第四話 蓬粥(一)
れんはひとり、朝の食事をしていた。
小屋の中はまだ暗く、かわらけに乗せたわらくずの、小さな炎をちらちら揺れている。れんはその光を時折確かめながら、食む音をかすかにもさせまいというように、ひっそりと食べていた。
春時が去り、二日が過ぎた。
れんの顔には疲れがみえる。夜もろくに眠っていない。
一日めの昼は食事こそ吉隠のきよく親子に馳走になり、火をもらって帰ったが、そのあとはすぐ元の小屋に帰ってきて、じっと帰りを待っていた。
(ここにいなくては、春時どのがおさがしになる)
れんは同じことばかり考えていた。
たまに違うことを考えたら火をじいっと見つめて、
(火も絶やしたら、わたくしではおこせないんだわ)
と思い悩むばかりだった。
きよくは親切だった。
泊まってゆくよう勧められた。
人を待っているので断ると、吉隠の里は夜は冷える、と新しい筵を持たせてくれた。一番立派な薪に火をともしてくれた。
れんは返すものも持たない。だから読経をあげた。すると、きよくの老母は涙を流して喜んだ。老母は仏心厚い人だったが、経典は知らなかった。「ありがたや」と、れんに向かって手を合わせ何度も拝みさえした。
よくよく話を聞くと、きよくの老母は若いころ、美濃国の住人であったという。若かりし日に将来を誓った恋人は、仕丁として労役を果たすため都に赴いたのだが、そのまま戻って来なかった。悲嘆に暮れ、美濃の十二面の尊顔を持つ観音菩薩に願いをかけて、恋い慕う人を追うこと六年。彼女は吉隠の里にたどり着き、思慕つのる恋人と再会を果たしたのだった。事情は問わずとも知れた――彼は帰らなかったのではない、帰れなかったのだ。寄る辺なくその日の糊口をぬらすこともままならず、吉隠の里の奥でひっそりと生き延びるのが精一杯の暮らしをしていたからだった。それは再会より幾十年、ともに暮らして自然に身にしみて分かった。
二人はものはなくとも幸せだった。幸福の中で十年を過ごし、やがて背の君に先立たれた。それでも老母は嘆かなかった。きよくという娘があったからだ。
なにも思い残すことはない。そう思っていた。
――でも欲を申しますなら。
老母は深い皺をよせ、れんにうちあけた。
――死ぬ前に、あの観音さまに、お礼を。
干飯の粥を食べ終わると、れんは力をこめてつぶやいた。
「わたくしがおばばさまの代わりに、参ります」
外で、なにか物音がしている。
れんは箸を置いて立った。妻戸を注意して開けそっと顔を外へのぞく。
曇り空の早朝だからか、あたりはうす暗く、風がかなり強かった。刺すような冷気に衿をかき合わせて、れんはちらと裏手をのぞいた。