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episode 50 違和感


少し時間は遡る。

レイ・ケイフォードは得体のしれない違和感を感じていた。

アリーナの競技場内、そこには現在ライラ、和彦、一葉、桜、遥、綾芽の六名しかいない。その全員も、呆けたような顔をして、悠希が出て行った方向を見ているにも関わらず、誰かに見られているような、無いような、そんな気がするのだ。その感覚自体もあるようで無いような不可思議なもの。


(……なんだ?観客が目を覚ましたのか?)


一瞬そう思ったが、それにしては見られているという実感が無さ過ぎため、場所すら特定できない。それに何故見ているだけなんだ?

じっとしていないでこちらに来ればいい。いや、普通この状況ならば仲間に加えてもらおうと寄ってくるはずだ。だが、それも無い。


―――敵?いや、それにしては殺気が無さすぎるし、何よりこの例えようの無い違和感はなんだ?


殺気が無い。気配が無い。だが見られているような感じがする。

モヤモヤするレイの心情とは裏腹に、未だにこの感覚が消え失せることがない。


――――イライラする。かかってきたければ来ればいいのに。


だんだん溜まってきたストレスもあり、この視線の主を敵だと判断した。

決断したときの行動は迅速に。姉さんから教えられたことだ。

そんな思惑もあり、レイは直ぐに行動へと移すことにした。


「さて、俺は人命救助でもしてくるか」


そんな言い訳がましいことを言いながら、めんどくさそうな声音とは裏腹に何故か自分が内心で焦っていることに気付く。



――不可解。




この感情をその一言で済ませ、さりとてこの焦りが何なのかも解らないまま、レイは身体強化を駆使して観客席まで跳んだ。観客席を未だに覆う煙に、まるで飲み込まれるように。





☆☆☆☆☆





視界に入るのは煙で霞んだ観客席の景色。悠希の結界の効力も合って火事は収まっているらしく、赤い光源は見当たらない。

しかし、そんな光景を見て尚も募りゆく不安と焦燥。自分の中の勘が何かおかしいと警笛を鳴らしていることが自分にとっては不可解に過ぎない。



一体何が引っ掛かると言うのだ。おかしい所なんてどこにも……。


とうとう自分の頭がおかしくなったかと思い始めるレイ。ため息を吐きながら周りの状況を確認することに。


と言っても視界に映るのは倒れている何人もの人、人、人。それ以外は視界を埋め尽くすような煙以外にこれと言って変わった所は―――



――――は?



おい、今何だって?

自分に問いかけるが、もちろん返答が返ってくるわけでもない。変わりに今の言葉を頭の中で思い返すのだが、何かがひっかかる。

今度は解り安いほど頭の中にそれが残り続ける。

再び辺りを見回すことで、ようやくその正体に気が付いた。



ちょっと待て!

なんで何も“変わった所”が無いんだ!?

確か『観客席が爆破された』はずじゃなかったのか!?


違和感が不安へと擦り変わる。徐々に増していくこの不安感は、生まれてから一度も体験したことが無いような濃さで、それでいて身体の中をのたうち回って、レイの中の本能を呼び覚ます程凶暴な感情。


改めて辺りを見回す。今度は変わったことでは無く、“変わってないこと”を探すために。


考え方を変えることによって、視界が開けたような、そんな錯覚に陥る。そのため、『異常』はすぐに見つかった。


(怪我人がいない!?なんで爆破されたのに負傷者が一人もいないんだ!?)


どこを見ても倒れている観客全員に外傷が全くないのだ。服にすら異常が見当たらない。

おかしすぎる。倒れている観客は全て、火傷どころか擦り傷一つとして付いていないことなど、爆破された上ではあり得ない。

さらにレイの感覚では多少息苦しいとはいえ、火事のときのように酸素不足となるような深刻な程、空気中の酸素量が減っている様子も無いように感じる。


『何も無い』と言うことがレイへ更なる不安感を募らせる。それでもようやく変化している所を見つけた。

しかし、この場合それが良いことであるとは限らないのだが。


観客席の一番前。競技場との間に区切られた柵。そこが黒く煤けていたのだ。

何かが燃えた、そんなことは解りきっている。

問題は、何故“そこだけ”燃えているのかということだ。そして更に、いたるところに細長い金属の筒のようなものが落ちている。

それがレイにある予感を過ぎらせた。



――――まさか、まさかまさかまさかッ!!



爆破されたはずの観客席、黒く煤けた柵、転がる金属筒状の何か。


何より、意識がある人間が誰一人としていない。


気付けば最初からおかしかった。

爆破されたと言ってもこれだけの観客だ。無傷の人間がいなくとも、歩ける人間がいないはずは無い。少なくとも、爆破された程度で何人もの観客が集まるこの観客席、しかもここに居るのは魔術師がほとんど。それが全員気を失っているなんてある得るはずがない。

にもかかわらず、誰も競技場に降りようとはしなかった。いや、競技場に降りずとも助けを呼ぶ叫び声ぐらいあってもよかったはずだ。


あり得ないことの連続。

これほどあり得ないことはない。



“最初から何かが違った”



ようやくレイの中でくすぶっていた違和感が確信へと変わる。

それは腹立たしくも、人間ならば誰でもする行為。




――――嵌められた!!



瞬時にそう悟った。

自分たちが見事に敵の手の平で踊らされていたことに。

今まで気づかなかった自分が愚かしい。

最初から仕組まれていたのだ。

ようやく理解したレイ。だが直後、急激な眠気が襲いかかった。

ふと、視界の端に転がる金属の筒が目に入る。

それは恐らく二種類にあるのだろう。だが、今となっては後の祭。


「ちっ……くそったれ……」


魔力を流し、必死に意識を手繰り寄そうとするも少し遅かった。

舌打ちと悪態を吐きながらも、徐々に意識が持って行かれるこの感覚が苛立たしい。

そんな中で突如、何かが割れるような音が耳をつんざく。だが、果たしてその正体に気がつけていただろうか。いや、今となっては解っていてもどうなることではないのだが。


漂う煙の中でレイは静かに微睡みの中へと堕ちていった。



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