第三話 散華(三)
横佩大臣豊成公の室、照日御前。
美しい女性である。整然とした目鼻立ちはどこか作りものめいており、冷たく輝く、冬の夜の星のような印象を与える。
照日御前はその美貌を牡丹図の扇で顔を隠し、目を細めていた。
春時は庭先に平伏している。外にいてもなお香料の香りがつよく匂った。
というのも、照日御前は床几でも御簾でもその身をへだてず、賎しき輩である春時に、じかにその姿を見せているからだ。家にある女がなにも間に置かず男と対面するなど、異例のことである。
「遺棄せよとのことでしたが、かような仕儀とあいなりました」
春時は麻の包みを板にのせてさし出した。
尊貴の方の首実検、本来ならば美酒をひたした唐櫃に納め、御首をなぐさめるもの。だが、そんな敬意はまったく払わぬぞんざいきわまる扱いを春時はしてみせたのだ。
照日御前は眉ひとつ動かさずにいた。一方、御前の横に侍る小侍従なる女房はあからさまに身をひいてのけぞった。さらには金切り声でさわぎたてた。
「おぞましや、御前様にさようなものをお見せできようか」
「では証拠の品は、髪と、上掛のあしぎぬくらい」
「それでよろしい」
音は低いが、どこかなまめかしい。
その声の主こそ照日御前であった。
御前は桧扇をもつ手をゆらりと上げて、小侍従に指図する。
小侍従は立ち上がって歩み出、春時を頭上から見おろした。
春時は緩慢に頭を上げて半開きの目で小侍従を見、首を後ろにやって代りに髪と錦の片をのせささげた。受け取る小侍従は春時の手にわざと触れて、彼の顔をじっと眺めた。
「中将内侍はいかがであった」
御前の問いに、春時は淡々と答える。
「お幸せな最期」
幸せじゃと――照日御前は不愉快とばかり、さらに目を細めた。
「一晩明くるまで、楽しみました」
照日御前の眼が輝いた。冷ややかな表情に垣間見える微笑は、まるでねずみを捕らえた雌猫のようで、ひどく残酷な印象だったが、それはまた凄惨なまでに美しく見えた。
その微笑をして彼女は雄弁にその胸中を語る。
観音菩薩の慈悲により生を受けたという清らかな少女、それを盗賊まがいの男にさらわせ、凌辱させた上で命を奪った。そこまでしたことを明かしてようやく、照日御前は満足をしめした。捨てよとは命じ、家から追い出し「中将の姫」を消した。しかしそれだけではあきたらず、が、心底には殺意があり、しかも女として姫を徹底的におとしめて存在を消し去りたかったのだ。
あらためてこの女の底深い怨念を見せつけられた思いがし、春時はわずかに眉を歪める。だがその顔はのぞかれまいと、ゆっくりと低頭した。
「ときに、八条悪王はいかがした」
「死にました」
照日御前はいかにも満足そうに微笑した。
「春時とやら、苦労であった」
厚く褒美をとらせよと命じる声に次いで、すそをはらうきぬ擦れが春時の耳に届く。御前は室の奥へと下がったのだろう。
首のことには触れずに。
春時の顔にもじわりと笑いがこみあげてくる。
それを認めた小侍従が不審顔で言った。
「なにがおかしいのです」
しまったと舌打ちしたいところを、
(ここは言いくるめるが無難)
と、あえて春時は冷笑を添えた。
「八条王を出し抜いたことを驚かないのには」
「御前様は見抜いておいでよ。凡下の目にあらず、盗人の頭ごときの下風に立つ者ではないと」
春時が顔を上げ小侍従に険しい目を向けると、
「おお、怖い顔だこと」
と言いつつも、小侍従は軽やかに笑み、媚びを見せた。
「それより褒美をいただきたい」
「お立ちなさい。案内しましょう」