私は後ろを振り返る。桜庭ソウマの姿はすっかり見えなくなっていた。
「言い過ぎたかな」
今になってもうしわけなくなってきた。反省しよう。
心の中で謝り、私は前を向く。そこで、思わず足を止めた。いや、正確には止めるしかなかったのだ。
「え…」
目の前に立ちはだかる動物に私は目を疑う。おかしい。絶対にありえない。これは夢なんじゃないか?
「あ、あ…」
だって、ライオンが街にいるなんて。
「お前、いい匂いがする。美味そうだ」
「え、…」
そう言ったのは人間ではない。確かに目の前にいるライオンだった。でも、ライオンが喋るなんてありえない。
やはり、これは夢なのだろうか。
「人間の匂いだ」
ライオンは私に顔を近づけ匂いを嗅いでくる。怖い。でも動いたら殺される。
そして、ライオンは口を大きく開け、牙を見せた。
「っ…」
私の人生終わった。噛み殺される。いや、でもこれはきっと夢だ。大丈夫だ。そう信じよう。
覚悟を決め、目をつむった、その時_
「静まれ」
重みがある低い声が頭上で聞こえた。
桜庭ソウマと比べると少し怖みがかった声だ。
「おい女、大丈夫か?」
「え?」
私は恐る恐る目を開ける。
そこには石のように動かなくなったライオンと黒髪の目つきが悪い男が立っていた。