episode 53 覚醒
一葉に2人のナビを任せ、俺は目の前の3人を睨みつける。
ナビと言ってもインカムも無ければ、ましてや案内するわけではない。
一葉が彼女は人の精神の波には敏感らしく、敵の居場所は精神の波を拾えばある程度解るらしい。その情報を元に2人のルートを指定することをナビと言う。
閑話休題。
敵は三人。
1人は人懐っこそうな笑みを浮かべた小柄な男。
1人は紳士的な、しかし貼り付けたような笑みを浮かべる男。
そして、もう1人は――――
「ようやく来たか、英雄様よぉ」
ロシアの伝説武器“ガラドボルグ”保持者、イリヤ・ザハロフ。そして、兄さんの仇。
俺が知るのはそれだけ。それ以外のことは知らないし、知る必要も無い。
「……小鳥」
白銀の剣――デュランダルを短剣へと入れ替える。
それを見た一葉とイリヤ以外のメンバーは驚愕に目を見開く。
「――なるほど、彼が……」
感嘆しながら呟くのは小柄な方の男。それを視界の端で捉えると、俺は動いた。
【無系統魔法:剣閃】
小鳥の無系統魔法を使い、駆ける。
残像を残すほどの速さで目指すのはイリヤの背後。
一瞬で背後をとり、そのまま一閃。
「ハハハ!そうこねーと、なっ!」
渾身の袈裟切りを、しかし身を逸らしてかわされる。
舌打ちをしながらすかさず短剣を振るう。が、
――当たらない。
掠りもしない。
最速の剣劇を、弾くでも無く全くの隙も無く避けていく。
それに、まだは武器すらだしていないのだ。イリヤは。
「くっ……そがあ!!」
短剣を振るう。全力で。
それでも当たらない。掠らない。
それが俺の中で降り積もり、焦燥感に埋もれ初める。
小鳥の剣閃は最速の身体強化魔法だ。それでもヤツの――イリヤの懐には届かない。
それも当たり前か。
ヤツは兄さんの“速さ”にも付いて行ったのだ。例え剣閃を使っていても反応できない筈がない。
「ちっ……!トライデントッ!」
一旦距離を取り、再び武器を入れ替える。
呼んだと同時に現れたのは一本の槍。それを思い切り投げつける。
だが、そこで変化が起こった。
トライデントが、消えた。
それと同時にイリヤの四方八方に先程と同じ槍が現れた。
しかし、違うのはその数。
何十本もの槍が、イリヤを取り囲むように浮いていたのだ。
「流星の大共鳴ッ!!」
叫んだ。すると同時に槍が雨のように降り注ぐ。
その先端に、まるで隕石のような球体を纏って。
【無系統魔法:流星の大共鳴】
トライデントの無系統魔法。
本体をコピーした模造品を創造し、複数を同時に操作する魔法。
先端の球体は俺の魔力を凝縮した物だ。
膨大な破壊力を持ったその一本一本の槍が、降り注ぐ雨の如くイリヤへと襲いかかる。
「ハッ!ジェネレート!!」
イリヤが叫んだ。その声音は些か生命の危機に直面しているとは思えない程、愉しげな、愉悦を含んだ声音。
彼の手に武装召還の光が瞬く。だが、その間にも着々と槍はイリヤを突き刺そうと進み続ける。
唐突に、全てが止まった。
いや、正確には槍の全ての動きが止まったのだ。
それも一瞬。数多の槍はボロボロと重力に従って落ち始める。
全て真っ二つにされるという形で。
一葉が驚愕に目を見開く。すぐさま2人のナビへと神経を向けるために手を頭につけたが、信じられないというオーラが漂ってくる。
俺も驚きはしないものの、ただひたすら悔しさの余り奥歯を噛み締めた。
――わかっている。ここからが正念場なのだと。そんなことはわかりきっている。
イリヤの右手には一振りの剣。
それは大量の血が張り付いたような、そんな赤黒い色。
禍々しいその両刃の剣は、太陽の光を浴びても尚不気味な色を放っていた。
“ガラドボルグ”
それがこの剣の名前。
兄さんを切った剣の名前。
その禍々しさが――――怖い。
足が震えている。なんてザマだ。散々願っていたこの機会に足が竦むなんて。
「怖いのかよ。この剣が」
「黙れッ……!」
嘲るように言うイリヤを睨みつける。
だが、幾ら虚勢を張っても足の震えが止まらない。
「そりゃそうだよなあ。兄貴を目の前で斬られてんだから、そりゃ当たり前かぁ」
「黙れって……言ってんだよッ!」
叫ぶと同時に震える足を叱咤して再び駆ける。
――――無様だ。
「ファランクスッ!」
トライデントの重みが消えると同時に別の重みが左腕にかかる。
見えない剣、それを持って斬りかかる。
――酷く、無様だ。
煌めく斬閃。
だが、やはり当たらない。
イリヤの目が哀れみと蔑みの色を浮かべた。
完全に遊ばれている。
――何のために、俺は……。
イリヤ1人でこのザマだ。残り2人を相手にするなど到底できない。
――今まで培ってきたもの全てが無駄にだったと言うのか?
磨き抜いた剣技も、鍛え上げた身体能力も、今まで必死になって積み重ねてきたもの全てが、無駄?
ただ俺は伝説武器を複数持っていて浮かれていただけなんしゃないのか?
自問してみるも答えなど帰ってくる筈もない。
唐突に、イリヤの瞳の色が変わった。
――哀れみと蔑みから、興味を失ったように。
「はぁ、所詮はガキか。右腕使えないくせにでしゃばりやがって」
見透かされた。
そう感じるより前に、イリヤが視界から消えた。
ハッととなるも時すでに遅し。
「――もう、飽きたんだよ」
「よせッ!!イリヤッ!!」
ぞっとするような声が耳元で聞こえた。それと同時に誰かが止める声。多分、イリヤと居たどっちかの声だったろう。なぜ?
そう考えるよりも背筋に寒気が走った。
握られたはずの見えない剣も最早間に合わない。
きっとやつはまさにこの瞬間剣を振り下ろしているに違いない。
そう思うとどうしようもない無力感に苛まれる。
結局は、何もできなかった。
復讐も、何もかもを――。
『起きなさい、ファランクス』
諦めかけた瞬間、頭の中に声が響いた。
これは、つい最近聞いた声音。
それを確認するよりも早く、左手に握った武器に異変が起こった。
「なっ!?」
イリヤが驚きの声を上げ、振り上げた剣を解いて後退した。
わけがわからない。
絶対にあのまま振り下ろせば俺は死んでいたはずだ。
なのになぜ……?
答えは俺の手の中にあった。
握られていた筈のファランクス。見えない筈の剣が、色を灯し始めたのだ。
「なんだよ、これ……」
そんな俺の疑問に返答などなく、幻剣は色付く。
現れたのは、意匠を凝らした美しい剣。
何もなかった筈の剣は、色とりどりの装飾を纏っている。
宝石さえも散りばめられたらそれは、王族などに使われるような美しさを放っていた。
「まさか、それは……!」
イリヤの仲間であろう、人懐っこそうな男は驚愕の余り呆けた顔をしながら呟いた。
「王剣……!」