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episode 34 笑顔の罵倒


時刻は午後二時。

保健室から次の対戦場所である第一高校へ向かうため、時空間転移装置(ゲート)のところで全員と別れた紅葉は一人で歩いていた。


なぜ全員と別れたのかというと、単純にライラ一人だと棄権する見切りもつけずに大怪我を負う可能性もあるため、紅葉が和彦、桜、綾芽に「見張ってなさい」と言いつけておいたのだ。

また、ニコラが自分の試合場所へと向かったのは言うまでもない。


そんなわけで久し振りに一人でいることに少しの寂しさを感じながら思考に意識を没入させていた。


(レイ・ケイフォード、か……)


正直彼には良い印象を持っていない。

負けた者の僻みに聞こえるかもしれないが、自分の力を自分の欲求のために振り回す彼に激しい嫌悪感があるのだ。

振り回すと言っても私生活でも暴力的ということは無い。無いのだが、トーナメントで対戦相手を完膚なきまでに叩きのめすその姿勢が気に食わない。

別に手加減しろとは言わない。だが相手をサンドバックか何かだと勘違いしていると思わせる何かが彼にはあるのだ。


そしてその矛先が自分へ向かうかと思った瞬間、背筋に寒気が走った。


(な、なに震えてるのよ、私はっ!!)


弱気になりかけた心を自覚し、反射的に首を振る。

そんな自分自身を叱咤するように紅葉は足を早めた。






「着いた……」


着いてしまった。

第11高校と同じような愛すべき特大のアリーナを見ながらつい、本当につい心の中で忌々しく思ってしまう。それに気づいた紅葉は再び慌てて首を振った。


これから嫌なやつに会って、戦わなければならないと思うと、憂鬱を通り越して頭が痛くなる。

いっそそれを理由に棄権しようかとも思ったが、応援してくれている人に申し訳なさすぎる。そんなことしようものなら切腹ものだ。別に誰かがそんなことを言うなんてことはないのだろうが、自分自身に納得がいかない。


行き場のないこの気持ちを吐き出すように溜め息を吐く。


「えーいっ!!女は度胸っ!!」


落ち込むテンションを一喝を入れるように頬をピシャリと叩く。

自分で思ったより強く叩いてしまったようで、少し頬がヒリヒリするが、逆にこっちの方が気合いが入ると言うものだ。


そのまま色々な因縁を込めて紅葉は再び歩を進めていくのだった。





☆☆☆☆☆





何故こうなった?


黒崎ライラは自問しながら首を傾げていた。

場所は第3高校の第一アリーナの控え室。そこで自分の試合時間まで待っているところだ。別にそれだけなら問題無い。問題は現在の状況だ。


現在、控え室のベンチに座っているライラの目前で和彦と綾芽が口論中。



もう一度言おう。何故こうなった?


時を遡ること約五分前。





―――――――





「やっぱりライラさんを出場させるのは反対ですっ!!」


控え室に到着した頃、いきなり綾芽がそんなことを言い出した。

詰め寄ってくる綾芽に「やっぱり」きたか、と多少げんなりし、どうあしらおうか考える。


正直、試合直前で誰かが反対し出すのは予測できていた。というのも、あの場はノリみたいな感じで賛成していたというのが大きい。

少し時間を置いて考えれば、ライラの行動が間違っているということは明らかなことなのだから。


だが、それでも綾芽のこの剣幕には多少たじろいでしまうというものだろう。事実、綾芽はライラの身をのけぞらせる程の至近距離まで詰め寄ってきているのだ。


「あ、綾芽さん?ここまできてそれはないんじゃ……」

「そんなこと関係ありませんッ!!」


ですよねー……。


微かな期待を込めたライラの抗議を、やっぱりと言うべきか即座に斬り伏せる綾芽。

どうしたものかと悩んでいると、突如間に割って入る人物が。


「綾芽さん、少し落ち着こうよ。本人の希望なんだし、止めてもライラは聞かないだろうし」


割って入った人物―――新原和彦のこの一言で、火蓋が切って落とされた。





―――――――





ということで、現在二人はもう手の着けられない程にヒートアップしていた。

和彦がここまで熱くなるとは予想でき無かったため、もう何が何やら。

置いて行かれた桜もどうしていいかわからずオロオロしている始末。


こんなときに紅葉が来たらなー、などと希望的観測を心の中で願ながら、ライラは目の前の現実から逃避することに。


「だいたいライラさんが学年二位に勝てる筈無いんですっ!!ボッコボコにされて這いつくばるぐらいなら保健室で寝ていた方がよっぽどいいですよっ!!」

「それは言い過ぎだよ綾芽さんっ!!いくらライラがボッコボコにされることがわかりきっているても、本人の前で言って良いことと悪いことがあるっ!!」


おい和彦、お前の方が何気にダメージでかいぞ。


え、ちょっと待って。俺ってそんなに弱く見えるの?ボッコボコにされるのが目に見える程弱っちいの?


現実逃避したつもりが、自分に対する悪口だけはバッチリ聞こえてしまう。なんだか無性に泣きたくなってきた。


『試合15分前です。選手は場内へ入場してください』


そんな中、控え室に選手入場のアナウンスが響いた。

まだ何かごねている(どちらかと言うとごねているのはライラの方だが)綾芽の頭に手を置き、はにかむように笑みを作った。


「心配しなくてもさ、怪我せずに……は無理だろうからほどほどにしとくって」


「な?」と微笑みながら宥めると、どうやら綾芽もわかってくれたみたいで笑顔を浮かべ、そして、


「触らないでくださいっ。私を撫でていい男性はお父さんと悠希さんだけですっ」


…………あー、俺の心がガラガラと……。


まるで汚いものがついたとでも言いたげに頭を払う綾芽を見ながら、何かが自分中で壊れていく音を聞いたような気がする。


また笑顔なのが辛い。笑顔の罵倒、俺の中で拳銃よりも強い攻撃方法として記録された。


「あ、その、えっと……」


桜が何か励ますべきかと悩みながらも、何を言ったらいいかわからないような表情で苦笑いを浮かべる。

というかこいつもそう思っているのでは無いだろうな?


自分の周りの人間関係に若干の理不尽を感じながら、ライラはこう呟いた。


「……行ってくる」

「「「行ってらっしゃいっ!!」」」


三人に見送られ、控え室の扉を開けた。

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