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episode 49 吠える獣



綾芽との念話を切ってすぐ、俺は異変を感じとった。


(…………なんだ?)


まるで誰かに見られているような。しかし、何もないような。そんな曖昧な感覚が俺の身体を這いずり回る。


俺自信、自分でも勘はいい方だと思う。並大抵の術師ならば気付かないはずがない。そう自負している。


ただ、前にもこんなことがあった気がするのだが、それは一体いつだったか……。


(まあ、仕掛けてこられても今は構ってる暇が無いんだけどな)


もし敵であるならば、寧ろ好都合とばかりに足に入れた力を更に強める。



走る。駆ける。そして飛ぶ。


木に飛び乗り、さらに飛ぶ。



地上から離れ、空中に飛び上がって紅葉とニコルを探す。

先程から繰り返している作業を何度も何度も行う。こうした方が広範囲を見回せるからだ。


しかし、未だに紅葉たちの姿は見当たらない。

例え、どれだけスピードを上げても見逃すはずがないのだが。


(まさか、何かあったのか?いや、ニコルが付いてるんだ。そんなはずがない)


半ば自分に言い聞かせるように内心で呟く。

そういえば、


(なんで俺、こんなにニコルを信用してるんだ?)


別にニコルが弱いとか、そういう意味で思ったわけではない。

ただ、人を信じていること自体が自分にとって不思議なように感じた。


レイだってそうだ。

あいつの実力関係なしに、綾芽たちのことを任せるなんてしてしまっている。

レイならばきっと大丈夫だ、と。



そこまで思い浮かんだとき、急にバカバカしくなって俺は思わず吹き出してしまった。


(ははは!俺が人を信じる……か)


自分の中で何かが冷めていくのを感じながら、自嘲気味に笑う。


俺にそんな権利なんてないのに。殺人者には冷たい視線がお似合いだ。

別にロシア人大使を殺したと認めるわけではない。しかし、それ以前に俺は自分の手を汚しすぎた。


どこかの映画にこんなセリフがある。


『一人殺せば犯罪者だが、百万人殺せば英雄だ』


まさに的を射ている。自分に当てはまりすぎて笑えてくる。

犯罪者も英雄も変わらない。要は何人殺したか、だ。

そして俺は大勢の人間を葬り、結果として英雄として祭り上げられた。


愚かな『道化(クラウン)』だな、俺は。所詮は子供だ。

今こうして追われているのが実にお似合いだ。


けど、だからと言ってわざわざ捕まる気にもなれない。


――――俺にはまだやらなきゃならないことがある。醜くのたうち回ろうとも、必ずやり遂げなければならないこと。



それなのに今更人を信じる?

俺は一体何を考えているんだ?



解らない。やっぱり自分が解らない。





気が付くと、目の前には城のような建造物が広がっていた。

キョロキョロ辺りを見回すと、どうやら学校に行き着いてしまったらしい。


それにも気づかなかった自分にため息を吐き、もう一度見回ろうと振り返る直前、何かが視界に映った。


「なんだ……これ?」


目に映ったのは惨状と呼ぶに相応しいものだった。

木々はなぎ倒され、葉が散乱し、水溜まりのようなものが出来ていると思えば、氷の大地が広がっているところも、煙が上がっているところもあり、コンクリートの地面が所々抉れていた。


決して自然現象などではない。これは魔法の爪痕だ。


ここで何かが起こった。それだけは解る。

だが、これだけの被害となると、どちらも相当の手練れなのだろう。

身体に緊張が走る。今、この瞬間にも何者かが茂みに潜んでこちらを窺っているかもしれない。

相手の方は兎も角、この都市の人間でこれだけのことができるやつがいるとすれば――――




思い浮かんだのは最悪の光景。しかし、それは苦しくも視界に捉えた人物を見て確実な物へと遂げた。



見覚えのあるプラチナブロンドが木の近くに転がっていた。




「ニコルッ!!」


薙ぎ倒された木の傍に出来た血溜まりの中心に、うつ伏せで倒れたニコルの姿があった。

直ぐに駆け寄り、その場で抱きかかえる。すると、その衝撃で気づいたのか、ニコルが目を開けた。その瞳に宿る光が、いつもより霞んでいるように見えるのは気のせいではあるまい。


