episode 41 殺す人間
遅れました。
すみません。
どれくらい経っただろうか。いや、実際には大して時間が過ぎたわけではないのだが。
レイ・ケイフォードはそろそろ限界に達していた。
(あぁ!!ムカつくッ!!)
……主にイライラ的な意味で。
眼前で槍の伝説武器を振り回す男の攻撃を全て受け止め、その場から動けないために録な反撃すらできないというハンデは、思いのほかレイの精神をガリガリ削っていってるのである。
(くそが、くそが、くそがッ!!)
…………主にイライラ的な意味で。
後ろでは未だに何かに怯えるように青ざめている波風紅葉の姿が。彼女を庇うためにレイは本気を出せないでいる。ただ、そろそろ限界である。そんな彼の脳内はというと、
(いっそこの辺り吹き飛ばすか?)
と、いう具合に物騒なことを考えていたりする。
その際は紅葉までも巻き沿いを食うかもしれないが、さっきからなめられっぱなしでいるためにどうしてもストレスが溜まっていってしまうのだ。それぐらい許してほしいという風に考えてしまう。
「ははは!!どうしたんだい?そんなんじゃいつまで経っても倒せないよ?」
高笑いを上げ、陶酔したような目で哀れむようにこちらを見てくる。だが、決断にはそれで充分だった。
(決めたぞっ!!後1分待って進展無いなら吹き飛ばすっ!!)
槍使いのそんな発言で、レイの中で何かが切れた。そんなこんなで、理不尽にも紅葉の命は一分間のタイムリミット付きになってしまったのである。
だが、幸いにもすぐに状況が変わった。
「かはッ!?」
突如、呻き声を挙げて槍使いは右方向へと吹っ飛ばされた。レイが何もしていないにも関わらず。
いきなりのことで間の抜けた表情になったが、直ぐに思考を切り替えて気配を探る。
だが、レイが感じるのは二人分の気配―――紅葉と槍使いだけしかなかった。
(長距離からの狙撃?いや、そんな魔力は感じられなかったぞ)
魔法を使ったときに、術師ならば自然とその魔力の波動を感じることができる。それがレイのようにやり手の術師が感じられなかったのだ。例え長距離からの狙撃でも見逃すはずがないのに。
であるならば、物理攻撃によるものだと考えるのが妥当なのだが、それでも気配が無いのは可笑しい。
(……ん?待てよ)
気配を感じられない?
魔力も感じられない?
俺はこんな芸当ができるやつを一人知っている。
「……トート?」
「なんでしょう?」
声は近くから聞こえてきた。具体的に言うとレイの真後ろ約二メートル。
振り返るとそこには短めのプラチナブロンドの髪に、金色の瞳、背丈は小さく、整った顔立ちに無表情を貼り付けた少女―――ニコラ・ベーレが、伝説武器“デスサイス”を携えて立っていた。
彼女とは伝説武器保持者同士ということで多少は面識がある。あるのだが、問題はそこではない。
「……なんであんたがここにいんの?」
率直な疑問だった。
だが、何故かニコラは首を傾げ(といってもほんの少しだが)た。なんで知らないのかと言うように。
「今月に第11高校へと転入しました」
「は?」
抑揚の無い声でとんでもないことを言ってきた。思わず間の抜けた声を出してしまう。
「なんで?」
「悠希さんが居るからです」
「は?悠希?」
疑問を口にすると、またも間を置くこと無く返してきた。だが、『悠希』だと?
「なんであのやろうがいんだよ」
別に高校へ通うこと自体は可笑しいことではない。伝説武器保持者といえど高校生だ。だが、それが悠希―――華瀬悠希だと勝手が違う。
伝説武器保持者の中で『華瀬悠希』という名前を知らない者はいない。というか世界的に見ても有名だ。
第六次世界大戦で日本を救った英雄、それが『華瀬悠希』という名前で思い浮かぶイメージである。多少脚色されているとは言え、あながち間違いでもない。あの戦争で一番戦火をあげたのはアイツなのだから。
さらに極め付けは“複数保持者”ということだろうか。しかも保持している武器の数が多すぎる。どこかの国では『華瀬悠希』という人間を“火薬庫”なんて呼んでるみたいだが。
そんな世界的に有名な男だ。本人が報道されることを極端に嫌がっていたためにバレる確率は低いとはいえ、バレた場合は大騒ぎになる。
それなのにこの学園都市に転入とはどういうことだ?
考えに耽っていると、ニコラにしては珍しく、躊躇うようにして口を開いた。
「悠希さんは今日本に追われています」
「…………は?」
タップリ3秒間硬直したあと、そんなアホなーみたいな顔でニコラを見る。だが、彼女も相変わらずの無表情でこちらを見ていた。
どう考えてもコイツが嘘ついてるわけないよな。
「…………まじか」
「来ます」
そこで緊張が走る。
ニコラが言った通り、槍使いが起き上がったのだ。
「トート、そいつ頼む」
「わかりました」
レイは後ろで青褪めている紅葉をニコラへ任せ、槍使いへと向き直る。
「……ああ、そういえばなんでここに来たんだ?」
ふと、そんな疑問が思い浮かび、後ろを振り向くことなく尋ねる。
「悠希さんの指示です」
「で、アイツは?」
「アリーナへ向かいました」
それだけ聞くとレイは再び目の前の男へと意識を向ける。
「意外と長い間出てこなかったな。もしかして待っててくれたわけ?」
「まあ、そんなところだよ」
飄々とした態度を崩すわけでもなく、男は笑みを浮かべながら応える。
普段ならそんな態度でいるやつにはムカついていたのだが、今は意識の片隅に留まるだけで冷静さを失うことがなかった。
というより意識の大半をあることが占めているために入る余地が無かったという方が正しいか。
(悠希、今日は殺してやるぞ)
そんな獰猛な笑みを浮かべ、どう殺そうかと考えていたお陰でもう目の前の男のことなどどうでもよくなっていた。
そんなレイの態度が不満だったのか、男は再び声をかけてくる。
「もう一度聞くよ」
男の声が低くなったことに気づき、レイは思考の海から浮上した。構わず男は続ける。
「僕たちにつかないか?」
笑みを浮かべることなく大真面目な顔でそう言う男に対して、レイは冷笑を浮かべる。
「答えはNoだ」
「―――残念だよ」
突如男の殺気と魔力が膨れ上がる。それを肌で感じながらレイは笑みを深めた。
「そう言えば君、名前は?」
いきなりそんなことを聞いてきた。“クレイモア”を担ぎ直し、堂々と言い放つ。
「レイ・ケイフォード。お前を殺す人間の名だ」
「覚えておくよ。僕が殺した少年の名だ」
両者は冷笑を浮かべ、そして足に力を加えた。




