1.私を変える言葉
とある県に設立する桜花中学校。
私・増田夏樹はそこに在籍する中学3年生。
…とは言っても、明日で卒業である。
「はぁ…」
帰り道、隣を歩く私の幼馴染、石川信は小さくため息をついた。
「どうしたの、信」
「いや、明日で卒業だなーと」
「あー、なるほどね。やっぱり寂しい?」
「まぁな」
信は照れ臭そうに笑うと「でも…」と続ける。
「夏樹と高校一緒になるし、そんな寂しくないかも」
「まだ受験もしてないんだけど」
「いやいや、俺らなら絶対受かるから」
何故そんなに自信があるのか、私は疑問に思ったが適当に笑っておいた。
だが、不思議なことに、信が言うと本当に受かると思ってしまう。
「あ、そいやさ!高校行ったら、また勝負してくれよな?」
「剣道?」
「もちろん!」
信はニッと笑った。
私達は引退するまで剣道部に所属していた。元主将、副主将だ。
ちなみに主将は私である。
「夏樹、本当強いもん。俺、一回も勝ててない気がする。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。さすが、県ベスト3」
確かに私は剣道、県ベスト3という実力を持っている。しかし万年3位という成績。
さすがに悲しくなってきていた。
「それ言わないでよ」
「何でだよ。自慢していいことだと思うけどな」
「…そうかな?」
「そうだよ!自信持ちな」
と、そんなことを話しているうちに、いつの間にか私達は家の前に着いていた。
「じゃ、また明日!勝負、約束だからな!」
「分かった、約束ね」
勝負の約束を交わした私達はそれぞれ家の戸を開け、中に入る。
「ただいま」
「…おかえり」
リビングから顔を出したのは一つ下の弟・真緒。
真緒はそれだけ言うとリビングの中へと姿を消した。
「またゲームかな」
私はポツリと呟き、靴を脱ぐと自分の部屋がある二階へと向かう。
「…ん?」
部屋のドアノブに手を掛けたところで、何か違和感を感じた。
中から声が聞こえるのだ。
「うめぇ!」
男の声が聞こえる。
「……」
弟の友達でも来ているのか?
いや、でも真緒が友達を家に呼ぶことは滅多にない。
だったら誰が部屋にいる?
もしかして…。
「っ」
私は覚悟を決め、思い切りドアを開けた。
「誰だー!」
そして、部屋の中にいたのは
「うぉっ、びっくりした」
クッキーを片手に持った見知らぬ青年だった。私のベッドに座り、クッキーの箱を開けている。
「ああ!それ私が真緒に見つからないように隠してたクッキー!!」
「悪い。美味そうな匂いがしたから食べちゃった」
食べちゃった…って!楽しみにとっておいたのに!!
というか、
「お、お前だれだ!?」
「え、オレ?」
不審者!?泥棒!?
とにかく、今ヤバい状況なんじゃないか、私。
「オレは桜庭ソウマ。よろしくな」
「いや、何でのんきに自己紹介してんだよ」
「だって、だれって聞いてきたじゃん」
「そうだけどさ」
何だ、このマイペースな奴。
悪い人には見えないが、不法侵入者には間違いない。
「しょうがない…。警察には連絡しないから、今すぐ出て行って」
「え!それは無理!」
「なぜ!?」
せっかく警察に言わないって言っているのに、何を考えているんだ?この男は。
「オレ、君にお願いがあって来たんだよ」
「はぁ?私にお願い?私達、初対面だよね?」
「うん、そうなんだよね。ということで君の名前教えて」
もう言葉も出やしない。呆れを通り越して、笑ってしまいそうだ。
「はぁ…私は増田夏樹だよ」
「そっか、夏樹か!これから、よろしくな!」
桜庭ソウマはクッキーを自分の口に雑に入れ、私の手を握った。
「う、うん、よろしく?」
「つーことで、オレのお願い聞いてくれるか?」
「いやいや、どうしてそうなった」
危ない、危ない。この男のペースにハマるところだった。
「なぁ、お願いだよー!」
「なんで、私が」
「夏樹しかいないんだよー!」
「だから私達、初対面だよね」
新手の詐欺か?
よく考えてみれば、私の不信感を消すために『人懐こい』を演じているのかもしれない。
「やっぱり警察に…」
「夏樹、お願いだけでも聞いてよ!本当、お願い!!」
桜庭ソウマは涙目で私の腕にすがる。彼からは必死さがすごく伝わってきた。
「ったく、分かったよ。お願いの内容だけ聞く」
「本当!?」
「うん、仕方ないからね」
夏樹はお人好し過ぎる。
これは信に言われた言葉だ。今になって私は自分自身、自覚した。
「で、お願いは?」
「夏樹は魔法国の王に選ばれた。だから、魔法国の王様になって欲しい。」
「……………………………………は?」
淡々と告げる彼の言葉。
この言葉が私にとってどれだけ重要なものなのか、この時の私には全く分かっていなかった_