プロローグ
目の前にある鋭く尖った牙、長く細い真っ赤な舌……巨大な恐竜の様な口の中しか見えない。
「ぎぃあっ(でかっ)」
ん、なんか変な音が聞こえた気がするな…
と、目の前にある明らかに現実離れした物を考えないようにしていた俺の顔を真っ赤な舌先がベロリと舐めた。
ヌメとした感触に、ベットリと濡れた肌は空気が動く度に涼しく感じた。
数回俺の顔を舐めていた舌は、満足したのかフーっと一度長い鼻息を吹き掛けた。
俺の体を抱き、鱗で覆われた躯を擦り寄せて丸くなり寝る体勢に入った。
「ぎ、ぎうぅ…っ」
口から漏れた爬虫類のような悲鳴が、辺りに響き渡る。俺を抱き込んだ鱗が体温を移すかのように躯を擦り着けてきた。
はっとした俺は悲鳴を呑み込み、息をする事すら止めて体を硬直させながら巨大な口を持った何かの動向を伺った。
数秒か数分か、むしろ時間がたったのか分からない。
未だに、ドクドクッと心臓が荒く収縮している。俺を覆う躯の締め付けは緩くなり、高い山のような場所が上下に動いている。鼻息が一定の規則性を持っている。
「(なんだコレ、なんなんだよっ!?待て待て、落ち着けって、だから、考えて……、ぁあ、ああっ、何だよ、こんなの分かるかよ!!)」
体に巻き付く銀色の鱗は何だか温かくて、現実を伝えてくる。夢にしては顔を舐めた舌の濡れた感触が生々しい。
瞼をきつく閉じて、夢が覚めるように何度も何度も念じる。
噛みしめていた口から、血の味がした。そのリアルさに驚いて、舌で噛み締め過ぎて切れた唇を舐めた。
そして、硬質でいて弾力のある自分の唇にまた驚いた。
「(硬、い…?なんだ、これ?!)」
自分の体の異常に今更になって漸く目がいった。下を向けば、銀色の鱗を纏う体と小さいながらも鋭い爪をこさえた手が視界に入る。
自分の指を動かした筈なのに、動くのは鋭い爪を持つ手で。
信じられない光景に、俺の脳が拒否反応を起こした事を失神する形で教えてくれた。