episode 30 男の戦い
第6高校、第一アリーナ。
たくさんの歓声が上がるそこは、観客による尋常じゃない程の熱気に包まれていた。
その舞台の中心で、黒崎ライラは目の前の対戦相手と睨みあっていた。
対戦相手は男。確か名前はロニー・ホーフス、前回の順位は28位だったはずだ。
流石と言うべきか、これぐらいのレベルになると体内から漏れ出す魔力で実力を悟られないよう、完全に魔力を抑制している。少なくともライラには感じられない。
初めて立つ高みから見る景色はなかなかに悪くない物だった。今までは200位がせいぜいだったが、今いる順位は20位台。気のせいか、いつもより心臓の動きが早い。だが、同時に例えようのない高揚感が身を包んでいる。
「これより九回戦、黒崎ライラvsロニー・ホーフスの試合を開始します」
開始前のサイレンが響く。それと同時に俺たちは同時に武器を呼び出した。
「「ジェネレート!!」」
ライラが呼び出した補助武装は彼の身長程の大きさを誇る巨大な剣だ。
一方対戦相手のロニー・ホーフスは、両手にトンファーを構えている。そこからは魔力では無く、強者の貫禄が流れ出していた。
「初めてください」
試合開始の合図と共にライラは飛び出す。相手は受けるつもりなのか、その場で構えているだけだ。
(おもしれぇッ!!)
今いる場所はかつて無い高み。この場で負けようと記録的なことなのだが、ライラの頭には『負ける』という単語は浮かばなかった。
そのまま突っ込み、大剣を振り上げ、そのまま振り下ろす。
「チッ!!」
対戦相手は右手のトンファーでライラの剣を難なく受け流し、左に握った方でカウンターを決めに来る。
それを引き戻した大剣で受け止め、一旦距離を取る。
さすがに手強い。威力も身のこなしも自分とは比べものにならないぐらい洗練されている。その事実を見せつけられてもライラの思考は『敗北』の二文字を紡ぎ出さなかった。
再びの特攻。だが、今回は武器に魔力を流しながら。
【土属性添加:剣:纏−飛礫−】
剣に土属性の魔法をかける。すると、何やら周りの土が剣へと集まりだした。
それに構わず再び振りかぶる。
「でぇやぁぁぁああ!!!」
雄叫びと共に振り下ろした剣は、先ほどと同じように受け流される。しかし、
「ッ!!危なッ!!」
剣に纏わりついた土が、いなされたと同時に弾丸のようにホーフスのに殺到する。
呻きながらもなんとか土の弾丸を防ぎ、今度は向こうが距離を取る。だが、それに対してこちらも距離を詰めるように猛ダッシュ。
「おらぁぁぁああ!!」
再びライラは剣を振るう。それと同時に弾丸も押し寄せてくるという二段攻撃に、徐々に押され始めたホーフス。
だが、ライラも剣を振るいながら頭の中で弾丸を制御するということをしなくてはならないため、精神的面ではホーフスより消耗が激しいかもしれない。
しかしライラは引かない。
(ここまで来たら行けるところまで行ってやらぁッ!!)
この場でそう誓い、全力で剣を振り回す。
押され始めたホーフスは徐々に、だが確実に土の弾丸が当たっていく。
当たった痛みで怯んでいるところに大剣で斬りかかるが、掠っただけで避けられてしまう。
だが、そのことがライラの自信へと繋がった。
(行ける!!)
