第1話 親友
『俺達の故郷が大変なことになっている、今すぐ来て欲しい』
かつての友人からの5年ぶりのメール。 地元に住んでいた母が亡くなって以降、地元を訪れる機会が無くなったことにより疎遠となっていた彼の連絡を受け、俺は5年ぶりに故郷に足を踏み入れることになる。
「相変わらずシケた町並みだな」
俺の故郷は農業以外大した産業が無く、近年は急速な過疎化によって人口を大きく減らしており、今や隣の市との合併話が進んでいるという有様だ。 バスから降りた俺の目の前には夏休みであるにも関わらず子供の姿はなく、多くのお年寄りの姿が見受けられることから以前来た頃よりも更に過疎化が進んでいることがうかがえる。 この日は日差しが強いこともあってか皆サングラスをかけており、一部の人は日陰で腰掛けて仲間達と談笑にふけっている。
こうまでして過疎化が進んでしまった理由は7年前、市の経済基盤を支えていた大手家電メーカーの製造工場撤退に始まる。 半世紀近く市の経済基盤を支えてきたこの工場の撤退の影響で就職難に喘ぐ若者達は余所に移住していき、税収の減少によって市の財政状況は急速に逼迫し各種教育や医療サービス等が悪化し、住みにくい市になってしまったことにより工場とは関係の無い業界で働いていた人々まで土地を売り払って都会に引っ越すようになってしまった。
あと10年もすれば住民の半数は65歳以上の高齢者になってしまうという試算まで出ている始末だ。
「このバスも今や一日4本だもんな」
不況による民間企業の撤退の影響で市に運営が委託されたこのバスも距離の割には割高の料金であり、唯一の公共交通機関でありながら乗客は俺を含めて10人しかいないことから廃線も時間の問題だろう。
地価が安いのと県道が通っていることもあって多くの市民はお年寄りであっても自家用車で移動することが多いのも一因かもしれない。
「まさか母校で待ち合わせとはな」
うだるような暑さの中、俺は汗を拭きながら母校を目指して坂道を歩く。 急な呼び出しであったため、今回俺は宿の予約すらとっていないのでこのまま友人と会うことができなければ最悪、野宿する羽目になってしまう。 田舎に泊まろう!! なんて賑やかなテレビ番組があった気もするが、実際のところここの人達は見知らぬ余所者を受け入れたがらない風習があり、幼い頃はそれで苦労した思い出がある。
今回会うことになるその友人はこの地域においてかつて部落と呼ばれた地域の出身であり、周りから同じような境遇を受けていたこともあって出会ってすぐに仲良くなり、小、中、高と同じ学校に通っていた親友でもある。
お互い疎遠になったものの、俺の中では今でも親友であることに変わりは無く、今回の連絡で俺を呼びつけることになったのもそれを信じてのことであろう。
「確か結婚して娘もいるんだっけな」
約束の時間が近づき、俺は遊具の上に腰を下ろして友との記憶を思い出してみる。
最後に会ったのは母の葬式の時で、悲しみに暮れる俺を見かねて彼は何かと世話を焼いてくれた。 彼の結婚式に行こうとも思ったが、生憎と仕事の都合で海外に行くことになり、欠席の連絡を入れて以降はすっかり疎遠になってしまった。 今の俺はメールの内容よりも彼に会いたい一心で胸を弾ませている。
しかし、約束の時間を過ぎても彼は現れなかった。
「おかしいなあ、昔から時間にルーズな奴じゃ無かったはずなのに」
既に約束の時刻から一時間あまりが経過しており、これ以上待つことが辛くなってきた。 一体どうしてしまったんだろう。 俺は不意に遊具にもたれ掛かり、目を閉じていると突然背後から腕を捕まれてしまう。
「何だ!?」
俺は条件反射からか咄嗟に体を捻らせ、相手の頭を掴んでそのまま押し倒す。
「いてててて、ま、待ってくれ、俺だ」
「......鶴見か?」
俺の腕を掴んだ相手がかつての親友で会ったことに気づき、俺は彼の体を押さえつけるのを止める。
「理由は後だ、今すぐついてきてくれ」
鶴見の案内で俺は体育館の裏に連れて行かれる。
「何だってこんな真似を?」
久しぶりに会った親友は以前会ったときと比べてやつれきっており、目の下には大きなクマが出来ていることから只ならぬことを体験したことが窺える。
「こんな真似をしてすまない、この辺りは完全に奴らの支配下だからな」
「奴ら?」
「亡者共だ」
鶴見はそう言うと身を震わせながらも自らの体験談を口にし始める。
きっかけは先週のお盆シーズンに嫁と娘を連れて実家に泊まり掛けで訪ねに行ったことに始まる。
出迎えた両親は去年と違って二人ともサングラスをかけていたことに疑問を持ったものの、変わらぬ態度を取ってきたために大した疑問も持たず、一家団欒を楽しんでいたという。
しかし、次の日になって嫁がこの町はおかしいと騒ぎはじめ、彼女の身を案じて困惑する両親を余所に予定を早めて家に帰ろうとしたところ夕方頃に彼女の姿が見えなくなった。