「ゆ、うき……さん」


「いい!喋るなッ!」


いつもの抑揚の無い声が、弱々しく吐き出された瞬間、俺は制止の声を挙げる。



―――傷がひどすぎるッ。



ニコルの華奢な身体を、左肩から右の脇にかけてが赤黒い血で染まっている。それを見た瞬間、血の気が失せるような感覚に襲われ、目が眩んだがなんとかなんとか持ちこたえた。

左手に握られた“デスサイス”も、具現化し続けるのが難しそうだ。


「すぐにアリーナに運ぶから、しっかり―――」


「待って、ください」


辛そうに、だがどこか強い声で、ニコルは俺に制止の声をかける。焦燥感に苛まれたが、しかし、そこである異変に気が付いた。



紅葉がいない。



確か紅葉はニコルと一緒に居たはずだ。では、何故この場にいない?

膨れ上がる嫌な予感。


「紅葉さんが、攫われました……」


「なッ!?」


そこまで思ったとき、ニコルがその最悪の言葉を口にした。


―――嘘、だろ……。


突如、思考がフリーズする。頭の中が真っ白になり、呼吸が荒くなり始めた。


(紅葉が攫われた?そんな、だってニコルが付いてたんだぞ?それなのに何故?これじゃまるで―――)


「敵、は保持者が三名。内一人が……剣の……」



―――剣?


その一単語を聞いた瞬間、ニコルの声がどこか遠くのものに感じられた。

心の中から枷が外れたように感情が沸き起こる。しかし、それは先刻の綾芽とは真逆の感情。


(ロシア、魔術師、伝説武器、攫う、保持者――――剣)


それはトラウマと言う名の過去。

それは因縁と言う名の鎖。

それは俺の心を戒める存在。



――――銀髪の男。


その伝説武器の名は―――




「ガラド、ボルグ……」


奴が来ている。

この都市に来ている。


兄さんを殺し、俺の人生を狂わせた張本人。


それが今、この近くにいる。

紅葉を攫っている。



一体――――。



「―――一体何回、俺の人生を狂わせるつもりだ……あいつは!!」


こみ上げてくるのは怒りと恐怖。

天に向かって吠える俺は、まるで一匹の獣。


左手をきつく握り締める。

だがその瞬間、遠くの方で何かが割れるような音が耳に届いた。

一見ガラスが割れたような音かとも思えるそれを、しかし俺は一瞬で何か理解した。


「結界が破られたッ!?」


アリーナの結界が破られた。それを肌で感じたのだ。それも制限を外すとかでは無く、正面からぶち破るように。


――――やはり奴が来ている。


歯を食いしばりながら、アリーナの方向を睨みつけていると、ニコルがクイと俺の袖を引っ張り、


「行って、くだ……さい……」


ただ一言、震える声でそう言った。


「なッ!?そんなこと――――」


「私は、しばらく大丈夫……です。それよりも、向こうを……」


震える声。だが、瞳には絶対に揺らがないという意が込められた。


この少女は、自分がこんな傷を負っていると言うのに、一葉たちを助けに行けと言っているのだ。

恐らく、向こうの方が生き残る確率が少ないから。


「……わかった」


そこまで考えた上で、俺は唇を噛みながら頷いた。

ジワリと口内に血の味が広がっていく。


せめて安全な場所にと、校舎の中に運び、俺の制服で傷を覆う。左腕だけしか使えないが、別段気にもならなかった。


「すぐ戻ってくる。絶対それまで死ぬな。何かあったら念話飛ばせ」


必要事項だけ早口で言い聞かせる。最後にこくりと頷くニコルを確認し、俺は身を翻した。


「……絶対死ぬなよッ!!」


最後にもう一度そう言い、俺は全力で地面を蹴った。



――――絶対に、死なせてたまるかッ!!



ただひたすら、その思いがいつもより足を速く進ませた。


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