第三話
雲一つない青空に、太陽が燦々と輝いて緑の大地に、光りを降り注いでいる。花が緩やかなそよ風に吹かれ優しげに揺れ、生き物達は自然のままに生活していた。
そんな中、その素晴らしい世界観をぶち壊すように、俺は叫びながら崖から風を切って落下していた。
「ぎゃぁぅうあああああ!」
汚ならしい悲鳴を上げ、風を切る俺はだんだんと近づく緑の大地に生きる動物達が、明らかに地球にはいないであろう姿をしていてもそんな事に構ってられなかった。
ただただ、近づいてくる硬い地面に叩き潰した自分の姿を想像して、死への恐怖に耐えきれず目を強く瞑った。
「ーーーーっ!!!」
体が何かに包まれた瞬間、一気に落下から上昇に変わった。俺は、Vの字を描くように空中を泳いだ。
『まだ、翼は未完成だと言うておろう。』
俺を傷付けないようにか、緩く抱いた爪に見覚えがあった。頭に響く声に安堵のため息を吐いた。
耳を澄ませば、風を切る音以外にバサリ、バサリと鳥が翼を羽ばたかせる音にしては大きな音が聞こえる。
強く瞑った目を開けば、俺は緑の大地から生える逞しく育った木々の少し上を飛んでいた。
俺の足に当たりそうで当たらない木の葉に、ビビって足を引っ込めた。木々から、時々驚いた顔をした鳥擬きや小動物が飛び出して逃げていった。
木々が途切れ、澄んだ川が見えてきた。底は深そうだが水が澄んでいる為魚や、何か爬虫類みたいなものが泳いでいたのがしっかり見えた。
川を横断するように飛んだ銀色の龍は、崖に向かっていった。ぶつからない程度に間を空け、崖の壁と並走しながら元いた場所まで帰った。
フワリと優しく地に降り立てば、俺は爪から放された。同じ体位を強いられていた体を伸ばせば、ポキポキと音が鳴った。
銀色の龍は、俺のそんな動きを見ながらまた頭に話しかけてきた。
『好奇心の強きこと、誠に我が愛しき子は強く賢く生まれたか。
しかし、我が言葉を聞かず勝手したその浅はかな判断は、何時か己が身を滅ぼしうる事を分からせねばならんな…』
「ぎゅっ?!(えっ!?)」
ビクッと今の言葉に反応した俺と龍の視線がかち合う。
「ぎえぃああぃいい!!!(ごめんなさいいい!!!)」
一拍置いた後、俺は叫びながら巣穴に逃げ帰った。だが、その後3日は狩ってくる動物の量が減り、俺は腹の虫に悩まされながら眠りにつくしかなかった。
一月が経ち、自分が龍なのだという自覚というか意識か何かは生まれ始めていた。
銀色の鱗に覆われた足や胸元、いつの間にか生えていた尻尾が視界に入る。俺は魔石を口の中でモゴモゴと飴玉のように弄び、母上が帰ってくるのを待った。
――――――母上
あの銀色の龍を、そう呼び始めていた。毎日、雨の日でも俺の食事の為に出かけていく姿はそれ以外の何者でもない。
俺を生んでくれた母親の顔を忘れた訳ではない。18歳になるまで女手一つで育ててくれた母さんを、俺は忘れない。
けれど、俺が日に日に大きくなる度に銀色の龍は母さんと同じ声色で、同じ目の暖かさを持って俺に接してくる。
暖かい躯で、俺を抱き寄せて温もりを与えてくれるその優しさも母さんと一緒だった。
未だ名前すら分からない銀色の龍を、母上と呼ぶことにした。
母さんとは、呼ばない。
でも、母親である事は認めるしかない。俺は銀色の龍に、確かに愛情を感じた。龍は俺を愛し、俺も龍を愛しいと感じた。
だから、母上と呼ぼうと決断した。