episode 46 普通ではない
「もう一回結界張るわ」
俺のその一言で、一同唖然。まぁ普通はそうなるよな。
そんな中でも、一番最初に正気に戻ったのだろう、和彦が慌てて異議を唱えた。
「ちょ、ちょっと待って!!そんなこと高校生にできるわけないじゃないか!!」
和彦の言うことはもっともだ。
結界というのは本来、術師が複数いなければ発動することすらできない。
普通の術師が一人で結界を張るには、簡単な結界で、範囲が狭く、しかも継続時間が短ければそうはならないのだが、“制限結界”はその範疇に入らない。このアリーナの範囲全体に結界を張るとなれば、膨大な魔力が必要となるのだ。
「このアリーナ全体に結界を張るには何十人もの術師が必要だ、って言いたいんだろ?そんなこと解ってるさ。一からやるなんて流石に俺でも骨が折れる」
続けられたこの言葉で、一葉とレイが納得顔になった。が、他の連中は頭に疑問符を浮かべている。
まあ普通ならばこれで理解できるはずがないので、俺は説明に入ることにした。
「お前ら、ここの結界が消えてる、って思ってないか?」
「え?だって衝撃が緩和されなかったよ?それに観客席からもこっちに入ってきてたし…………」
俺の質問に答えたのは桜だった。しかし、俺は首を振り、否定する。
「厳密に言えば結界自体は消えてない。“制限結界”ってのはそんなにやわじゃないからな。消えたのは制限だけなんだ」
俺の言っている意味がわからないとばかりに首を傾げる桜たち。
「例えば壁があるだろ?壁が結界でペンキが制限だ。“制限結界”は壁にペンキを塗りたくった状態。けど、今はそのペンキが剥がれてると思えばいい」
「つまり、結界だけが残って制限だけが無くなっちゃった、ってことですか?」
「そうだ」
良くできましたと言うように綾芽さんの頭を撫でる。何故か桜と遥の方から不穏な気配を感じたがスルーだ。
頬を染め、気持ちよさそうに目を細める綾芽さんを脇目に、さらに話を続けた。
「今は何らかの理由で制限が外れてる。この術式は地下の電力を利用してるみたいだから、俺がその制限を上書きすれば結界が効力を発揮するはずだ」
「そ、それでも魔力はどうするんですか?例え制限を付けるだけでも膨大な魔力が必要じゃ…………」
そこで遥が話に加わった。さすがにこれは博識としか言いようがない。
そうだ、例え制限を付けるだけとは言え、無茶苦茶な魔力が必要になることに変わりはない。
電力を利用しているために持続させる必要が無いとしても、ここにいる全員の魔力でも足りないだろう、と思っているのだろう。
魔力が尽きている状態で襲われたりしたらどうなるかも。
だが、それでも俺は微笑みを浮かべる。
「大丈夫だ。俺は“普通”じゃないからな」
そう言って“小鳥”を戻し、再び“ジャッジメント”を呼び出す。
眩い光が収束し、俺の左手に白銀のリボルバーが現れた。それを見た和彦が驚愕に目を見開く。
「それ、まさか伝説武器!?あの見えない武器だけじゃなかったの!?」
「……ああ。黙ってて悪かったな。また今度説明する」
他のみんなもそれぞれ驚きを露わにしていた。そんななかでも知っていた組、つまりは一葉とレイは動じなかったが。
俺はアリーナの中心へと移動し、一度深呼吸をして精神を統一する。
「それじゃあ始める」
言うと同時に俺は東西南北へ向けて引き金を引いた。
いきなりのことで驚いたであろう綾芽さんが悲鳴を上げたが、今だけは構っていられない。
東西南北四カ所の壁に銃弾が着弾したと同時に、俺は自らの地面にも穴を穿かせた。
「アクセス。制限の上書きを開始する」
そう呟いた瞬間、銃弾と銃弾の間に魔力が繋がる。と、同時に俺の頭の中に膨大な情報が流れ込んできた。
