episode 38 学年一位
遅れてすみません。。
ゲートを使って、第三高校へと移動した紅葉たちは、第一アリーナへと向かうべく走っていた。
身体強化の魔法で上昇した運動神経により、格段に普段のスピードより速くなっているはずなのだが、それでもアリーナまでへの道が長いと感じてしまう。
焦っているな。
自分でもそう思うがどうしようもない。
隣で追走するレイもそんな紅葉の考えを読み取ったのか、黙ったまま走り続けている。
(少し、ユウに似てるかも……)
少しそう思った。
別に顔が似ているとかそういう訳ではない。なんというか、どことなく放つ雰囲気が似ている。
そこで、盗み見るように見ていたことに気づいた紅葉は、そっと視線を逸らした。
「―――なっ!?」
そのときだ。レイが紅葉の肩から首に片腕を回して膝を支えて抱きかかえるという、いわゆるお姫様だっこというものをしてきたのだ。
いきなりだったことと、恥ずかしさの余りに気が動転していると、突如レイが飛び上がった。
ズドオォォン!!
…………へ?
元居た場所が唐突に爆発した。間抜けな表情で呆然としていると、近くの木に着地したレイがこちらを窺うように見下ろしてきた。
「怪我ないか?」
レイははっきり言って美男子と呼ぶべき分類だ。そんな彼にこんな至近距離で囁かれたせいか、ほんのり顔が熱い。
「早く降りてくれ。重いし、戦えない」
カチン。
「失礼ね!!重くないわよっ!!」
「そうか?多分体重は―――」
「言わないでっーーー!!!!」
紅葉の必死の抗議も、思わぬ反撃で口をつぐむ羽目になった。
私のトキメキを返せッ!!
先程とは別の意味で赤くなった顔のままレイの腕から降りて気配を探る。
「…………17人、ねぇ……」
気配はすぐに掴まった。だが、予想したよりも明らかに数が多い。
敵はかなり大規模な勢力を持っていると考えた方がいいだろう。下手をすれば国単位の軍事力を有しているのかもしれない。
思っていたよりも自分たちが置かれている立場が芳しくないことを確認させられ、思わず舌打ちをした。
「どうする?この数じゃ作戦立てて動かないと―――」
「よ、っと」
紅葉が言い終える前に、あろうことかレイは木から飛び降りた。
「ちょ、ちょっと!!」
「来るな」
慌てて紅葉も続こうとすると、レイが言葉だけで制す。背中を向けていて表情はわからないが、その力強い声だけははっきり辺り響き渡っていた。
「こいつらは……」
レイの体から魔力が漏れ出す。とてつもなく濃い魔力に大気が呼応すりかのように彼の周りを渦巻き始めた。
「俺の獲物だッ!!」
言い終えるが早いか、レイは走り出していた。しかし、その手に武器は―――無い。
無茶なッ!!
内心でそう叫んだ紅葉は自らの補助武装を呼び出そうと、右手を開く。
が、それは次の光景を見た瞬間には杞憂だと悟った。いや、悟らされた。
「え……?」
呆然とする紅葉。
なぜなら視界に映っている筈のレイの姿が掻き消えたのだ。
慌てて辺りを見回すも、彼の姿はどこにも映らない。
「グハッ!?」
唐突に男の鈍い声が挙がる。反射的に視線そちらに向けると、一人の男が呻き声を挙げながら倒れていく姿が目に入った。だが、やはりそこにもレイの姿は無い。
何故?
頭に疑問符を浮かべるも、答えなど初めから出るはずもない。
そう思った瞬間には再び別の男の呻き声が響いてきた。相変わらずその場には他の人影すら映らない。
だが、それと同時に一つだけわかったことがある。
良く目を凝らすと、倒れた男の近くに、小さいがタイヤのスリップ痕のようなものがあった。
つまり、何かがあそこで急停車を行ったということ。その何かとはやはり、
「あいつしかいないわよね……」
先程まで隣に居たレイの顔が頭に浮かぶ。この所業を彼がやったとするならば、彼は顔に獰猛な獣のような笑みを貼り付けていることだろう。
実際、どこからともなくレイの歓喜の声が響いてきたのだから。
「ハッハァ!!ジェネレートォォ!!」
レイの雄叫びと共にどこからともなく辺りを光が覆った。だが、それも一瞬。すぐに治まった光の中心と思われる場所に彼は立っていた。
先程まで見えなかった彼の姿は、今ではあまりに目に留まる。目立つと言った方がいいだろうか。
何も無かったはずの手には巨大な―――それこそ彼の身長と同じぐらいの大きさではないのかと思われる大剣があった。それを片手で悠然と担ぎ、まるで軽いとでも言いたげな目で敵を見据えるレイ。
「クレイモア……」
赤黒い刀身を光らせるその禍々しさに、思わず紅葉はそう呟く。
レイ・ケイフォードが保持する伝説武器、それが“クレイモア”と呼ばれる大剣。赤黒く染まったその剣は、見たものを吸い込んでしまうような深い色をしていた。
レイがこの学園都市の高等部一年の中で最強であることは言うまでもない。
だが、周りの生徒の間では『武器が良いから成り上がっただけ』と陰口を叩かれることもある。
しかし、それは明らかな間違いだ。
伝説武器の選別基準は、“力があること”が最低条件と言っても過言ではない。
世間一般で知られている保持者への譲渡方法が違うとはいえ、これは変わることはないのだ。
現に、先程素手で二人倒したところなのだ。その間、紅葉には全く見えなかった。ひょっとすると彼は武器を使わずとも学年一位になれるのではないだろうか。
何が言いたいのかというと、この男たちでは武器を持ったレイには役不足だと言うことだ。
「うおらぁぁああ!!」
雄叫びを挙げながら振り上げる大剣から膨大な魔力が発せられる。
その量、質に紅葉の身体が竦む。
そんな彼女のことなど気にも止めず、レイは徐に大剣を地面に振り下ろす。
その瞬間、込められた膨大な魔力が地面に流れ込む。と、同時に地面が揺れ始めた。
【土属性魔法:土塊流丸】
それは奇しくも和彦が悠希に対して使ったのと同じ魔法。だが、問題はその規模だ。
和彦の場合、対象から半径五メートルの範囲の土が捲れるように悠希へ押し寄せた。しかし、レイの放った魔法はそれを軽く凌駕していた。
「う、そ……」
驚愕に目を見開く。
紅葉が見たのはちょっとした山だった。いや、それぐらいの土の塊だった。それが押し寄せてくるのだ。
男たちから息を飲む音が聞こえる。恐らくこの中で誰もこんな事態が起こるとは夢にも思わなかっただろう。
だが、これは現実なのだ。レイ・ケイフォードという人間がいたからこんなことになったのだ。
土塊は徐々に男たちの逃げ場を塞ぐように押し寄せる。
男たちは最後の抵抗とばかりに土塊に攻撃を仕掛ける。が、やはりそんなものではびくともしない。
そして男たちに覆い被さるように押し寄せ、そのまま轟音と共に押し潰した。
未だに響き続ける轟音が男たちの断末魔の声のように感じ、紅葉は身震いしたのだった。
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