鶴見は翌日になっても家に戻らない彼女を心配して警察に連絡したものの、家にやってきた地元の警察官は彼の言うことに耳を貸さず、逆に容疑者として身柄を拘束しようとしてきたのである。
「俺は奴らが両親と同じサングラスをしていることに疑問を持って逃げ出したんだ」
着の身着のままで逃げたためか彼の服装は薄汚れており、あちこちすり切れていることから必死で逃げ回っていたことが窺える。
「煙草あるか?」
「ああ」
俺は愛用の煙草を奴に渡し、火をつけてやる。 久しぶりに吸ったためか、鶴見は徐々に表情を落ち着かせはじめ、自身の更なる体験を話し始める。
「山の中を逃げ回っていたんだけど奴ら、大勢いやがって俺は無我夢中で逃げていたら目の前に寺があってな、中に隠れることにしたんだ」
「寺?」
「昔よく一緒に遊んだ場所だよ」
「ああ、あの廃寺ね」
俺はかつて一緒によく遊んでいた廃寺のことを思い浮かべる。
「丸一日逃げ回っていた疲れもあって俺は境内の下で休んでいたらとんでもないものを見てしまったんだ」
鶴見はその日の夜に自身が見た光景を話し始める。
逃走の疲れからかいつの間にか眠ってしまうも、しばらくして大きな悲鳴の声を聞いて目覚めてしまう。
驚いた彼が声のする方を覗いてみると自分と同じように、お盆を機会に地元に戻ってきたであろう若い男が寺の境内で複数の男達に取り押さえられている光景があった。
男達は彼の体を引き起こした後、何を思ったのか彼の口の中に「何か」を入れ、その瞬間彼は地面の上をのたうち回った後こと切れてしまったという。
「しばらくするとそいつ、まるで何事もなかったかのように起きあがってそのまま立ち去ってしまったんだ」
恐ろしい体験を話した影響からか煙草を持つ手は震えており、そのことから彼の言葉に嘘は見受けられない。
「何で俺を呼んだ?」
「お前しか信じてくれなかったんだ」
俺の他にも何人か手当たり次第連絡したものの、先に奴らの仲間となっていた両親の手によって手が付けられたらしく、誰もが鶴見のことを病人のように見てしまって相手にしなかったらしい。
俺に関しては遠く離れた神奈川に住んでいたのと5年近く疎遠であったため、マークされなかったということだ。
「奴らを見分ける方法はただ一つ、奴らの目を見るんだ。 普段はサングラスで隠してこそいるけど奴らの目は血のように真っ赤だから安易に見分けがつく」
「このまま逃げるか?」
俺の言葉に対し、鶴見は短くなった煙草を投げ捨てて口を開く。
「家族を助けるのを手伝ってくれ」
「無事なのか?」
「ああ、何故か奴らの中に若い女や子供の姿がいないからまだ手を付けていないみたいだ」
「人質ってことか?」
「いや、男達や年寄りは兵隊として使う反面、彼女達にはどうも別の目的があるようだ」
鶴見は俺と連絡を取った後も町中に潜みつつ人々の様子を観察していたらしい。
彼の調査によると彼女達はどこかに監禁されているらしく、町には男や年寄りの姿しか無いとのことだ。
「彼女達がどこに監禁されているのか分かるか?」
「恐らく市民会館かもしれない。 つい最近、町おこしの名目で作られたらしいけど災害時の避難所として設計されたこともあって大人数を収容可能みたいだ」
「......じゃあそこに行ってみるか」
俺はひとまず彼の言うことを信じることにし、学校の裏口から出て彼の隠れ家に向かうことにする。
「気をつけろ、ここらは完全に奴らのテリトリーだからな」
夕方になり、人通りの無くなった歩道を警戒しつつも彼の案内に従って通り抜ける。
「役所や消防、警察も完全に奴らの支配下だ」
「やれやれ、とんだ場所に呼び出されちまったな」
「俺もまさかお前がここに来てくれるとは思わなかったぞ」
「友達だろ? 困っているときに見捨てられるわけ無いよ」
「ありがたい、恩に着るぜ」
人通りを避けつつも俺達は懐かしい思い出話を口にし始める。
「富岡は知ってるか?」
「ああ」
「こないだ結婚したぞ」
「マジか!? ようやく腰を落ち着けたな」
「だけどあいつも実家に戻ってきた筈なんだけど連絡が付かない」
「まさか......」
「奴らの餌食になってるみたいだ」
懐かしい同級生達の話題を口にしたところで余り喜ばしい話題は見つかりそうにない。
鶴見の言葉を全て信じるつもりはないが、彼の言葉から察するに恐らく皆やられてしまったのかもしれない。
「よし、ここだ、富岡の奴の死んだ祖父母が使っていた家らしいけど今は空き家だ。 農作業のために電気やガス、水道は通っているから隠れ家としては申し分ないぜ」
日が完全に沈み、闇夜の中で鶴見が案内した先には付近を小さな畑に囲まれ、ポツンと建たずむ一件の古民家があった。
「むやみに明かりを点けるな、奴らに感づかれるからな」
「ああ、野宿はさすがにゴメンだからな」
鶴見がそう言いながら民家の敷地に入った瞬間、俺達はまばゆい光りに襲われてしまい目を瞑って立ち止まってしまう。
(しまった!?)
