第三話 散華(四)
通された部屋はどこも外に面していない板間だった。
中には葛籠や唐櫃がいくつも置いてあり、その間を人が通り抜けるようで狭くるしい。日がささずほの暗く、人が通ったとしてもさっと身を隠せるその空間は、真昼の密会に適しているといえそうだ。
この館に春時は数度出入りした。
だがこのように中にまで入り込んだことはない。
「小侍従どの、通してよいのか。お宝狙って押しこむぞ」
「ふだんは大したものは置いていないわ」
小侍従はそう答えて流し目をくれた。
「おれの名を知っていたな」
「御前様が? ええ、そうね」
「なぜだ。名乗った覚えはない」
お前がもらしたのか、と春時は小侍従を問いつめた。
名を知っていたことはまだいい。だが、小侍従が言った「凡下の目にあらず」は、春時にとっては捨て置ける話ではない。自らの身の上を調べられたのでは……。
「意外。私とのこと、名を売り込むためでは」
「右大臣家がいかなるものか聞かせ給うただけだが」
小侍従がふうん、とどうでもよさそうに納得した。
「お尋ねになったので答えたわ」
「御前が聞いた、と」
「後腐れがなければ良いのよ。その点、のちのちこの件を持ち出して厄介ごとになりかねない、卑しげな人相の自称王よりは、その後ろで黙って低頭しながら剣呑に目を光らせていた、そなたの方が良いと」
どうも春時の懸念は杞憂らしい。
「それは目つきが悪いと暗に言ってるのか」
「黙ってると確かに怖いわね。口を開くと可笑しいけど……まあそれで御前様は、顔は覚えておられたので名をご下問あそばされ……ああそうそう、そこの銅銭もまとめて持っていって」
「姫の玉簪はどこに」
「その箱よ。物の怪に変じぬよう、丁重に埋めてしまってちょうだい」
「その分の代をもらえればね」
「わかってるわよ」
白いあしぎぬに巻かれた箱の中を春時は確認する。淡くなまめかしい白色の色合いと冷たい肌触り。玉を磨いてつくられた簪は、中将の姫十歳のころ、天皇より下賜されたという。春時は丁寧に包みなおし、ふところの奥にしまった。
「ところで春時。御前様への話、本当なの? あの女になってさえいない、あてない中将姫なんかに」
「年増に飽きた」
まあひどい、と小侍従は派手にそっぽを向いた。
「この埋めあわせ、今宵してくれるのでしょうね」
「褒美を独り占めしてこの身が危ないんでね、すぐに京を離れる」
「まあ、まことひどい人!」
褒美の品をまとめ終えた春時は、早々に庫裏を出た。肩越しに小侍従を見て素っ気なく答える。
「先知れぬ賊の一夜や二夜の密か事など、とっとと忘れてしまうがいい」
「去りぬる秋ゆえに飽き果てられた、というところかしら」
小侍従は、強気に笑ってみせた。