episode 44 言い訳
「し、知らない!本当だッ!俺たち下っ端は隊長クラスの行動なんて聞かされてないんだ!!」
「……そうか」
答えはNOだった。
いや、わかってはいた。だが、少しの期待はあったのだ。だから少なからずがっかりはした。
ただそれだけだ。
「じゃ、じゃあっ!」
途端に男の顔に生気が戻った。そんなコイツを俺は冷めた目で見、そして、
「用無しだ。もう死ね」
絶望の淵に叩き落とした。というより蹴り飛ばした。蹴り飛ばした先には、件の人だった物が浮かんでいる水球。そこに突っ込んだ男は驚愕に目を見開く。まるで「なぜ?」とでも言うように。俺はそんな光景を見て嘲笑を浮かべる。
「“なぜ?”って顔してんな。バカだろあんた。ここであんたを逃がして、他のやつらが集まってきたらどうする?情報が伝わったらどうする?それ以前にあんたがロシア軍だって時点でアウトだ」
そう言い放ち、俺は“小鳥”を掲げる。
「まあ、情報くれた礼に一つ教えてやるよ。この“小鳥”の無系統魔法、名前は―――」
言い終える前に、男は肉塊へと変わった。
「―――剣閃。自分自身の身体能力を上げる魔法だ。普通の身体強化の比じゃないぜ?今、俺があんたを斬ったんだ。見えなかったろ?」
【無系統魔法:剣閃】
自分自身にこの魔法をかけ、身体能力を大幅に増幅する魔法だ。俺が言った通り、普通の身体強化とはわけが違う。最強の自己強化魔法と言っていいだろう。
刀に付着した血を払い、俺はふぅ、と息を吐く。
「悠希、死んじゃったら説明しても意味無いわよ」
後ろからまた呆れたようなため息と共に一葉が呟いた。ごもっともです。
俺は苦笑しながら辺り見回す。
肉塊や血が詰まった水球の数々は圧巻の一言に尽きた。
………なんともまあ、我ながらグロテスクなことをやったもんだ。ここは死体の展覧会かなんかですか?
「……おえ」
「自分でやっといてそれは無いんじゃない!?」
的確すぎるツッコミ。いや、まぁその通りであります。
取り敢えず魔法で土を掘り起こし、その中に埋めておいた。こうすれば桜たちがけれを見ることはない。隣では一葉が苦い顔をしているが、気にしない。
一安心して未だに気を失っている桜たちに目を向ける。
「一葉、もう起こしていいぞ」
「はいはい」
そう言いながら再び手を翳す。すると、数秒後にはそれぞれムクリと起き出した。そして、真っ先に起き上がった桜が怒声を張る。
「お姉ちゃん!!精神干渉使ったでしょ!!なんで眠らせたりしたの!?」
「ご、ごめんごめん」
そのあまりの剣幕に、あの一葉が後ずさる。
繰り返すが『あの』一葉が、だ。
そこで自分が怒られることに理不尽を感じたのだろう。その一葉がキッ、と睨みつけてきたため、俺はそっと目を逸らした。
「あとで覚えてなさいよ」という気配も感じたが、気のせいだろう。きっと気のせいだ。
数分後、全員が起き出した。
そして全員が全員、俺がいることに気が付くなり、死んだ人間を見るような目になるため、居心地が悪い。
「ライラ、大丈夫か?」
俺はライラの傍まで行き、屈んで問いかける。ライラは青い顔をしながらも掠れ掠れに声を発した。
「ゆ、うき……あとで、殴ら……せろ……」
「ごめんだな。そんなの」
軽口を交わし合いながらも、ライラの状態を確認する。
まず傷が酷すぎる。今すぐ行かなければ死ぬ、というわけではなさそうだが、病院に連れて行った方が良さそうだ。
「ねぇ、悠希。あの人たちはどうしたの?」
そこで和彦が綾芽さんに肩を借りながら歩いてきた。ライラよりは軽傷とはいえ、足にダメージがあるようだ。
あの人たち、というのはあの男たちのことだろう。取り敢えず考えていた言い訳を実行することに。
「あー、帰ったぞ?なんか急ぎの用があるとかで」
「いやいやいや!さすがにその言い訳は無理があるよ!!」
なん……だと……?
見破られたことに多少ショックを受けつつも、どうにか次の言い訳を考える。
考え……る。
…………。
何も思いつかない。
最後の手段とばかりに一葉へと目で助けを乞う。
だが、無情にも視線を逸らされた。
(あれはさっきのやつの仕返しだなッ!?)
くっ、だが俺は怯まない。
どうにかしてこの場を逃げ切って――――。
「ゆ、悠希さん」
「ん?どうした?」
思考から浮上し、綾芽さんを見る。だが、顔色が悪い。
「どうした?どこか怪我したのか?」
「い、いえ、そうじゃなくて……」
妙に歯切れが悪い綾芽さんに訝しく思っていると、彼女はゆっくりと俺の背後を指差した。
「あれ……」
「ん?」
指が向いている方向、つまり俺の真後ろへと振り返る。と、同時に固まった。
俺の背後に合った物、それはまさしく人間の腕だった。
「……あ」
そういえばさっき、尋問(拷問)したときに男がとぼけた(実際には本当だった)ので反射的に腕を切り飛ばしたんだっけ。いやー失敗失敗。
…………いや、違うだろッ!!何が『失敗失敗』だッ!!あれはまずいだろッ!!
ダラダラと冷や汗が流れ出す。頭の中ではどうやって誤魔化すかを必死に考えるが、時間は待ってはくれない。
落ち着け、俺。まだなんとかなる。なんとかなるぞ。
「あ、あれは抱き枕だ!誰かが忘れていったんだよ!」
「いや、それも無理があるからね!?というか誤魔化す気あるの!?」
再び和彦の的確すぎるツッコミ。さらに周りからの疑いの視線が突き刺さる。
ここで口が上手いやつは誤魔化せたりするのだろう。
だが、生憎と俺にそんな特殊技能は無いっ!!だからこうしてどうすればいいかを思考中なわけで、さっきから何か音が聞こえてくるわけで、どんどん近づいて―――――え?
「うおッ!?」
いきなり俺の頭上から大剣が降ってきた。耳元に空気を削く音が響き、全身からドッと嫌な汗が流れた。
だが、なによりもその根源に驚愕する。
赤黒い刀身、その巨体、見覚えのあるこの大剣は、
「く、クレイモア!?」
何故だろう、凄く嫌な予感がする。
そんなときの俺の勘は良く当たるわけだが、今回ばかりは外れてくれるといいなぁ〜、なんて希望を抱いてしまう。もちろんそんなことはおこらなかったが。
「ゆ〜うきく〜ん」
そんな気色悪い言葉にドスを混ぜた声が正面から降り注ぐ。
「や、やあレイ」
笑みを浮かべながらそう応える俺。口元がひきつっていることは言うまでもない。
それもこれも、俺の前に眼帯少年が立っているためだ。
彼は今日もこう言うだろう。
「俺に殺されろよ」
と。