そう思った瞬間先ほどの距離を縮めるべく身体強化で脚力を最大限に強化。
瞬時に距離を詰め、留めとばかりに思いっ切り剣を振り下ろす。
勝った。
そう思ったが、ライラはホーフスの些細な変化を見逃さなかった。―――笑っている。
いち早く脳が警笛を鳴らす。早く下がれと身体が叫んでいる。だが、動き始めた剣を急に止めることなどできるはずがない。
「―――ッ!!」
突如横殴りの突風がライラの身体を吹き飛ばす。吹っ飛ばされたライラはそのままゴロゴロと派手な男をたてながら転がった。
「いってぇぇ……」
だが、そう思う暇もなく次の変化が現れる。
突如地面が盛り上がり、ライラへと殺到しだしたのだ。
ゴゴゴォ
瞬時に壁が一番薄いところを見つけ出し、一閃。
ギリギリで脱出に成功すると、後になって背筋に寒気が走った。
あんな魔法を武器型にインストールしているんだから魔法技能もかなり高い術師なのだろう。まぁ魔法技能が低いやつなんてここまで来るといないだろうが。
だが、これで迂闊には動けなくなった。
武器型は入れておける術式の容量が少ないため、あれだけ大きな魔法だと、他の魔法を沢山は入れておけないはずだ。
そう見切りをつけ、再び特攻をしかける。だが、生物の本能のためか、先程より速度が遅い。
そんな自分の足を叱咤しながら徐々に距離を詰めていく。
距離が0になった瞬間、ライラは再び剣撃と弾丸の嵐を巻き起こす。それをホーフスはトンファーで華麗に捌いていく。
斬線が弧を描き、脇腹目掛けて襲いかかるも右で弾かれ、同時に弾丸が降り注ぐが左で全て弾かれる。
先程とは形勢逆転。徐々にライラが押され始めた。とうとう集中力が限界に近づいてきたのだ。
もともと大剣とトンファーだ。大振りしかできない大剣と、小回りが効くトンファーでは手数が違いすぎる。それを埋めるための“纏”だったのだが、どうやらバテるのはライラが先だったらしい。
「グハッ!!」
とうとうトンファーが鳩尾にヒットする。そのままライラは数メートルぶっ飛ばされ、地面を転がった。
一瞬気を失いかけたが、どうにか立ち上がることができた。口の中を切ったのか、血の味が舌を突く。
しかし、立ち上がったは良いが、今度は向こうに接近を許し、無防備な脇腹へモロに決まった。
再び吹っ飛ばされ、また立ち上がる。
それを何回か繰り返す内に、徐々に視界が霞始めた。
このまま倒れてもいいんじゃないのか?
心の中で誰かが囁く。勿論それが自分以外の誰でもないことなど分かり切っているのだが。
ここで負けても誰も文句言わねーよ。青くさい真似なんてすんなよ。
再び語りかけてくるもう一人の俺。殴られる度に意識が沈みかけ、もうこのまま倒れちまおうか、などと頭をよぎる。
だがそこである光景を思い出した。
ある男の周りで心配気に見守る紅葉たち。勿論その中には俺も含まれている。
それはまさしく悠希が倒れたときの光景だった。全員が心配気に悠希を見つめる姿が、そのまま俺へ向けられる、そんなの絶対にごめんだ。こんなときに俺が倒れて心配かけちまったら最悪じゃねーか。
誰も文句言わねーって?いるじゃねーかよ。誰でもない、この俺自身がッ!!
突如視界が開けたように目の前の光景が鮮明に映る。迫り来るホーフスのトンファーが酷くゆっくりに見える程だ。
それを少し体を逸らしてかわし、そのまま手に持った大剣を一回転しながら斬りつける。
自分の動きさえも酷く緩やかで、こんなので大丈夫なのかと心配になってしまう。だが、それは無用な心配だったようだ。
ホーフスはそのまま崩れ落ちた。
「勝者、黒崎ライラ」
試合終了のブザーと共に、ライラはその場に座り込む。
「ははは……はははははっ!!!」
最初はその意味がわからなかった。だが、徐々に理解していくにつれ、嬉しさが沸き上がってくる。
「よっしゃぁぁ、って、いてぇぇぇぇ!!!!」
ガッツポーズを決めようと腕を動かすと全身に痛みが走った。
そういえば殴られまくったんだっけ。
今更ながらそう自覚し、このまま担架が来るのを待つことに決め、そのまま地面に寝転がる。
今日も空が青いな、チクショー。
こんな気分も悪くないな、そんなことを思いながら流れる雲を眺めていた。