俺は職業柄身につけてしまった習慣からか、反射的に畑の中に体を飛び込ませてしまう。 耕作されていない畑であったが、土質が柔らかかったためにズブリと俺の体は埋もれてしまう。
人間を含む多くの動物は闇夜の中で瞬間的に強烈な光りを浴びてしまうと動けなくなる性質があり、夜中によく狸などが車のヘッドライトを浴びた影響で動けなくなったあげくに牽かれてしまう理由もこれに当たり、法律では禁止されているがハンターの中には夜間に懐中電灯の光を浴びせて獲物の動きを封じて射殺する輩もいる。 この場合、間違いなく俺達は「獲物」として狙われたに違いない。
「つ、鶴見は......」
俺はとっさに親友の姿を探そうとするも次の瞬間、鈍い音と共に軽トラに牽かれてしまう彼の姿が目に入ってしまう。
「つ、鶴見!!」
親友を助けられなかった後悔からか俺は車に牽かれて虫の息となっていた彼の元に駆け寄る。
「しっかりしろ、すぐに助けを呼んでやる!!」
「に、逃げろ......」
体のあちこちを骨折し、全身を血にまみれた鶴見は最後の力を振り絞って俺の首筋を掴んで呟く。
「か、家族を...頼む......」
「鶴見!!」
俺の問いかけに彼はそれ以上答えずにそのまま倒れ込んでしまう。
「ち、畜生!!」
俺は怒りの矛先を彼を牽いた軽トラに向ける。 鶴見を殺したそれは停車したかと思うとそのままドアが開き、中から猟銃を持った一人の男が現れる。 近づいてくる彼の顔を見た瞬間、俺は全身の血が一気に引いてくる感覚に襲われてしまう。
「富岡なのか......」
それは紛れもなく、かつて鶴見と一緒によくツルんでいた友人の姿であった。
「上人様に逆らうからこんな目に遭うんだよ......」
赤い瞳をした奴はそう言うと俺に銃口を向ける。 姿形や話し方は間違いなく本人であったが、奴は俺を見ても全く動じることなく更に口を開く。
「こいつは俺達の仲間になろうとしなかった裏切り者だ。 そんな奴に生きる資格などない」
「待ってくれ、何があったって言うんだ!!」
俺の言葉に対し、奴は冷たい言葉を言い放つ。
「余所者であるお前に用はない、死ね!!」
混乱する俺を前にして富岡は引き金に指を入れる。 友の死と豹変ぶりのショックからか奴の行動に俺は反応することが出来ず、そのまま撃たれようとしていた。
しかし、それは思わぬ乱入者の登場で妨げられてしまう。
ゴン!!
「ぐお!?」
背後から駆けつけた女性の金属バットによって富岡の頭は思いっきり叩きつけられ、そのまま地面に倒れ込んでしまう。
「死ね、死ね、死ね!!」
女性は狂声を口にしながらも奴の頭を何度も叩きつけ、返り血を浴びている。 そのあまりにも恐ろしい光景に俺は言葉を出すことが出来ず、腰を抜かしてしまう。
「はあ、はあ、はあ......」
血塗られた金属バットを片手に黙って佇むその女性。 状況から察するに彼女に命を助けられたってことで良いのだろうか?
「動ける?」
彼女の言葉に俺は何とか頷く。
「死にたくなければついてきて」
「あ、ああ」
俺は何とか立ち上がり、ふらつきながらも富岡の傍に近寄る。
「何やってるの?」
「ちょっと待ってくれ」
彼女にせかされつつも俺は富岡の着ていた狩猟用ベストをはぎ取り、腰に差していたナタを抜き出す。
「こいつを持っててくれ」
「ちょっと!!」
彼女に血に塗れたベストを持たせ、俺は手にしたナタで富岡の手首を関節部分を狙って切断し、猟銃を奪い取る。
「武器が無ければ厳しいだろ」
「あなた、何者なの?」
「こいつらの親友さ」
そう言いつつもかつて親友だった奴の体を切り刻むのは正直言ってつらい。 しかし、鶴見のためにもここで立ち止まっちゃだめだ。 そんなことして死んじまったらあいつに会わす顔がないしな。
「よし、案内してくれ」
「...分かった」
先程俺にスプラッタな光景を見せてくれた彼女の案内に従い、俺はこの市のレジスタンスと呼べる存在の元に案内されることになる。