episode 43 歪んだ気遣い
一葉が手を翳すと同時に、桜たちは気を失った。それを横目で確認し、改めて男たちへと向き直る。
全体的に見ると魔法特化型が多いようだ。見たところ全員魔術師らしい。
「一葉、何人残せばいい?」
「一人で十分よ」
「了解」
飄々とした声音とは裏腹に、会話の内容は恐ろしいものだった。聞き終えるが、俺は動くでもなく、ただ銃口を向け、
「お前、運が良かったな」
向けた先に居る男にそう声をかけた。魔術師らしい杖を持ったその少し若めの男は、俺の言った言葉の意味が解らないとばかりに唖然とした。
だが、それと同時に血生臭い殺し合いの火蓋が落とされた。
俺は魔力を“ジャッジメント”へと流し込み、目の前に居る男たち全員に引き金を引いた。
ズガガガガガ――――!!
銃声の音が木霊する。
すぐさま男たちの周りに異変が起こる。
男たちを取り囲むように、無数の水球が現れたのだ。
これはニコルとの試合で使ったのと同じ魔法。しかし、俺が今握っているのは伝説武器、つまり術式弾を使う必要もない。
生成された水球の数は50。大人一人より余裕で大きいその水の塊が20人の男たちを取り囲む光景はなかなか面白い物だった。
だが、いつまでも鑑賞しているつもりなんて俺には毛頭無い。
「―――やれ」
無慈悲な俺の宣言と共に水球が男たちへと襲いかかる。各々逃げまどったり、水球へ攻撃したりするが無駄なことだ。
全員が水球へと飲み込まれるまで大して時間はかからなかった。
「そのまま殺したりしねーよ。こいつらにお前らみたいな汚い肉片を見せられるか」
そう怒りを込めた視線で吐き捨てる。
俺がわざわざ水球で男たちを捕らえた理由、それはアリーナに血や肉を散乱させないため。
もの凄く歪んだ理由ではあるが、桜たちを気づかったゆえの考えだ。
だが、そこで俺はあることに気が付いた。
「あれ?さっきのやつってどれだ?」
「…………もうなんでもいいわよ」
はぁ、とため息を吐く一葉。その顔には呆れた表情を浮かべていた。
なぜ呆れられたのかわからないが、取り敢えず任務を遂行することに。
再び男たちへと目を向ける。水球内にいるため、呼吸もできずにもがいているさまがなかなか滑稽だった。
「よし、お前に変更な」
そして再び違う男へと銃口を向ける。
それと同時に手に持つ銃を別の武器へと入れ替えた。
「こい、“小鳥”」
呼ぶと同時に左手へと光が収束する。光が消え、俺の手に収まっていたのは小ぶりの剣、短剣だった。
伝説武器“小鳥”。俺が持つ伝説武器の一つ。それを逆手に持ち、俺は水球を睨みつける。
「死ね」
吐き捨てる。
と同時に終わった。
水球の中で、男たちがバラバラの肉塊に変わるという形で。
だが、その中で一人、先程俺が指名した男だけが驚愕に目を見開いていた。
「…………いつ見ても“小鳥”は『速い』わね。全く見えなかったわ」
と、後ろから一葉がよってきた。その賞賛に苦笑せざるをえない。
「見えなくても、『読めてた』だろ?」
「ん、まあね」
こともなさげにそう言う一葉に再び苦笑させられる。そして俺は、生き残った男に目を向け、水球から解放してやった。
地面に落ち、激しくむせかえる男。だが、そんなことなど気にも止めず、俺たちは男の下へと近づいていく。
それに気づいたのだろう。男は俺たちを睨みつけ、転がっている杖型の補助武装を拾おうとする。が、その前に、俺は男の喉元に“小鳥”を突きつけていた。
「止めとけ。お前らごとき下っ端がいくらかかってきても俺は殺せねーよ。それよりも命が欲しくねーか?」
低い声でそう囁きかけると、男は怯えきった目で何度も頷いた。それを確認し、俺は二、三歩ほど後ろへ下がった。
「安心しろよ。俺の質問に答えてくれりゃ多分命まではとらないからさ」
「た、多分って――ひッ!!」
何か言いかけたので睨みつけて黙らせる。
何度も頷く男に、俺は質問を投げかけた。
「第一の質問だ。お前らの勢力は?」
「さ、3大隊が乗り込んできている」
俺の質問に対して即答。コイツに忠誠心というものはあるのだろうか。
その現況が俺とは言え、哀れとしか言いようがないな。
しかし、大隊が3つねぇ。そりゃ結構な数が来てんだな。
「そのうちレア持ちは何人だ?」
「中隊長以上は全員……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は盛大に舌打ちをついた。正直、この状況は非常にまずい。
(中隊長以上全員だと?なんでそんなに人員を導入する必要がある?そもそもなぜそんなにレア持ちがいやがる?)
伝説武器保持者が何人もいれば、他の生徒では対処しきれない。例え教師であっても難しいだろう。
どうやら事態は思ったより芳しくないらしい。俺は更に質問を続けた。
「次だ。お前らの目的はなんだ?」
「わ、わからない」
その瞬間、鮮血が舞った。と、同時に男の後ろでドサリと何かが落ちた音が響く。
「あ、あああぁぁぁぁあああああッ!!!!!!」
しかし、それを確認することなく、男は苦悶の叫び声を上げた。
男の後ろに落ちた物それは―――
――――先程まで付いていた男の腕だった。
そんな男など気にもせず、俺は言葉を続けた。
「何とぼけてやがる。お前には嘘を吐く権限なんて無いんだよ。なんか勘違いしてねーか?今殺されてないのは俺の気まぐれなんだぞ?」
再び喉元に、さっきまで無かったはずの血で濡らされた“小鳥”を突きつける。だが、それでも男は歯をガタガタ震わせ、怯えきった目で首を振る。
「ほ、本当だッ!!本当に知らないんだ!!」
右腕を抑え、必死に訴える。その瞳は嘘を言っているようには見えない。
(どういうことだ?下っ端は知らない?一体なんのために?くそッ、もう一人ぐらい捕まえときゃよかった)
一葉を見る。だが、やはり彼女も首を振った。一葉が言うんだ、やはりコイツは何も知らないのか。
「じゃあ最後だ。お前らの所属してる組織はなんだ?さすがにこれは解るだろ?」
「そ、それは……」
ここで男は少し渋った。だが、俺が少し短剣を近付けると、慌てて叫んだ。
「ろ、ロシアだッ!!ロシア軍の術師旅団に所属しているッ!!」
ロシア軍?術師旅団?
思い浮かんだのは最悪の過去。
―――そして、あの男。
「……おい」
「な、なんだ?」
「―――“ガラドボルグ”はどこにいる?」