交錯
(もう少し弾いてくか…)
太一が去ってから、十数分そのまま座っていた響が立ち上がり、キーボードの前に行く。
♪〜〜〜♪〜〜…
再び、スタジオにキーボードの音が鳴り響く。
「今なら2-bスタジオが空いてるよ」
奏は受付の金髪の老人から、鍵を受け取り、通い慣れたスタジオの廊下を歩く。
〜♪〜〜〜♪〜
その途中で音が聞こえ、奏は歩みを止める。
奏が周りを見回すと、僅かに隙間が空いた扉を見つける。
その音に惹かれるまま、奏はその扉に向かった。
〜♪〜♪〜〜
ふと、キーボードを弾きながら、響は視線を感じ、扉の方に目線を向ける。
そこには、響と同じくらいの年のポニーテールの女子が立っていた。
その女子は響の視線に気づき、慌てたような表情を作る。
「あんたは…?」
響はキーボードを弾く手を止め、ポニーテールの女子…奏に訊ねる。
「あっ…す……すみません!ちょっと、扉が開いてて、惹かれる音だったので、つい……」
あたふたしながら、奏が事情を説明する。
「あぁ…太一が出たときに閉まってなかったか……すまない!迷惑だったな…」
響は自分に非がある事に気づき、頭を下げる。
「そ…そんな!わたしも何も言わないで、聞き入ってしまったので、わたしこそごめんなさい!」
奏もそう言って、頭を下げる。
二人とも頭を下げて、十秒程経過したとき、
「響さん〜!そろそろ時間だよ〜!」
受付にいた金髪の老人から、スタジオに放送が入った。
「おっと…じゃあ、俺は時間だから行くよ!…えっと……」
「奏…奏者のそうで奏…」
響が困った顔をしたのを見て、奏が名乗る。
「奏…さんか……俺は響…音響のきょうで響!」
奏に同じように返し、響は帰り支度を始める。
「ひ…響さんはよく、このスタジオに来るんですか?」
(あ…わたし、何聞いてるんだろ……今会ったばかりの人に…)
言ってから、奏は内心で自問する。
「あぁ……結構よく来るよ…奏さんは?」
(って、なんで聞き返したんだ!?)
響も自らつっこみを入れる。
「わたしも…よく来ます……けど、響さんと会ったのは、初めてですね」
「そうだな…時間が違うのかもな……なぁ、俺の音…どう」
「響さんー!後がつかえてるから、早めによろしくねー!」
響の言葉を切るように、再び、スタジオに放送が入った。
「…っと!じゃあ、行くわ!また!」
響は荷物を抱え、スタジオから飛び出した。
「はい。また…」
奏も出ていく響の背に小さく手を振った。
((なんで、「また」って言ったんだろ?))
二人が別れた後に、二人とも同じことを思ったのだった。