第三話 散華(六)
そう、春時はおのれの利得にしか興味は持たないはずだった。
にもかかわらず……。
かつて寝物語にのせて聞かされた話。
それらを思い起こしつ、春時は河原にひざまずいていた。
見おろしているのは河原の盛り土。盛り土の下には、今しがた首と銭とを埋めたところだ。首の主は名も知らぬ若い女罪人。銭はあの世へわたるための手間賃と、地守神への礼金。
この女は右大臣の姫の身代りを果たしたのだ、せめて地中より向こうでは「姫」であればと、春時は堅虫より得た銭の大半を、首にそえた。おそらくはこの若い女が一生かかっても持ち得なかった額だろう。意味のないことかもしれない。自己満足かもしれない。
(この女がどんな罪でこのような結果に至ったのだろうか)
春時は無言のまま、漠然と思いをはせる。
つまらない盗み、殺し、あるいは冤罪。
女の首塚はいずれ訪れる明日の姿だ。いや、こうして葬られることさえなく路傍に果て、犬に食われて醜い姿をさらすのかもしれない。そんな末路を春時は恐れてはいないし、覚悟はできている。だが空しいゆく末だとは思う。
(れんなら経典でも読んだかもしれない)
中将の姫は毎朝長谷寺にむかい、経典をひらき唱えていたという。ならば、今生からの旅立ちにふさわしい教えをこの首に説けたかもしれない。
春時は送るべき経典の一節さえも思い浮かばない。
経典に書かれた仏陀の教えを知れば、往く魂は今生に迷いを捨て、仏のおわす苦しみのない楽土へと旅立てる、という。かつて都のある寺で若い僧から聞かされた。あれは自分の存在に苦しみ、行く末を迷っていたころだった。ゆえにその話は春時の心をつよくとらえ続けている。かつての立場を捨て去った今でさえも。
(もし真実なら、その教え……)
春時は首をかるく横にふった。
早くことをすませて戻ろう。堅虫の元へゆき、後は褒美の品を今後の隠遁生活に都合のよいよう、さばかねばならないのだ。
そうだな、都ですべてをさばくのは危ない。道々で開いている市などを回った方がいいだろう。行く先を探られぬ程度に。そうしていると時間がかなり要る。愚図愚図している場合ではないぞ。
春時は立ち上がると今一度、盛り土を見た。
布にくるまれたこの首を見、こう口にした女を思い出した。
「おぞましや、か」
そのことばを口にしてにわかにわき上がる、吐き気がこみ上げるような激しい不快感、胸につく嫌悪の念。
この悪感情を早々に消し去るべく、春時はかすれた笑いをもらした。
「おぞましいのは一体、誰だ」