episode 61 休日(後)
「いやー、楽しかったねぇ」
帰宅への道すがら、唐突に里香が呟いた。
時刻は夕方。
先程まで青だった空は、今では茜色に染まり、日暮れを告げる時間になってしまっている。
全員、遊びの余韻が拭い去れていないのか、どこか名残惜しげに頷いた。
「悠希さんの身体……」
「悠希さんの筋肉……」
「「はあ……」」
……背後の約2名を除いて。
「――ッ!!な、なんだ?背筋に寒気が……」
「悠希、気にしちゃダメよ」
急に背筋ににきた寒気。それを一葉は気にするなと宥める。
なんだかよくわからないが、なんとなく言うとおりにしたほうがいい気したのだがた……。
後ろから投げかけられている熱っぽい視線に気付かずに、心中では「風邪でもひいたかなかな?」などと結論付け、俺はなんとなく視線を隣へと向ける。
「……ライラ?」
「え、あ、悪い」
「どうかしたか?」
「いや、なんでもねーよ。心配かけてわりー」
どこか遠くを見ていたライラに訝しく思ったが、本人は直ぐにいつもの調子を取り戻し、にかっと笑った。
「またみんなでこようぜ!!来年も再来年も、大人になってからも!!」
「……うん!うん!そうだねぇ!!ライラくんの言うとおりだよぉ!!」
ライラがそう言うと、里香も便乗して場を盛り上げる。全員が「そうだな」などと口ずさみ、徐々に心が温まっていく。自然と笑みが零れた。
辺りが暗くなり始めた頃、いよいよ夜が迫り始めた時にようやく時空間転移魔法装置の前まで到着した。
「それでは、私たちは第6高校なので」
「じゃあねぇ!ゆっきー!!」
「では皆さん御機嫌よう」
そう言い残し、遥、里香、セシルはゲートの光に消えていった。
「じゃあ、僕も第3だし」
「私も都市庁に戻るわね」
「ああ、またな」
別れを告げ、和彦と一葉も一瞬で移動する。それに手を振り、俺は「さて」と切り出した。
「俺らも帰るか」
「そうだね。私も少し疲れちゃったかも」
「俺はまだ遊び足りないけどな」
「あんたは元気過ぎるのよ。その無駄な体力を少しは勉強につぎ込みなさい。夏休み終わったらテストなんだから」
「うへー、変なこと思い出させんなよ……」
俺の一言に桜は目を擦る。
まだまだ元気そうなライラを戒める紅葉だったが、余りにも現実的な言葉にげんなりしたようだ。テンションの移り変わりが激しいな。
そんないつもとなりつつある光景に苦笑しつつ、俺たちは歩みを進めた。
「――――ん?」
「…………」
一瞬、背後から視線を感じたような気がした。目だけで振り返り、隣に立つニコルへと視線を向ける。
ニコルはと言えば、その視線の方角をジッと見つめていた。
『気付いたか?』
『――はい』
咄嗟に飛ばした念話に、直ぐに返事が返ってくる。
それにしても早いな。俺が念話をしてくると予想していたのだろうか?
『……まあ、こっちに危害を加える気は無さそうだな。ほっとけ』
『はい』
短いやりとりを終え、念話の糸を切る。不可視の糸は、最後にプツンという音をたてて霧散した。
「どうしたの、ユウ?ニコラさんも」
「――いや、なんでもない」
立ち止まってしまった俺たちに訝しげな表情をする紅葉。笑みを浮かべて首を振ると、「そう」とだけ言ってそれ以上は追及してこなかった。
最後に1度、視線の方角を一瞥して再び歩を進める。
夏の空は暮れるのは遅いとはいえ、時間も時間。
そろそろ戻らないと門限ギリギリだろうと思い、俺たちは足早に帰路へとついた。
途中、背中に突き刺さる視線に居心地の悪い思いをしながら。それでもこちらから仕掛けるようなことはせず、向こうもただこちらを見ているだけ。
――ただ、ずっと見ているだけ。
気味が悪い。
だが、視線の主はかなり遠くにいるようで、どうせ追いかけても逃げられてしまうだろう。
もどかしい思いをしながら、しかし周りに気付かれないように精一杯いつも通りを振る舞う。
(ああ、伝説武器使っちまおうかなぁ……)
内心ではそんな恐ろしいことを思いながら、癇癪起こしそうな自分自身を抑えるのに必死だった。
幸いだったのは俺と同じ物を感じているはずの隣の人物が、全く気にしてないということだろうか。(というかいつもの無表情なだけなのだが)
それを見れば多少も気が萎えるというもの。故意では無いにしろ、有り難いことだ。
そんな、こちらとしては大変腹立たしいイタチごっこは、俺たちが寮に戻るまで続いたのだった。