episode 33 苦労人
「ほんと馬鹿、ねっ」
「いってぇッ!!!!」
第6高校保健室。
あれからライラは担架でここまで運ばれ、それぞれ試合を終えた紅葉、ニコラ、それの応援をしていた桜、綾芽、和彦たちがそれを聞きつけ急いで駆けつけてきたところだ。
ベッドに横になっているライラの脇腹を少し叩いただけでこのリアクション。それを面白がってバシバシ叩きまくる紅葉を見ながら、和彦たちはこれから絶対に怪我はしまいと心に誓ったのだった。
「まったく、今度こんなひどい怪我したらただじゃおかないわよ?」
「き、肝に銘じます……」
ライラの怪我の具合は右腕と顔面に軽い打撲、肋骨にひびが数カ所といったところらしい。これぐらいの怪我なら体に魔力を流し続けて回復力を促進させてやれば一週間で治るだろう。しかし、それでは問題がある。
「それでライラさん、トーナメントはどうするんですか?その体じゃ運営側から棄権するように言われたんじゃ……」
この場の全員が抱いていた疑問を代弁するように綾芽がおずおずと尋ねる。するとライラは拗ねたようにそっぽを向く。
「…………いやだ。出る」
「あのねぇ、姉さんからも言われたんでしょ?大人しくしてなさい」
「いやだっ。絶対出るっ」
こ、子供かッ。
いや、実際に高校一年生は充分子供なのだが、やはり年齢と言動がいささかあっていない。…………まぁライラだし、別にいいのだろう。
実は紅葉たちがここに来たとき、一葉が何やらライラに説教をしていたのだ。と言ってもライラが出たいとゴネるのを必死に一葉が宥めていただけなのだが。
その後、仕事があると帰った一葉は、あろうことか妹の紅葉に説得を任せたのだ。無責任にも程がある。
だが、このままライラを試合に出させるわけも行かず、こうやって宥めてはゴネられている。
(姉さん、この借りは大きいよ。ふふふふ……)
大変めんどくさいことを押し付けてきた姉に内心でどのような仕返しをしようか勝手に悩み始めたころ、紅葉、ライラ、それと保健室の片隅でピクリとも動かないニコラのケータイの着信音が鳴り始めた。
おそらく大会運営のメールだろう。三人は同時にケータイを取り出し、送られてきたメールを確認する。
予想通り、メールの内容は次の試合についてだった。
開始時刻:15時30分
場所:第1高校、第1アリーナ
対戦相手:レイ・ケイフォード
「えっ……?」
簡素な文だった。しかし、それから与えられた驚愕は少なくなかった。
紅葉の反応を訝しく思った和彦が紅葉のケータイ画面を覗く。
「レイ……?……え、まさか学年一位っ!?」
一瞬理解できていなかったのか、自分で呟いたその言葉で我に返る和彦。しかし、その顔には驚愕の色が滲み出ていた。
レイ・ケイフォード。
出身はアメリカ。
一年前に第4高校へ転入。
去年の学年別トーナメント全優勝。
さらに極めつけは伝説武器保持者であること。
彼に関する情報はこれくらいの物だ。しかし、彼がこの学園都市の高校一年生の中で最強であることは間違いなく事実である。二、三年生と合わせてもトップクラスの実力を誇っているほどだ。
だが、彼が優等生かというと、決してそうではない。
「なんというか……戦闘狂ですよね、あの人……」
綾芽の的確すぎる発言に皆一様に苦笑いを浮かべる。
レイ・ケイフォード、彼は少し……いやかなり好戦的な人物なのである。
まぁ、トーナメント後のサバイバルバトルで片っ端から片づけていくという馬鹿みたいなことをやり遂げた人物なので、嫌でも学園都市全域に彼の噂が行き届いている。
実際被害にあっている紅葉としては笑い事で済ませられないのだが、まぁここで空気を壊したりという愚行を行うつもりも無かった。
「で、ライラとニコラさんは?」
会話に一区切りつけ、話題を二人に向ける。ニコラはいきなり話をふられたにも関わらず、相変わらず無表情を貫き通しているが、一方ライラの方はというと、こちらは苦笑いを浮かべていた。
「……どうしたんですか?」
そんなライラの態度に訝しく思った桜が首を傾げて尋ねる。その可愛らしさを見て若干気圧されたライラはやや躊躇いながらも口を開いた。
「次の相手な、え、っと……」
「何よ。らしくないわね」
ここまで歯切れが悪いのはライラにしては珍しい。催促する紅葉に観念したようにライラは白旗を振った。
「…………学年二位」
ボソっ、と呟いた一言だったが、紅葉たちが聞き逃すことはなかった。
そしてこの場に居るライラ以外の全員の考えが見事にシンクロした。
「棄権しなさい」
「棄権した方がいいんじゃ……」
「棄権すべきだよ」
「棄権してください」
「棄権した方がいいです」
「うおっ!?!?」
上から順に紅葉、桜、和彦、ニコラ、綾芽。完全に同調した5人の集中砲火を受け、いきなりだったライラは素っ頓狂な声を上げた。だが、そんなことは関係ない。
「学年二位って、去年のサバイバルの時、一番一位と交戦時間が長かったんでしょ?つまり実際の彼女の実力は一位に次ぐってことなの。そんな状態じゃ話にならないわ」
「んなもん、やってみなきゃ――」
「やらなくてもわかりきってます」
紅葉のわかりやすい説明に反発したライラだったが、綾芽の容赦ない一言でバッサリ切り捨てられる。なんだか最近の彼女は遠慮が無くなったと言うか、言いたいことを素直に言うようになったと言うか、とにかくさらりと言葉の中に棘を含んでいたりする。
そんな綾芽の断言に少しムッときたライラだったが、まぁ普通に考えたらそうだよな、と無理矢理納得することにした。
「だが出るもんは出るっ!これだけは譲らねーぞ!」
「ライラ……お願いだから棄権して。これ以上怪我が悪化するようなことになれば、後々後遺症が残ったりすることもあるんだよ?」
赤子を諭す親のように優しく囁きかける和彦。だが今反抗期なようで、ライラは和彦の言葉にそっぽを向いてしまった。
困ったように俯く和彦を見かねた紅葉は大きな溜め息を吐いた。
「……わかったわよ。出たいなら出なさい」
「……へ?」
いきなりの紅葉の言葉に間抜けな声を上げて振り返るライラ。表情もアホみたいに口を開けたまま呆けている。
「だから出ていいって言ったの。ただし、少しでもまずいと思ったら棄権するのよ?」
「あ、ああ!!」
紅葉の注意に力強く頷く。それを見ていた全員も「まぁしょうがないか」と言った面持ちながらも顔には笑顔を浮かべている。
「よっしゃぁぁああ!!燃えてきたぜぇぇぇぇええ!!」
「保健室では静かにしなさいっ!」
ライラの雄叫びにも似た歓喜の声を割と本気で頭を殴って黙らせる。
だが、そんな自分の表情が僅かに微笑んでいることに紅葉は気がついていた。
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