episode 35 同調する二人
アリーナの競技場へ上がった紅葉の耳に入ってきたのはアリーナ全体を揺るがす歓声だった。
多少それが耳障りに思う反面、微かな胸の高鳴りを感じる。緊張しているのか、足がふるえている。
どうやら対戦相手はまだ来ていないようだ。目の前に広がる光景にそれらしい人物は写っていない。
それを確認し、少しほっとする。そんな自分に気づいた紅葉は先ほどしたように気合いを入れるため、頬を叩く。
(うー……やっぱり帰りたい……)
だが、いつもは強気でいる紅葉だが、彼女もか弱い女の子なのだ。弱気になることもある。
ただ、周りにそんなことを思わせない言動を見せているので、それを表に出すことができないでいるのだ。
そんなことを思い、溜め息を吐くと同時に、できればこのまま来ないで欲しいなーなどと願っていると、悲しいかな、そんな希望は抱いた瞬間に砕けてしまった。
「すみませーんっ。俺の試合ってここですかー?」
そんな緊張感の欠片もない声がアリーナに響いた。
紅葉から見て正面の入り口、そこには金髪の少年が立っていた。
そんな少年の態度に困ったような表情をする審判だったが、取りあえずと言うように言葉を投げかけた。
「えっと、名前は?」
「俺?第4高校一年のレイ・ケイフォードだけど?」
そんな力を抜いたような態度で名乗った少年―――レイ・ケイフォードに、審判の方がたじろいでしまう。
というか目上にタメ口って……。
それからしばらく審判と話をしだしたレイに、会場全体が唖然とした雰囲気に。
どこまで図太い人間なのだろう彼は。やることが派手というか何というか……。
それからしばらくして、話を終えたようで、何故かレイはこちらへ向かってくる。少し離れたところで止まり、あろうことか紅葉を観察するようにジーッと見始めた。
彼の瞳の色は金色。右目には黒い眼帯を着けており、どこか凛々しい顔立ちをしていて、見つめられるこっちが気恥ずかしい。
「な、何よっ」
そんな自分を悟られたくなくて精一杯の虚勢を張るも、向こうはまったく聞こえないとばかりに反応すらしなかった。
やがて、何かがひっかかっているような面もちになったレイは、唐突に口を開いた。
「どこかであったっけ?」
ぷちっ
「あははー、やだなー。去年対戦したじゃない」
「うーん、そうだっけ?俺弱い奴は覚えてないんだよね」
ぶちぶちっ
「ははは、じゃあ私が弱いってこと?」
「多分な」
…………決めた。
こいつは絶対半殺しにしてやる。
さっきまでの弱気はどこえやら。どす黒いオーラを纏った紅葉は今か今かと開始の合図を待った。
☆☆☆☆☆
黒崎ライラは競技場中央で一人ぼーっと突っ立っていた。
「来ない……」
溜め息とために吐き出したこの言葉もこれで何度目だろうか。と言うのも、対戦相手が未だに姿を見せないのである。
まぁ、待っていると言っても五分かそこいらの時間しか経っていないのだが、いかんせんアナウンスが鳴ってからずっとこんなところにいると時間が長く感じるというものだろう。
もう少しで試合五分前。これを過ぎると不戦敗ということで自動的にライラの勝利……なのだが。
「……まだか」
時間が経つにつれてイライラが増していく。
折角綾芽たちを説得したのに。というかこんなところで不戦勝なんて格好悪すぎる。
まだか、まだなのか……。
そんな焦りを収めるように、ライラは目を瞑った。
「すいませ〜んっ!!!!」
その声を聞いた瞬間、ばっと顔を上げ、目をかっ開く。
ライラの正面、控え室から走ってくる少女の姿を確認し、内心安堵の溜め息を吐いた。
駆け寄ってきた少女はここまで走ってきたのか、息を切らしながら、ゆっくり口を開いた。
「すみま、せん……。その……迷って、しまいまして……ふぅ」
深呼吸を始めた彼女へ、唖然とした視線が向けられる。
この子って、もしかして……。
その先の単語を飲み込み、改めて少女を見る。
髪を肩ぐらいまで伸ばした茶髪、大きな瞳、何より目を引くのは二つの膨らみ。
(で、でかい……)
男の性か、どうしてもそちらに目が行ってしまうしまうほどの大きさだった。
写真でしか見たこと無いが、ほぼ間違い無いだろう。
「えっと、あんたが学年二位の春日野遥さん?」
「ふぇっ?は、はいっ!!」
間抜けな声を出してしまったことが恥ずかしかったのだろうか、遥は顔を赤らめて俯いてしまった。
そんな彼女の態度にどうしたものかと頭を掻くライラだったが、遥が思い出したように顔を上げたおかげでその心配もなくなった。
「そ、その、悠希さん大丈夫なんですか……?」
「へっ?」
はて、今悠希と言っただろうか?
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「悠希さんは大丈夫なんですか?……です」
うん、俺の耳がおかしくなったわけでも無いらしい。
じゃあ次の問題だ。どうしてこの子は悠希のことを知ってる?
そんなライラの考えを読みとったのか、遥は口を開いた。
「えっとですね。初日に悠希さんに道を尋ねられて、それから少しお喋りなんかを…………」
ポッ、という効果音がついてきそうな勢いで赤面した彼女に、もの凄く嫌な予感を感じた。
あのヤロー、行く先々でモテやがってッ!!半殺しにしてやるッ。
十中八九ボッコボコにされるのがオチだとわかっていながらも心の中で誓うライラだった。
また、同じ時に紅葉も同じような決意をしたことを本人たちは知らない。
そこで、いつまで経っても質問に応えないのもどうかと思ったライラだったが、本当のことを言うべきか迷う。
まぁ別に隠しても仕方無いことだし、いいか。
「……今はまだ寝てるよ。あいつは眠り姫か、ってな」
「そう、ですか……」
それを聞いた瞬間、遥の顔に影が差す。
やっぱりここは嘘をついてでも無事だと言った方が良かったんじゃないだろうか?
再び頭を掻きながら罪悪感がこみ上げてくる。
そんな空気を和らげるために、ライラは大袈裟なほどに明るい声で言い放った。
「大丈夫だってっ!きっとトーナメントがめんどくさくて寝てるだけなんだよっ!起きたらなんか奢らせねーとなっ!」
「ふふふ、そうですね」
そのかいあって、場の雰囲気が少しだけ和んだ気がする。まぁこれから戦うわけだから場違いと言えば場違いなのだが。
その後、悠希が寝ている病室(保健室)を教えたところで試合開始前のサイレンが鳴った。
「これより第十試合、黒崎ライラvs春日野遥の試合を始める」
観客の声が引き始める。僅かに緊張しながらもライラと遥は同時にこう呟いた。
「「ジェネレート」」
ライラの手に現れたのは大剣、対する遥の武器はブレスレット――魔法特価型の補助武装だ。
それを確認したライラは相手をジッと観察しながら開始の合図を待った。
「始めッ」
本来ならば試合の開始を告げるその言葉と同時に、事は起こった。