それら全てに意識を割き、必要な項目をピックアップ。制限を設定する。
「効果範囲内の全ての衝撃を無効」
「外部からの干渉を無効」
「内部から外部への干渉を有効」
「学生、教師以外の出入りを禁止」
呟きながら制限の受理を確認していく。膨大なデータのやりとりが成されていくなかで、俺は意識の全てを注ぎ込んでいく。
「す、すごい……」
誰かがそう呟いた。しかし、それは聞こえただけで、意識に残ることは無かった。
「火災発生の自動消化」
「地面からの干渉を無効」
「人害な気体の流入を無効」
「結界範囲をアリーナ全体に拡張」
途切れることのない情報を、目で確認するのでなく、意識だけで確認する。
精神が擦り切れそうになる程の作業を淡々とこなしていく中で、「やっぱり俺は化物なんだ」と再確認させられた瞬間だった。
膨大な魔力が必要とされる制限付加。にも関わらず、俺の体内から魔力が減っているという実感はあまりにも少ない。
それは意識を傾けていないからそう感じるわけではない。
俺の魔力に対して、減っていく魔力は微々たる物なのだ。
常人では考えられない程の魔力、精神力。
異端である伝説武器保持者の中での異端である“複数保持者”。
日本では英雄扱いされた大量殺人者。
『化け物』=『英雄』
ときどき自分が人間であるのかどうかすら解らなくなる。
異例の中の異例。
異端の中の異端。
俺は、自分自身が解らない。
何故、生まれてきたのかが解らない。
何故、こんなにも力があるのかが解らない。
他の人が聞いたら嫌みだと言われるだろう。
だが、解らないのだ。
そして、怖い。
解らないから怖い。
自分が何者なのかわからないから怖い。
何のために生まれてきたのか解らないから怖い。
力が有りすぎるから怖い。
何故、こんなにも恐れなければならないのだろうか。
普通であればどれほど良かったことか。
力が無ければ、兄さんが死ぬことは無かった。
力が無ければ、こんなにも苦しまずにすんだ。
力が無ければ―――――。
そう思ったとき、紅葉の笑顔が脳内に浮かび上がる。
――――力が無ければ………………紅葉は生きていなかった。
そこまで考えて、ようやく作業が終わったことに気が付いた。
思考の海から浮上し、先程までの考えを頭の外に追いやる。
「…………き」
何かが聞こえた。だが、辺りは真っ暗で何も見えない。
「……うき」
そこでようやく気が付いた。自分が瞼を閉じていたことに。
前もこんなことがあったなー、などと思いながら、いつの間にか閉じていた瞳を開き、意識を外側に向ける。が、
「ゆうきッ!!」
「へ?」
―――バシィィイン!
目を開けた瞬間、何かが俺の頬をひっぱたいた。
ジンジンと痛む頬に左手を添える。若干熱を帯びたそれは、現況への怒りを訴えるように脈打っていた。
もう一度視線を戻そう。
目の前には一葉。
その顔には「あ」とでも言いた気な表情。
さらに振り切った右手。
――――状況確認終了。
「何すんだ、一葉!?」
「ご、ごめんごめん。呼んでも返事しないからまた気を失ったのかと思って……」
詰め寄る俺に、心底申し訳無さそうにする一葉。その顔には僅かばかりの安堵の様子があった。
そう思うと、逆にこっちが申し訳なくなってきた。
また心配かけてしまったという罪悪感に苛まれ、俺は視線を逸らした。
「いや……俺も、その……悪かった。ちょっと考え事をしててな」
俺がそう言うと、一葉は驚いたように目を見張り、そして満面の笑みを向けてきた。
くそ、反則だろ。
ジンジンと痛む頬。だが、顔が熱いのは別の理由だと自覚すると、無性に恥ずかしくなった。