episode 57 命を食らう武器
重苦しい沈黙の中、困惑したような声音でライラが口を開く。
「そ、それはロシアから守るために――――」
「どんな理由があっても、人殺しは人殺しだろ?英雄なんてかっこつけちゃいるが、やってることはただの人殺しだ」
バッサリと切り捨てる俺に、再びライラは押し黙った。
否定できない。
それはそうだろう。実際にその通りなのだから。
ただ殺して、殺して、殺し尽くす日々。
日本を守ったなどと言われてはいるが、それはただの結果に過ぎない。
ただ憎かった。
ただ殺してやりたかった。
結局国の為なんてかっこいい理由では無く、自分のためにという卑怯な理屈。
ただ仇を取りたかった。
ただ怒りをぶつけたかった。
自分のために自分のために自分のために自分のために自分のために。
それだけのことだ。
それだけしかない。
それ以外に理由は――ない。
殺すことに抵抗があったのは一度だけ。
腕を、足を切り落とした兵士の息の根を止めることに抵抗感を持った。
虫の息だったその兵士は、最後に一言だけこう言った。
『死にたくない』、ただそれだけを。
その兵士を殺して以降は人を殺すことに抵抗感など無くなった。
俺は殺す側の人間なんだとその時に悟ったから。
これからも沢山の人間を殺していくだろうと予感したから。
それは一種の防衛本能だったのかもしれない。
抵抗などしていればいつか心が壊れてしまう。
壊れなくてもその内殺されてしまう。
だが、今はすっかり壊れているしまっているのだから皮肉なものだ。
そんな静寂の中、呆れたような溜め息が響いた。
「はあ……あなたたち。そろそろ暗くなるから寮に帰りなさい」
脱力したような声音で言う一葉。気づけば、外は茜色に染まり始めていた。
「けど――」
「いいから。早く帰りなさい」
何か言い出そうとした桜の言葉に被せて帰宅を促す。
ここがどこにある病院なのか俺には解らないが、そろそろ帰らないと本当に真っ暗に成りかねない。
だが、それがただの口実だとは解りきっているのだが。
しかし、状況が飲み込めていないだけに、誰もなかなか動こうとしない。
「ほら、行くわよ」
その声に驚いたように全員が振り向く。そこには真剣な眼差しをした紅葉が扉へ向かっていこうとする姿があった。
その姿に、困惑しながらも動き出す皆。ライラも胸倉から手を放し、一瞬俺の方を見て、つられるように踵を返した。
そこで、扉に到達したところで紅葉は足を止める。
「姉さん……あと、頼んだから」
「はいはい」
振り向かずにそう言うと、再び足を動か始める。
そのやりとりに困惑しながらも、俺、ニコル、一葉を抜いた7人は部屋を後にした。
最後に出た和彦が扉を閉めると再び静寂が部屋を包む。
「……で、どうしたんだ?わざわざあいつらを部屋から出したりして」
暗くなるからというのはただの口実。となると、一般人には教えられない機密事項などの伝達があるのだろう。
「そうね。まず要件“から”済ませましょう」
そう言うと一葉はどこからか取り出したファイル投げよこした。
俺はそれを受け取るとパラパラとめくり始める。
ところどころ眉をしかめながら、読み終えると自分の顔が険しくなっていたことに気付く。
「ロシアの仕業だって証拠は何も無し、か」
このファイルによると、証拠どころか、さっき言っていたように奴らが何をしたしに来たのかというのも何も解らないらしい。
死体は木っ端みじんに吹き飛ばされ、身に着けていたものもほとんど焼失。正直手詰まりに近い。
だが、わかったこともあった。
「イリヤたちの上に何者かの存在ねぇ。あいつらを力で抑えつけるなんてどんなやつだよ、まったく」
舌打ちをしながら毒吐くが、内心では激しく動揺していた。
イリヤ1人でも歯が立たなかった。他にもロシアには複数の伝説武器保持者がいる。それら全てを屈服させているやつがいる。
