episode 55 二度目の目覚め
微睡みの中から徐々に意識が覚醒していく。
俺の中ではまだ寝ていたい、という意志と、早く起きろ、という意志の葛藤がおこなわれ、ようやく後者が打ち勝つことでそのくだらない葛藤は終結した。
若干の抵抗とともに目を開けるとそこには純白だけが広がっていた。そこから放たれる電灯の明かりがあることからそれが天井だと窺える。さらに極めつけは鼻を突く消毒液の匂いが部屋を蔓延していることだ。
それらから俺はここが病院であると推測した。恐らくその推測はハズれてはいまい。
…………いや、別にハズれていようが、ハズれていまいが特にこれといった問題は無いのだが。
問題なのは、何故そんなところに俺が居るのかであって、別に推理大会をして遊ぶためではない。決して。
(……我ながら意味がわからんな)
己のセンスの無さに辟易しながら、はあ、と溜め息を吐く。
「……起きられましたか?」
「うおっ!?」
唐突に聞こえてきた何者かの声にベッドから落ちかけながら、俺はその方角へと目をやる。
「に、ニコル?」
「はい」
……無表情な表情でジッと天井を見ているニコラ・ベーレが、そこには居た。
今日もいつもの無表情に、抑揚の無い声で発する声に、俺は驚き半分で口を開く。
「怪我は!?」
「綾芽さんたちが応急処置をしてくれましたので」
「そ、そうか」
淡々と、しかも簡潔に述べるニコルに若干気圧されつつも、無事であったことに心から安堵した。
(よかった……本当によかった……)
内心で何度も何度も呟きながら、しかし、それでも自分は何もできなかったという自責の念に捕らわれる。
結局は奴を、イリヤを殺すことはできなかった。なんとか撃退する事ができたとはいえ、それもあの力があったお陰。
――ファランクス。
イリヤたちに王剣と呼ばれていたあの剣が無ければ斬られていたのは俺の方だったろう。
しかし、しかしだ。
何故ファランクスは急にその姿を表したのだろうか。
何故、最後に3つの伝説武器を“戻す”ことができたのだろう。
それらの答えを握るのはやはり――
(――――ユリ)
一体彼女は何者なのだろうか。
どうしてファランクスの使い方を知っているのだろうか。
最後に俺が願ったのは、3つの伝説武器を展開前に“戻す”こと。
恐らく武器自体を“消す”ことはできなかっただろう。
それは勘に近い確証。
だから、伝説武器を3人の手から“戻した”のだ。
それが出来たのも彼女の声が合ったから。
結局のところ、俺は何もできなかった。
無念さが胸の内を這いずり回り、無力感が心に巣を張る。
そんな時だった。
いきなり病室のドアが物凄い勢いで開かれ、1人の人物が現れた。
“彼女”は俺を見つけるとズカズカと近づき、そして――
「へ?」
――バシィィン!!
……思い切りぶたれた。
そんなもんだから目を白黒させていると、“彼女”は突然俺の胸に飛び付いた。
「な、ちょ――」
「ユウのバカッ!!」
俺が何か言う前に、“彼女”は俺の胸をポカポカ叩き出す。
いきなりバカは無いだろ!、というツッコミも出来ず、ただいきなりのことで呆然としてしまう俺。
「いきなり倒れたり、危ない目にあったり、怪我したり!!なんでそんなことするの!?なんでそんな目にあうの!?」
「え、や、怪我はしてない、よ?」
「バカッ!!」
「ぶはッ!?」
もはや突っ込むところはそこではないのだが、気が動転してオロオロしていると顔面に衝撃が走った。
それが顔を殴られたからだと気付いたのは痛みが走った直ぐ後だった。
もはや何をすれば良いのやら。これを宥めるのはさすがに俺でも無理だ。
いや、俺だからこそ無理だ。
そんな境地に達した頃、急に胸の痛みが無くなり、変わりに温もりが伝わる。それが“彼女”の涙で濡れた顔を埋められたからだと気づくのも、少ししてからだった。
「心配、したんだから……」
「……ごめん、紅葉」
嗚咽を漏らし始めた“彼女”――波風紅葉の背を、俺は優しく撫でる。
また、泣かせてしまった……。最低だな、俺は。
自分自身を罵倒しながら、しかし撫でる手は止めない。
こんなことで許してもらえるなどとは思わない。いや、一度ならず二度までも泣かせた俺を、それでも彼女は許してくれるだろう。ただ、俺自身は決して許さない。
甘えては、いけない。
紅葉の優しさに甘えてはいけない。
もとより、甘える資格は俺には無いではないか。
気がつけば嗚咽は止まっていた。それでも離れようとしない紅葉をどうしようか考えていると、
「……ラブラブですね」
唐突に隣からの発せられた声に反射的に離れる俺たち。
そうだ、隣にはニコルが居たんだった。完全に空気化していたから忘れてた。
ん?いや待て。それよりも、今コイツの口からは考えられないような言葉が発せられなかったか?
ギョッと振り返る俺。しかし、そこには無表情のニコルがこちらを見ているだけ。
……あれ、なんだろう。少し不機嫌そうに見えてきた。
徐々に痛くなるニコルの視線。そんなもんだからなんだか後ろめたくなり、訳も分からず視線を逸らす。
「終わったー?」
再び扉の方から声が聞こえた。咄嗟に振り向くと、顔だけこちらに覗かせ、ニヤニヤと生暖かい視線、もしくはニコルと同じような不機嫌な視線を送っている集団がいた。もちろん一葉、ライラ、和彦、綾芽のいつもとなりつつあるメンバーと、遥、それと――
「あれ?セシルと里香?」
一回戦のとき、遥と一緒に居た2人、セシリー・ビーンと、水谷里香の姿があった。
俺が首を傾げたのに対し、里香とセシルはトコトコと歩み寄ってくる。
「久しぶりぃー、ゆっきぃー。倒れたって聞いて心配してたんだよぉ?」
「お、お久しぶりですゆっきー様っ!お身体はよろしいんですか?」
「あ、ああ。久しぶり2人とも。といってもそこまで経ってない気がするんだけどな……」
妙に間延びした声の里香と、どこか堅い言葉遣いのセシル。だが、やはり珍妙な愛称だけは変わらず、俺は苦笑せざるを得なかった。
「身体の方は大丈夫だよ。というより悪かったな。心配かけて」
「い、いえ!お気になさらず……」
真っ赤になりながら首を振るセシル。そのことに多少疑問を持ったが、別の事が頭をよぎる。
「そういえば2人は今までどうしてたんだ?遥と一緒じゃなかったのか?」
この3人のことだからいつも一緒に居るのだろうと思っていたのだが、アリーナ内に遥だけしかいなかったのに疑問を持った。今回も、3人でたまたまライラの試合を“観戦”しに来ていたのだと思っていたのだが。
「ああ、私たちは試合があって3人別々のガッコーに行ってたからねぇ」
「試合?別々?」
話の内容が見えずに首を傾げる俺。すると、いつの間にやら近付いていた和彦が呆れ混じりに補足説明を加える。
「……この3人、セシリー・ビーンさん、水谷里香さん、春日野遥さんは前回のトーナメントで全員20位以内に入ってるやり手だよ」
「……はい?」
ポカンと口を開ける俺を、遥、セシル、里香は苦笑しながら互いを見合っていた。
評価、感想を頂けると嬉しいです。