正直、そんな奴らが攻めてきたらあっという間に大陸中が占領されるだろう。そんな中で今まで知らずに生きてきたのだ。今は休戦中とはいえ、いつそれが終わるかも解らない。
ただ、セルゲイが最後に言ったことも気になる。
(王剣…………)
「そのことだけど」
「うお!?」
いきなり発せられた言葉に飛び上がって驚く。
というか――
「勝手に心を読むな!!」
「ふふ、ごめんごめん」
悪びれもなく謝る一葉に、呆れながら話の続きを促す。
「はあ……で、王剣がどうした?」
「それがね、ちょっと妙なの」
「妙?」
訝しげに首を傾げる俺。それに「そう」と頷く。
「悠希が最後に使ったあの能力なんだけど」
「ああ」
あの時、イリヤたちの武器を展開前に“戻した”あの能力。それを思い出し1つ頷く。
「それね、絶対有り得ないのよ」
「……は?」
いきなり言われたぶっちゃけた話に一瞬理解が追いつかずに困惑する。だが、そんな俺をスルーして話は続く。
「武器を展開前に戻すなんて本来は有り得ないことなのよ」
「有り、得ない?」
「そ。悠希はいつも武器を戻すときどうしてる?」
いきなりの話題転換。それについていけず、口ごもっていると、構わず一葉は続けていく。
「普通は所持者がその武器を粒子化するようにイメージさせなきゃダメでしょ?伝説武器の場合は所持者が魔力を流し続けるか触れてなくちゃならないんだけど」
今更の答え。しかし、彼女が何が言いたいのかがおぼろげに解った。
「あの状況で、その条件にあった現象があった?」
「……」
つまりそう言うことである。
補助武装の展開時は武器をイメージしてそれに魔力を流していくといった動作をしなければならない。
逆に展開前に戻すには、武器が粒子化するようにイメージし、魔力を放出しなければならない。
伝説武器にはさっき言ったようなことがあるのだが、どちらにしてもこの条件が当てはまらない。
ましてや戦闘中だというのにイリヤたちがそんなことをするはずがないのだ。
「それにね。あの剣が能力を使ったとき、悠希の魔力が一瞬途切れたように見えたわ」
「は?」
魔力が途切れた?
そんな筈はない。戦闘中に武器に魔力を流さないなんて初心者がするようなミスを侵すはずがない。
流さなければそれだけで武器の強度、斬撃の威力が大幅に現象するのだ。あのときは確かに魔力を流していたはず。
訳が分からない。
その思いが胸から離れない。
「それに悠希が倒れたとき、私が治癒魔法を使っているときは掠り傷なんかの小さな傷でも治りが遅かったし、心の音もノイズが酷かった」
傷の治りが遅かった?
一葉の治癒魔法でさえ掠り傷の治りが遅かった?
脳裏にある言葉がよぎった。
『――手に入れたいなら望めばいいわ。全て“ファランクス”が叶えてくれる。その代わり、“代償”は頂くけどね』
――代償。
「……なるほど」
そう言うことか。
「何かわかったの?」
俺の呟きを聞き取ったのか、一葉が期待気に問いかけてくる。
何も隠す物ではない。いや、本来なら隠すべきかもしれないが一葉には隠し通せまい。
「命だよ」
「命?」
「そう、ファランクスの能力は生命力、命を食って発動する」
「ッ!!」
自嘲的な笑みを浮かべながら、天井を見上げる俺。
真っ白なそれは、どこか無機質で冷たい印象を受けた。
「なん、で――」
「治癒魔法かけても掠り傷程度の傷の治りが遅いんだろ?生命力を活性化させる治癒魔法が効きにくいとなればそれは生命力が減っているから、ってことになる」
まるで他人事のように言う俺に、今度こそ絶句する一葉。
それにしても――
「命を食らう剣ね……俺にはお似合いの武器じゃねえか」
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